1.12月25日にドッキドキ!


──職員宿舎 ファイ&レン宅──

くぐもったドライヤーの音が遠くから聞こえる。ファイはピッピッとチャンネルを変えながら、温かいココアをひとくちコクリと飲んだ。
この時期のテレビはどこも、似たようなクリスマスの特別番組しかやっていない。芸人たちは薄着サンタの格好で無謀なことをやらされているし、歌番組はこぞって歴代のクリスマスソング特集をしている。ふわぁ、と欠伸をかみ殺し、何か面白い番組はないのかとチャンネルをソファーの傍らに放った。
そのとき、ドライヤーの音が止んだ。リビングのドアがぎいっと開けば、髪を乾かし終えたレンがファイの隣にきて腰を下ろした。

レ「おもしろい番組、ないの?」
フ「んー、なんかどこも似たような番組ばかりでさぁ」
レ「もうすぐクリスマスだもんね」
フ「クリスマスってそんなに大事かなー?イタリアでも、大事っていったら大事な日だったけど、日本とはまた違う過ごし方をしてよー」
レ「アメリカでもそうよ。あっちでは恋人と過ごすっていうより、家族でパーティーをしたりすることの方が多かったから。あ、子供たちがサンタさんの格好してる。可愛いー」

ちょうど映っていたその番組では、小さい子供がサンタクロースになって両親にプレゼントを贈るという番組だった。プレゼントは絵だったり、野花だったり、雪で作ったウサギだったり、子供ならではのどこか心が温まるプレゼントだった。
「有り難う」と笑いながら我が子を抱きしめる母親を見て、ファイは小さく鼻を鳴らした。

フ「ふーん」
レ「……ファイ?子供、嫌い?」
フ「んー、見てる分には可愛いんだけどねぇ」
レ「……」

リモコンをとり、ぴっと電源を消した。一瞬で静まりかえる部屋。レンは不安そうにファイを見つめていたが、彼は反対にへにゃりと笑った。

フ「まぁ、クリスマスっていうより、オレがお祝いするのは神様よりもレンレンの誕生日だけどねー」

そう、レンの誕生日は12月25日。クリスマスの元となった神様の誕生日と同じ日なのだ。だから、二人は付き合いだしてからは毎年、クリスマスを過ごすというよりレンの誕生日を共に過ごしてきた。イルミネーションを見に行ったり、家でケーキを作ってパーティーしたり、クリスマスを過ごすカップルとしていることは大して変わりはないが、二人にとって12月25日は間違いなく、クリスマスよりも特別な日だった。

フ「24日は堀鐔学園のクリスマスパーティーがあるけど、25日は二人で過ごそうねー」
レ「……うん」

へへっ、と嬉しそうに笑ってレンはファイの頬にキスをした。キスをしたり抱き合ったりしながら、他愛もない話をしていれば、瞬く間に時間は過ぎていく。

いつの間にか、日付はとうの昔に変わっていた。そろそろ眠ろうか、と二人は寝室に移動した。最近、めっきり寒くなった。クローゼットの奥から取り出したばかりの厚手の毛布にくるまり、ベッドサイドにある電気を消した。
すぐさま、ファイの両腕が背後から伸びてきで、抱きすくめられて、体を撫でられる。先ほどの流れからある程度はこうなると予想していたが、レンの体は反射的に強ばった。

レ「ファイ、ごめん。今日はちょっと」
フ「え、またー?昨日もその前もダメだったのに」
レ「っ……え、と。あ」
フ「レン」

低い囁きに鼓膜を侵されて、下腹部にじんと甘い痺れが轟き、全身に鳥肌が沸き立つ。いつも、ファイのこの声に流されてしまうのだ。囚われてしまえば逃げられない、どこまでも堕ちていくだけ。
しかし、耳をペロリと舐められて、はっと我に返った。体を反転させてファイの方を向き、決して華奢ではない胸板を押し、ふるふると首を降る。
ここまで拒絶されるとは、いったいどうしたものか。ファイは不機嫌そうに眉を潜めつつ、暗闇から聞こえるレンの声に耳を傾けた。

フ「レン?」
レ「ごめん。最近、少し体調が悪くて」
フ「え?」

ファイは目を見開いた。暗闇の中で表情こそはわからないものの、確かにレンの声は弱々しくどこか不安定だ。
先ほどとは打って変わって心配そうな表情を浮かべ、ファイはレンを抱きしめた。

フ「どうかしたの?頭痛い?それともお腹?」
レ「ん……ちょっと熱っぽいかなって」
フ「風邪かもね。とりあえず、コンビニで薬買ってこようか?」
レ「え?う、ううん。大丈夫。しばらく様子を見てみる」
フ「辛かったら我慢しちゃダメだからね?早めにオレに言うんだよ?」
レ「子供じゃないんだから。分かってる。有り難う、ファイ」

包み込むように抱きしめたまま、ファイはレンの背を撫で続けた。レンは微動だにしなかった。眠ったのだろうと思っても、ファイは自分が起きている限りレンの背中を撫で続けた。
ふと、その手の動きが止まったとき、レンの頭上からは微かな寝息が聞こえてきた。レンの目は、未だ冴えたままだった。

レ「……」

ファイの腕に抱かれて、さらに自分の両腕で腹部を抱えながら、レンもようやく目を閉じた。





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