2.恋の悩みにドッキドキ!


〜ユゥイ side〜

昔から、ボクの恋愛は良くも悪くも『ふつう』だった。三年以上付き合った子もいれば、若いときは一ヶ月で別れた子もいた。心から大事にしていた子もいれば、何となくで付き合う子もいた。告白も毎回されるばかりじゃなくて、ボクからした事もある。フられた事も、フった事もある。
浮気だって、された事もあるし……大きな声では言えないけど、した事もあるし。初恋のような純愛も経験したし、一夜限りの恋もした。

一般的な恋愛は、一通り経験してきたつもりだ。そこが、ボクとファイが違うところの一つ。ファイはレンさんに逢うまで、本気になった事はないみたいだし。
いくらなんでもファイの『来る者拒まず去る者追わず』精神には、頷きかねる。ボクはボクで、いろいろ経験をしてきて、本気になった事ももちろんあったからね。

一般的な恋愛は経験し尽くしたけれど、付き合うタイプはいつも決まって可愛らしい感じの女の子。やっぱり、女の子は華奢でふんわりしてて守ってあげたくなるような、そんな子が可愛いと思う。これが、ボクの恋愛。
ファイのように、アクションを起こした事がないから自分から相手にどんなアクションを起こしていいか分からない、なんて事はない。いろいろ経験してきたから、いろいろと応用が利くんだ。

ただ、その応用が利かない相手が、今ボクが好きな人だったりするんだけど。

「イリスさん?」

夜の街で、一際目に付く彼女を見つけた。黒のパンツと白いシフォンブラウスを着ている彼女は連れに一声かけると、いつものように上品そうなヒール音を鳴らして、ボクに向かって歩いてきた。

「コンバンハ。ユゥイさん」
「こんばんは」
「お買い物、デスか?」
「暇だったから、今日は街をぶらぶらとね……君は?」
「ワタシ?」
「……デートかな?星史郎先生と、付き合ってたんだ?」

そう、さっきイリスさんが声をかけた彼女の連れは、堀鐔学園の校医である星史郎先生だった。さっき、ボクがイリスさんを呼んだときに彼が「車をとってきます」と言っている声が聞こえた。
ドライブ?それとも買い物?食事?なんにせよ、一緒に過ごしていたことは事実だ。二人は恋人同士なんだろうか。
彼女と再会して一ヶ月ほどしか経っていないのに早くも失恋と思っていると、彼女の唇は予想外の言葉を紡いだ。

「恋人、じゃないデス。何度も、飲みに行ったり、部屋に行ったり、してますケド」
「……え?」
「話してたら、結構気が合って」
「でも、君達が向かってたのって……」
「彼が、たまには場所を変えてみようって、言ったカラ」

二人が歩いていた方向から察するに、その先はホテル街で有名な場所だったはず。まさかイリスさん、恋人じゃない人とそういう事が出来る人だったの?しかも、彼女の口振りから察するに一度や二度の関係ではないようだった。
よほどボクが酷い顔をしていたんだろう。イリスさんは眉間に皺を寄せながら口を開いた。

「セフレの一人や二人、そう、珍しいコトじゃないでしょう?」
「……でも」
「ワタシ、恋愛って信じてないカラ。本気じゃない相手の方が、いいの」

例えば、ボクだって一夜限りの付き合いをした事もあった。男は、ただ発散させたい気持ちだけで出来る。ただ、女の子は何かしら理由があると思うんだ。それは、単に遊びたかったり、彼氏が浮気をしたから仕返しだったり、失恋したばかりで寂しいからだったり。
でも、イリスさんが言う『本気の恋愛を信用出来ないから』は、ボクにとって初めての言葉だった。
ふと、イリスさんが笑う。ボクの見たことがない、妖艶でしたたかな笑み。

「だから、本気なら、ワタシは、止めておいた方が、いいデスよ?」
「!」
「じゃあ、もうすぐ車とってきてくれますカラ」
「あ……」
「また、学校で」

あの夏の日と同じように、遠ざかる彼女の背中を、ボクは追いかける事が出来なかった。

ネオンで輝く街の中、彼女の影はやがて見えなくなった。なんだろう、ボクはだいぶん思い違いをしていたらしい。可憐で、控えめで、でも知的な猫のような印象をイリスさんに対して持っていたけれど、まさか正反対の豹のような気質を持っている女性だったとは。
でも、そう簡単に好きだという気持ちは消えなくて。

