5.恋の悩みにドッキドキ!


〜レン side〜

今日も一日、何事もなかったかのようにファイと接した。私が抱いているもやもやを悟られないように頑張った。
でも、妙に鋭いファイのことだから何か感づいているんだと思う。今夜、私が全部はっきりさせようとしていることを、きっと知ってる。

「ねぇ、ファイ」
「んー?なにー?」
「あの……話が、あるんだけど」
「話ー?」

いつもと変わらない様子で、ファイは私の隣に腰を下ろした。お風呂上がりのシャンプーの香りがする。今はお揃いのこの香りも、もしかしたら明日から別々のものになってしまうのかも……って、話す前から暗くなってたらダメだよね。
でも、なんて切り出せばいいんだろう。私はファイの目を見れずに、ソファーの上で膝を抱え込んだまま爪先ばかり見ている。あ、ペディキュア剥がれてきた。そんなことに意識をそらそうとしている自分がイヤだ。

「なに?話って」

うん。逃げちゃ、ダメ、だ。回りくどい聞き方なんて私らしくないし、駆け引きなんてできない。だから、どんな結果になってもいいから、単刀直入に聞くしかない。

「あのね、正直に答えてね」
「うん」
「ファイ……っ、今、私以外に好きな人いる?」

ああ、言っちゃった。でも、もう取り消せない。あとは流れるようになれ、だ。

しばし、沈黙。恐る恐る顔を上げてファイと向き合う。ファイはきょとんとした表情で首を傾げていた。

「それってどういう意味で?」
「だから……私以外に恋愛感情持ってる人がいる?というか、今も私のこと好き?」
「……えーっと、なんか話の内容が見えてこないけど、オレが付き合っているのはレンレンだけだし、好きな気持ちは昔と何も変わってないよ?」
「じゃあ、浮気とかありえない?」
「うん。あり得ない」
「……嘘」

あ、今、余計なことを言っちゃったかもしれない、私。だって、ファイがあまりにもいけしゃあしゃあと、好きなんて言うから。じゃあ、あの黒髪美女はなんだって言うのよ。私はどうしてこんなに泣きそうになっているの?
信じればいいのに、信じられない。だって、ファイは嘘がうまいもの。全部納得いかなきゃ安心できない。こんなに幼くて我儘な感情、ダメだってわかってる。分かってるけど、止まらない。そりゃ、ファイも大人の女性に浮気したくもなるよな、なんて、思ったり。
ファイの表情が曇った。怒ってる。そりゃ、そうだよね。でも、私も止まらない。

「嘘じゃないよ。オレのこと信じられない?」
「っ、なら、ファイが携帯の待ち受けにしてる黒髪美女は誰なの!?」

声を荒げた直後、しん、と室内が静まり返った。ファイは目を見開いた直後、気まずそうに横へと泳がせた。ああ、もう、そんな表情するなんて、有罪決定じゃない。

「どうして待ち受けのことを知ってるの?」
「……この前、夜中にファイが下にお水買いに行ってくれてた時に、ファイの携帯をサイドテーブルから落としちゃって、で、開いちゃったから閉じるときに見えて……」
「……そっか」

ファイがローテーブルの上から携帯を取り上げて、開いた。それを開いて、私の目の前に突き付ける。改めて見せなくていいよ。ファイはそんなに私を泣かせたいわけ?もうそろそろ、涙腺が限界だ。

「ばれたら怒られると思って黙ってたけど」

そりゃ怒るよ。っていうか悲しいよ。浮気を断定されたんだもん。ああ、荷造りしなきゃ。明日から職員宿舎の別の部屋に……

「これ、オレなんだよね」

引っ越さなきゃ……って、んんん????

「Pardon?」
「だから、これオレ。女装してるの」
「……I beg your pardon?」
「聞き方を変えても同じだからね。この黒髪美女は女装したオレですー」
「……はあぁぁぁぁ!?え、だって髪黒い!」
「ウィッグだよー」
「え、この衣装は何?というかこの人、ファイとデート中じゃないの!?」
「えっとねー、衣装は新聞部が用意してくれたんだー。来月の学園新聞、特集オレだから、どういう風に撮りたいかって聞かれたのねー。オレ、お正月に着物着れたけど金髪のままだったじゃん?だから、一度黒髪やってみたくてー。で、ああなったってわけ。カフェで質問に答えつつの撮影だったんだよー。せっかくだからオレの携帯でも一枚撮ってもらっちゃった。良く撮れてるでしょー?」
「……」
「それでも気になるんなら、新聞部部長さんにでも電話して証拠を」
「良い……もう良い……なんか……」
「んー?」
「……恥ずかしい」

ファイに背を向けてクッションを抱きかかえ、顔をうずめた。なんだろう、今まで私は何を悩んでいたんだろう。一人で勘違いして嫌な考えばかり先走って。顔から火が出そうだ。ああもう、バカみたい。というか、あの絶世の美女が男……というか恋人だったなんて、その点のダメージも大きい。なんか、いろいろ折れた。
背後ではファイがクスクスと笑う気配が伝わってきた。彼の機嫌は早くも直ったようである。腕が伸びてきて、背後からクッションごと私を抱え込む。

