6.春休みにドッキドキ!


──職員宿舎 ファイ&レン宅──

何だかんだ騒動もあったが、とりあえずその場は丸く収まり、それぞれ帰路に就いた。
今、ファイとレン、二人の部屋には、ユゥイとイリスも来ている。イリスがこれから暮らすのも職員宿舎だが、服などの荷物が届くのが明日らしく、今日はレンの部屋に泊まる事になったらしい。そして、ファイがユゥイの部屋に行く事になったのだが、だらだらと4人で談笑しているのだ。
とは言っても、今話しているのは主に双子の片割れと、だ。ソファーに腰掛けているファイは、床であぐらをかいているユゥイに話しかける。

フ「侑子先生もすごいねぇ。何もかもお見通しって感じでー」
ユ「……ファイ」
フ「んー?」
ユ「怒ってないの?ボクの事」
フ「レンレンとキスした事は怒ってるけどー、それ以外は別にー。気持ちのこもってないキスも、まぁただの接触だしねー」

「アメリカでは挨拶だしー」と、ファイはへにゃりと笑うが、独占欲の強い彼が気にしていない訳がない。自分に詮無い事だと言い聞かせ、そして弟との関係を壊さないように、と努めているのかもしれない。

フ「でも、双子ってやっぱり似るもんだねぇ」
ユ「本当だよ。ボクとファイと同じくらい、あの二人もそっくりだし」
フ「髪型が同じだったら、見分けつかないよねー」

そう言って、当事者である二人を眺める。その時、レンとイリスもまた、ベランダに出て二人だけでお喋りをしていたのだ。二人を見分ける唯一の術といえる、長いストレートの髪と長い巻き髪が、風で微かに揺れている。

ユ「どうしてレンさん、ピアス付けてなかったんだろう。ピアスを付けてたらもう少し早く気づけたのに」
フ「コンプレックス、だったらしいよー」
ユ「え?」
フ「自分と違って妹は大人びてて、頭も運動神経も良かったから、周りと良く比べられてたって。たまに言ってた」
ユ「……」
フ「双子だったらなおさら比較されるよねぇ。レンレン、妹はいるって言っても、それが双子なんて今回初めて聞いたしー」
ユ「だから、揃いのピアスも付けてなかったのかな」
フ「かもねぇ。それにレンレンが前に、『妹と私は髪質が同じだけど、妹は物心着いたときからずっとパーマかけてる』って言ってたー」
ユ「それって」
フ「『私と同じにされるのがイヤだったんじゃない?』って、笑ってた。レンレン」
ユ「……結構、壁があったんだね。二人の間には」
フ「うん。でも」

フ ァイとユゥイは微笑んで、ベランダにいる二人の後ろ姿を見つめた。話し声は聞こえないし、表情すら分からない。しかし二人は、身を寄せ合って立っていて、今までの溝を埋めているかのようだった。

レ「こうやってゆっくり話すの久しぶりね」
イ「ウン……ねぇ、英語で、話さナイ?」
レ「だーめっ。早く日本語に慣れなきゃ。練習練習!」
イ「……分かった」
レ「大丈夫。私と違ってイリスは頭が良いから、すぐに覚えられるよ」
イ「外国語、って、頭だけで、分かってても、どうしようも、ないヨ。レンみたいに、社交的な、性格の、人の、方が、飲み込みが、早い、と思う」

皮肉の言い合い、それは今まで言えなかった二人の本音。レンはクスリと笑ったあと、手すりに寄りかかって星空を見上げた。そこには、一際目立つ明るい星が二つ、寄り添うように輝いていた。

レ「私ね、バカで何も考えてないように見えて、結構考えてたんだ。何で双子なのに、こんなに出来が違うんだろうって。ずっとコンプレックスだった」
イ「ワタシも、ヨ」
レ「え?」
イ「いつも、明るい、レンが、羨ましかった。誰とでも、仲良く、なれて、みんなから、慕われてて。ワタシ、こんな性格、だから……コンプレックス、だったのカモ」

結局、二人は同じだったのだ。
レンは、学力も運動神経も平均的な代わりに、外向的で明るくいつも話の中心にいるた。イリスは、全てにおいて秀でた能力を持つが、内向的かつ消極的で物事を輪の外から見るタイプだった。
二人とも、自分にはない片割れの長所を、羨んでいた。自分にも、素敵な長所がある事を忘れて。
しかし今、二人に溝は感じられなかった。