恋愛を信じられない女性を、好きになったのは初めてだった。諦めた方がいいのか、それとも少しでも頑張った方がいいのか。今までの恋愛論をフルで応用しても、分からない。

これが、最近のボクの悩みだった。







〜イリス side〜

昔から、こんなに冷めた考えをしていた訳じゃナイの。小さいコロは人見知りが激しくて、どちらかというと大人しい方で、レンの後ろを着いて歩くコトが多かった。
レンは明るくて、誰とでも仲良くなれて、みんなに好かれていて。ワタシはそういう風にはなれないカラ、勉強や運動を頑張って、兄さんや義母さん達の気を引くしか、出来なかった。
今思えば、そんなコトをしなくても、ちゃんと愛されてたって分かるケド。

昔からレンはモテていて、タクサン告白もされていた。でも、音楽一筋のあの子は、いつも断っていたっけ。
レンに振られた人達は、双子だからという理由があってか、次はワタシのトコロにきた。チクリと、不信感が募った。
逆に、ワタシのコトを好きだと言ってくれた人は、最終的にレンを好きになるコトが多かった。チクリ、また不信感。
レンにコンプレックスを持ち始めたのも、このコロからだった。

人の気持ちはいずれ変わる、信用出来ない、だからワタシは恋愛を信じないコトにした。そうすれば、傷つくコトはない。
大人になった今でも、この考えは変わっていない。人見知りしたりするコトはなくなったケド、昔よりも冷めた考え方をするようになった。特に、恋愛においては。
好きと言われても信じない、だっていずれ気持ちは変わるんでしょう?結局は誰でもいいんでしょう?

セックスだって、気持ちいいと感じたコトはなかった。ただ、相手が求めるカラ、応じるダケ。女としての魅力を維持するタメに行うダケ。相手が出すものワタシの中で出して、それはゴミ箱に向かう。それだけの、行為。
その場限りの、お手頃な恋愛が、ワタシには向いているの。

性と煙草の臭いがまとわりつく。ベッドに腰掛けて煙を吐く星史郎さんは、結構なヘビースモーカーだった。キスの最中も、煙草の味と臭いがして、少し気持ち悪かった。まったく、校医のくせに。
散らばった服を拾い上げて纏い直しながら、嫌悪をたっぷり含んだ声を吐き出す。

「ネェ。外で吸って。ワタシ、煙草キライ」
「いいじゃないですか。一本くらい」
「……煙草の何がイイのかわからナイ。体には悪いし、臭いし」
「美味しいんですよ。セックスの後は特に。吸います?」
「お断りしマス」
「イリスさん」
「ハイ?」
「僕の恋人になりませんか?」
「本気で、言ってナイ、くせに」
「バレましたか」
「分かり易すぎマス」
「いやでも、分かりませんねぇ。容姿も完璧、職も教師と言う事なし、性格は……まあ少々女王様気質で難ありですが、頭の回転は速い。男には事欠かないでしょう?それなのに、恋愛は信じないですか。何かトラウマでも?」
「アナタみたいな男が多すぎるんデスよ」
「ああ、納得しました」

相変わらず真っ黒な笑顔で星史郎さんは笑う。でも、嫌いじゃない。むしろ真っ黒すぎて清々しいくらい。だからって、好きってわけじゃないケド、彼とは気が合う。一度寝たからって恋人顔しないし、別に縛られるコトもナイ。
彼もそう思ってると思う。仕事仲間でも恋人でもない、ワタシ達はこのくらいの関係がちょうどイイって。

「ワタシ、帰りマス」
「終電はもうありませんよ」
「タクシー拾うカラ」
「泊まっていけばいいのに……ああ。傍に人がいると眠れなかったんでしたね」

返事の代わりに笑って、ワタシは部屋を出た。
夜の街が熱を帯びた体を冷やしてくれる。ふう、と少しだけため息。体の相性もよければ、最高なんだケド。

ワタシは今までイったコトがない。不感症というワケじゃないと思うケド、どうしてかしら。
いつだったか、レンが言っていた。「気持ちの問題じゃないの?」って。「好きな人と触れ合えばそれだけで気持ちいいよ」って。そのあと「イリスは恋愛にだらしなさすぎ!」って怒ってたケド。

『イリスさん?』

また、だ。どうして最近……チガウ、本当は初めて逢った時カラだった。
ユゥイさんという存在が、頭をちらつく。他人に振り回されるのは、性に合わないのに。
彼がワタシに好意を寄せてくれているコトは分かってる。でもワタシは本気の恋愛はしないカラ、だからこそ、突き放すようなコトを言ったのに。
ワタシの中から彼が消えなくては意味がナイ。わからナイ、どうしたらいいかわからナイ。

……これが、ワタシの一番の悩み。





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