一言で言えばオレの恋愛は『来る者拒まず去る者追わず』だった。
自分で言うのもなんだけど、中性的で結構整っている顔立ちをしていると思う。加えて、小さい頃に両親を亡くしてそれなりに苦労があったせいか、はたまた弟がいたせいか、他人には自然と優しく接するようになった。
顔が良くて優しければ、まあそれなりにモテるのは当たり前だよね。お陰で、寄ってくる女の子はたくさんいた。
なにもアクションを起こさずとも、向こうから寄ってきてくれる。はっきり言って、物心ついた頃から恋人が途絶えた時期はなかった。別れても、すぐに新しい子が言い寄ってくる。
手放してもすぐに代わりが簡単に手に入るとわかってからは、オレは恋人に執着する事がなくなった。そもそも、小さい頃から執着心がなかったのも原因かもしれないけどね。
でも、付き合っている子にはオレなりに尽くしたつもりだった。それ以上に尽くされてた、けど。女の子が笑う顔が好きだったし、笑ったり喜んでくれればこっちも嬉しくなるし。
もしかしたら、女の子の泣いたり悲しむ顔が見たくなくて、オレは女の子の告白全てに首を縦に振ってきたのかもしれない。やっぱり女の子は笑った顔の方が可愛いし、泣かれたら面倒だし……なんて言ったら最低って言われるんだろうなぁ。
それが仇となったのか「優しすぎて物足りない」とか「あたしが悪いことしても叱ってくれない。本当にあたしが好き?」とか「ファイってあたしに興味ないでしょう?」とか「誰にでも優しくしないでよ!」とか、そんなことを言われて別れる事が多かった。
別に、振られても心が痛む事はなかった。結局それは、相手を本当に想っていた事にはならないんだろうね。
告白も別れも相手から、それはいつもの事だった。別れた誰かが言ったように、オレは付き合ってきたどの子にも、執着心も興味も持っていなかったんだ。
そんなオレが、初めて人を本気で好きになったのが、腕の中で眠る彼女だった。初めて、ずっと一緒にいたいなんて気持ちになったし、面倒な問題もぶつかって乗り越えたいと思うようになったし、彼女の全てを知りたいと思うようになった。
ありきたりな言葉だけれど、オレにとってきっと『運命の人』なんだと思う。
でも最近、好きすぎてどうしようもなくて、突然不安にかられる時もあるんだ。
「……」
そっ、と柔らかい桃色の髪を撫でる。サイドテーブルの間接照明に照らされたレンは、静かに寝息をたてていた。細い腰に片腕を回して抱き寄せる。程良い柔らかさ、この頭の位置、オレ好みの抱き枕。
「ん……」
「あ。ごめん、起こしたー?」
しょぼしょぼと目を擦りながら、レンはオレにすり寄ってきた。すべすべの肌が触れる、この感触が気持ちいい。
「今、何時……?」
「3時を過ぎたくらい。まだ眠れるよー」
「ん……でも、のど乾いた」
そういうと、レンは上半身だけをゆっくり起こした。シーツが肩からずれ落ちて、キャミソールの隙間から見える真っ白な胸に咲いた、無数の跡が目に入る。気怠げな表情とあわせて、扇情的で色っぽい。
危うく下半身がまた反応しそうになったけど、明日は仕事だからと自分に言い聞かせて、レンをベッドに押し戻した。代わりに、オレがベッドから抜け出し、床に脱ぎ散らかしたスウェットを身につけた。
「オレが水注いでくるから、ここにいて良いよー」
「……ありがと」
うつらうつらと半分夢の世界に行ったまま答えるレンが可愛くて、思わずシーツごと抱きしめた。
レンと出逢うまでは、抱きしめるだけでこんなに満たされた気持ちになるなんて、知らなかった。ずっとこうしていたい、なんて、きっと思わなかった。
ずっと一緒にいたい。手放したくない。
執着心と、何より本当の恋愛感情を持ってしまってから、オレは変わった。不安や嫉妬といった今までにない感情を覚えて、今までの女の子以上にレンのことを大切に優しく扱うようになった。
からかったり意地悪言ったり、喧嘩だってする事はあるけれど、黒様からは良く「おまえはあいつに甘すぎだ」呆れられるくらいだ。
でも、優しくするとまた新しい不安が生まれる。
レンも、オレの事を物足りないと思う時があるのだろうか。今までの女の子みたいに、オレの行動に対して疑問を覚え、別れを切り出される日が来るのだろうか。
そう考えただけで、今まで痛んだ事のない心が、鋭い悲鳴を上げるんだ。
大好きな人だから、誰よりも優しい言葉をかけたいし、誰よりも優しく触れていたい。でもその優しさが、彼女にとって煩わしかったら?オレはどうしたら、良い?