「レンレン。勘違いってやつー?」
「う、うるさーい!そもそも、そんなに紛らわしい写メを待ち受けにしないでよ!」
「いや、やましいことが何もないからこそ待ち受けにするんじゃんー。これ、気に入ってるしー」
「うっ……そ、そもそもなんで黙ってたの!?」
「新聞が出てからびっくりさせようと思ってー。というか、一回見たんならオレだって気づくでしょー。目の形とか同じじゃん」
「だ、だってあの時、部屋は薄暗かったし、見た直後にファイが帰ってきたから、慌てて閉じて……」
「そこで聞いてくれればよかったのにー。よしよし、泣かないでー。。不安だったねー。オレが浮気したと思ったんだねー。ごめんね。でも、オレのこと信じてくれてもよくない?こんなにレンレン一筋なのにー」
「な、泣いてない!なんか言い方がムカつく……だってファイ、昔は来る者拒まず去る者追わずって精神だったって言ってたし、なんか最近妙に優しいところがあったから、何かあるのかなって疑っちゃって……」
「!」
「ご、ごめんね……?」

振り向いてファイと目を合わせようとした。でも、ファイは私の肩に顔をうずめて上げようとしなかったから、表情は見えなかった。でも、くぐもった声が聞こえてきた。

「良かった……」
「え?」
「オレ、別れようって言われるのかと思ってた……」

聞こえてきた声は震えていた。ファイ?と、もう一度呼びかけたところで彼はようやく顔を上げた。朝の湖のような青い瞳は、うっすらと涙で覆われていた。







〜ファイ side〜

お風呂上りにレンから声をかけらえた。話がある、って。その前から、彼女の様子がいつもと違うことには気づいていたけど、もしかしたら、とうとう別れを切り出されるんじゃないかって、気が気じゃなかった。平静を装いつつ、泣き出したい気持ちをこらえることに必死だった。
でも、話を聞いてみればなんとも可愛い勘違いで、オレは体中の力が一気に抜けてしまって、彼女を抱きしめた。浮気なんてするはずがないじゃない。こんなに大好きなのに、あり得ない。
不安にさせてしまったことは謝るけど、でも、もう少しオレのことを信じてくれてもよくない?と、咎めたところ、過去のことを持ち出されてしまったので何も言えなくなった。確かにあれはオレが悪い。
さらに、その次の言葉がオレを凍りつかせた。

「なんか最近妙に優しいところがあったから……」

ああ、レンも感じていたんだなって思った。今までの女の子のように、オレの態度に不満や疑問を感じてしまっていたんだなって。思わず、弱音が漏れた。レンが心配そうにオレを見上げていたから、今度はこっちが泣きそうになった。

「オレさ、来る者拒まず去る者追わずなんてバカなことやってたけど、一人一人の彼女のこと大切にしてたつもりなんだ」
「うん」
「でも、オレが優しくしても彼女たちは不満だったらしくてさ。本当に私が好き?って言われたり、誰にでも優しいんだねって言われたり、優しすぎてつまんないって言われたりして、振られてきたんだ」
「うん」
「今までの子は本気じゃなかったから、別れても辛いとか思わなかったんだ。最悪だよね、オレ。でも、本当に好きな人が出来て、何があってもずっと一緒にいたいって思った」
「……」
「だからレンのこと、オレなりにすごく大切にしてるつもりだし、優しくしてるつもりなんだ。でも、もしかしたらレンも、そんなオレのことを煩わしく思ってるんじゃないかって、怖くて……でも、大切にすることしか引き止める術を知らないから、今まで以上に優しくして……レンがさっき言ったみたいに感じてしまったのかも」
「うーん。確かに、最近ファイは一段と優しくなってたから、何かあるのかなって変に思っちゃったけど、別にそれが悪いことだとは言ってないよ?私」
「え?」
「というか、優しいところってファイの一番の魅力じゃない。一緒にいると、すごく大切にされてるって実感できるし、安心するもん。初めて日本に来て右も左もわからずに迷ってた時、ファイはすごく優しく気にかけてくれて、私、だからファイのこと好きになったんだよ?」

少しだけ目をそらしながら、レンはそう言った。嘘を言ってるから目をそらしてるんじゃない。恥ずかしいからだって、三年も一緒にいればわかってる。だから、オレの中の不安が見る見るうちに溶けていくのがわかった。

「そりゃ、ファイって基本誰にでも優しいから、妬いちゃう時だってあるよ?それを不安に思った元カノさんたちのこともわからなくはないんだけど……」
「でも、だからってみんなに冷たくなんてできないし」
「うん。それは私もわかってるよ……でも」
「じゃあ、これからは人一倍レンに優しくする。他の人に優しくする十倍、百倍優しくする」
「!」
「それでレンは不安じゃなくなる?オレのこと煩わしく思ったりしない?」
「そんなわけない!……嬉しい」

ああ、レンの全開の笑顔、久しぶりに見た気がする。それを見て、オレも久しぶりに心から笑えた気がする。ようやく、絡み合っていた糸が解かれた気がした。
お互い、ぎゅーっと抱きしめて、キスをする。ここからは、もう言葉はいらないよね。今まですれ違っていた分、たっぷり愛してあげるから。覚悟して、ね?





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