レ「でもね、私はもう過去なんだ!私は私、イリスはイリス。違う人間だから違って当たり前よね。欠点も含めて私、欠点を補ってこそ双子だもん!……それに」
イ「なに?」
レ「こんな私でも、好きって言ってくれる人が、いるし」
イ「ファイ、さん?」

こくり、レンは恥ずかしそうに、でも幸せそうに頷いた。飾らない、ありのままの自分を受け入れてくれる人に出逢える事。それはほんの僅かな確率の、運命にも似た奇跡だから。

レ「そんな人に出逢えたから、私は私を好きになれたんだと思うの」
イ「……なんか、前向きに、なったネ」
レ「まぁね」
イ「ワタシも、そんな人に、出逢えるカナ」
レ「……うん。きっと」
イ「そうだと、イイナ」
レ(うーん、ユゥイ先生をまだ好きって訳じゃないのね……)

ユゥイと再会した時、あんな事を言っていたものだから、どうやらイリスもユゥイを想っているのだとばかり思っていた、が。どうやらまだ、そういう訳ではないらしい。
しかし、確かに、イリスはユゥイに好感を持っている、そうレンは確信していた。その理由も、ちゃんとある。

レ「ねっ。ピアス、付けようよ。これからは二人とも」
イ「ウン」

レンは左、イリスは右。二人を見分ける術が一つ増えた。 一つのものを分かち合った二人は、今本当の意味で解り合えたのかもしれない。
笑顔で室内に戻ってきた二人を、ファイとユゥイも笑顔で迎えた。

フ「お話終わりー?」
ユ「姉妹水入らずで、もっとゆっくり話しててもいいのに」
フ「そろそろオレ、ユゥイの部屋に行こうかー?」
レ「それより!みんなで飲みましょう!ちょっと早いイリスの歓迎会!」
フ「いいねぇ」
ユ「じゃあ、なにかおつまみ作ろうか。キッチン借りるよ」
イ「ワタシも、手伝いマス」

立ち上がるユゥイの腕にそっと触れ、寄り添うようにしてイリスも台所に向かった。ドギマギするユゥイには気付かないようで、反対に気付いてしまった者が二人。
レンはファイの隣に腰を沈めると、キッチンに向かう二人の後ろ姿を見つめた。

フ「オレの感から言わせて貰うとー、ユゥイは結構苦労しそうな気がするー」
レ「あたり。無自覚なのか分からないけど、イリスは昔から男の人を翻弄させるの。付き合う時もいつもなんとなくって感じだし。本気の恋愛ってまだした事ないと思う」
フ「昔のオレみたいなー?」
レ「ファイは自覚してたでしょ!イリスは無自覚!たぶん!」
フ「あはは。ごめんごめんー。でも」
レ「うん。イリスはユゥイさんの事を、見ただけですぐに解ったわ。その場にファイもいたのに」

そう、特別な授業がある訳でもない今日、ファイとユゥイはシャツにパンツといったラフなスーツを着ていた。いつも着ている、白衣とシェフの格好ではない。それだったら見分けがつくが、今日の二人の違いと言えば髪を結んでいるかどうかくらいだ。
そこをイリスは、迷う事なくユゥイに話しかけたのだ。これは宝探しゲームの時の、レンの状況と似ている。
まだ小さな気持ちでも、これからイリスもユゥイの気持ちに近付けばいい。カウンターの向こうにいる二人を見て、ファイとレンは微笑ましそうに笑った。

フ「いいんじゃない?これからゆっくり進んでいけば」
レ「ねっ。上手く行くと良いな。新学期が楽しみ」
フ「堀鐔学園、今日も平和だったねー」
レ「うん!」
フ「でも」

ちゅっ、軽いリップ音がする直前、レンが見たのは不敵に笑んだファイの顔。彼の顔が離れたあと、ユゥイとイリスに見られていたらと思うと、顔から火がでる思いのレンだった。

フ「本当は、まだキスは根に持ってるんだけどね」

ああ、なんて独占欲が強くて、愛しい恋人なんだろう。レンは困ったように笑うと、ユゥイとイリスがこちらを見ていない事を確認すると、赤い頬をそのままに、ファイの唇にも同じように返したのだった。
左耳についたピアスが、ようやくつけてもらった事を喜ぶように、小さく輝いた気がした。





──END──

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