……これが、最近のオレの悩みだった。
*
〜レン side〜
昔から、私の生活は音楽を中心に回っていた。ピアノやバイオリン、歌、小さい頃からたくさんの音楽を習って、音楽のない生活は考えられないと思える。それだけ、私は音楽が大好きだった。
だから、好きだと告白してくれる人がいても、私はずっと断っていた。恋愛する時間があるなら、音楽に触れていたかったから。
そんな私が、初めて心を動かされたのは、同じ音楽に触れる人だった。人を好きになる気持ち、触れ合い傍にいるだけで感じる幸せ、そして別れ。全部、その人に教えてもらった。
青春時代に、付き合ったのはその人一人だけ。相手にも自分の全てを知って欲しくて、私も相手と同じ道を辿っていたかった。
だから、二人の道が分かれた時、別れを切り出したのは私からだった。離れていても、大丈夫だと思えるほど、あの頃は大人じゃなかったから。
彼は、私の性格を知っていたからか、何も言わずにただ静かに頷いた。
恋愛中はその人しか見えなかった。良い意味で言うと一途なんだろうけど、悪い意味で言うと相手に依存しすぎていたんだと思う。
恋愛が悪いと仕事も手に着かなくなるし、恋愛に満たされていると仕事も好調になるみたい。長所にもなり、短所にもなる、この性質。
そんな私が、実はヤキモチ焼きなのは、みんなが知っていること。それを誤魔化そうとするから、ツンデレだのなんだの言われる訳だけど。
相手が傍にいないと不安になる、相手が他の女の子と笑っていると気になる……それは付き合っていれば、少なからず誰でも思うことだと思う。でも、その度合いが私は普通より大きいんだと、自覚している。
微かに温もりが残ったシーツに、ファイがいないだけで、寂しい。
真夜中に目覚めて、のどが渇いたという私に、ファイは水をくんでくると言ってくれた。冷蔵庫のペットボトルが空だったものだから、わざわざ外の自販機まで行ってくれている。ファイは優しいから、その優しさについ甘えてしまう。
でも、なんだか最近はいつもに増して優しい気もするけど、気のせいかな……?
おもむろにベッドから起きあがって、サイドテーブルに置いている携帯に手を伸ばす。覚醒しきっていない頭では、手が思うように動かずに、指先で携帯をひっかいた。ゴトン!床に落ちた衝撃で開いたのはファイの携帯だった。
「あー、落としちゃった……」
それを拾い上げて元の場所に戻そうとした、ただそれだけのこと。別に携帯の中身を見ようと思った訳じゃない。でも、勝手に開いてしまっていた待ち受け画面は必然的に視界に入ってきた。
「……え?」
私の頭は、一気に覚醒した。ファイの携帯の待ち受け画面には、私の知らない綺麗な女の人が映っていたのだ。艶のある長い黒髪で、雪みたいに真っ白い肌で、セクシーな服を着たスレンダーな大人の女の人が、どこかのカフェでショートケーキを食べながら楽しそうに笑っている……これを撮ったのは恐らく、彼女の向かい側に座っている携帯の持ち主……ファイ、なんだ。
まだ、最近流行りのアイドルなんかを待ち受けにしている方が、良かった。こんな、明らかにデート中の楽しいワンシーンを撮りました、的な写メを待ち受けにされるよりは……その方が、ずっと良かった。
『来る者拒まず去る者追わず』と、かつてファイが恋愛の教訓としていた言葉が、頭を過ぎる。まさか、浮気なんて考えたくない、けど。
玄関のドアが開く音が聞こえた。反射的に携帯を閉じて、元あった場所に戻すと、私はベッドの中に潜り込んだ。
「レン、買ってきたー……って、寝ちゃったかー」
サイドテーブルの明かりが消されて、ファイもベッドに潜り込んでくる。背中からファイの大きな体に包まれて、髪にキスを落とされたのがわかった。
ねぇ、浮気した男の人は罪悪感から恋人に優しくなるってよく聞くけど、ファイもなの?私にはこんな跡を残して、自分のモノだと主張するくせに。無意識に、胸元に散らばる赤をひっかいた。
ずっと一緒にいたい。そう思ってたけど、この日から私はファイの優しさを信用出来なくなってしまった。
これが私の、最近の悩みだった。
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