4.春休みにドッキドキ!


──校庭──

3月も半ばを過ぎた、ある日の平日。現在、学園は待ちに待った春休み期間だが、小狼は広いグラウンドにサッカー部のユニフォーム姿で立っていた。
ちょうど、時計塔の針が12時を指したところで、部員達は一度集まり、解散した。今日のサッカー部の午前の活動は午前中だけらしく、小狼も水飲み場で水分をとり、息を吐いた。

小「ふぅ。午前の練習、やっと終わったー……」
四「しゃおらーん!」
小「四月一日君!」

遠くから走ってきたのは、四月一日だった。
手を振って彼を迎えつつ、小狼は首を傾げる。

四「練習、お疲れ!」
小「うん。でも、どうして学校に?今は春休みなのに」
四「たまには、部活してるみんなに差し入れしようと思ったんだー。弁当作ってきたから食わない?」
小「食べる!有り難う。ちょうど今からしばらく休憩なんだ」
四「よっし!じゃあ、もうみんな中庭にいるから、行こう」

グラウンドから中庭まではそう遠くない。しかし、他のみんなも待たせてるというのならば、そうのんびりも歩けない。二人は足早に歩きながらも、春休みに入ってしばらく話していなかった分、久しぶりの会話を楽しんだ。

四「みんな部活大変だよなぁ。小狼はサッカー部、小龍はバスケットボール部、さくらちゃんとひまわりちゃんはフィギュアスケート部、ついでに百目鬼は弓道部」
小「でも、楽しいよ。四月一日君も何か入ればいいのに。料理部とかもあるし」
四「うーん。もう少し早く考えてれば良かったけどなぁ。3年生になったら、それどころじゃなくなりそうだし」
小「受験、かぁ……」
四「はぁ……」

あまり考えたくない、2文字だ。もちろん二人とも、大学へと進学するつもりなのだが、この堀鐔学園がいくらエスカレーター式とはいえ、試験を通らないと進学は出来ない。外部からの入学よりも有利ではあるだろうが、厳しい受験が待っている事に変わりはなかった。ましてや人気のある学部なら、競争率もそれなりに高い。自分の入りたい学部に行きたければ、やはりこの3年生で勉強を頑張るしかないのだ。

そうこう話しているうちに、早くも中庭へと辿り着いた。そこにはピクニックシートが広げられていて、集まっていた他のメンバーが弁当を広げて小狼の到着を待っていた。小龍はバスケットのユニフォーム、百目鬼は袴、さくらとひまわりはピタリとしたデザインのジャージ、それぞれの部活動着は新鮮だった。

ソ「あっ!」
ラ「来た来た!」
龍「お疲れ」
さ「お疲れ様」
小「みんなも、お疲れ様」
ひ「四月一日君。小狼君を呼んできてくれて有り難う」
四「ぜーんぜん!大した事ないよー!」
百「遅い」
四「座って食うだけの奴が言うなー!」

ひまわりに対してはにやけ顔、百目鬼に対しては怒り顔。いつもの四月一日に、一同苦笑する。
そして小狼は、広げられた弁当に視線を落とした。唐揚げや卵焼きやおにぎりなどメジャーなものから、四月一日が自身で考案したであろう見た事のないメニューまで、まるで体育祭の弁当のように豪華だった。
思い思いのものを小皿に取り、手を合わせて、口に運ぶ。自然とみんな笑顔になった。

ひ「美味しい!やっぱり、四月一日君お料理上手いね」
四「いやいや、そんなそんなぁ」
ひ「花嫁修業しなくて良いね」
四「な!?」
龍「もうお決まりの展開だな」
小「うん」

四月一日とひまわりのこのコントもいつもの事、とさくらは笑った。そんな彼女の視界に、小さな蕾が入ってきた。そう、この中庭は正門から入った並木道と同様、春になれば満開に桜が咲くのだ。その前兆に、顔が綻ぶ。

さ「あ」
百「桜の蕾か」
ラ「さくらの花、だなっ」
さ「えへへ」
ソ「もう春だねー」
四「一年経つの早いなぁ。おれ達も3年生、また新入生が入ってくるなー」
ひ「新しい先生もね」

ひまわりのその言葉で、さくらはある事を思い出した。つい先月、複数の先生と生徒達で行われた、みんなのプライベートが暴露されたあの座談会での事。未だにあの座談会の趣旨は掴めていないが、自分が英語が苦手だと告げた時、座談会の主催者が言った事を思い出したのだ。

さ「そういえば、侑子先生が言ってた。新しく英語の先生が来る、って」
小「みんなで質問に答えた時、言ってたな。そういう事」
ひ「どんな人なんだろうね」
四「美人な先生が良いなぁ。レン先生みたいな」
龍「あそこまでレベルが高いと難しいと思うけど」
四「やっぱり、そうだよなぁ」
?「Excuse me」

談笑が、ピタリと止んだ。聞き慣れない英語、聞き覚えのない声。しかし、その声はどこかで聞いた事のあるような気がした。
見上げた先にいる人物の姿に、一同目を見開く。まるで、春という季節を擬人化させたような、穏やかさを持つ美しさに。
その人物は、困ったように首を傾げた。

?「Do you know Ms.Yuko Ichihara?」







──第1会議室──

時計の針が、約束の時間である午後0時を10分ほど過ぎた頃。職員室の隣にある第1会議室には、レン先生とユゥイ先生の姿しかなかった。

実はこの二人、春休み中にも関わらず、侑子先生の呼び出しを食らったのだ。二人だけでなく、黒鋼先生とファイ先生も呼ばれているのだが、未だ来ていないという事実。呼び出した本人である侑子先生すらいないのだから、揃いも揃ってルーズな人種ばかりだ。

ユ「侑子先生、遅いですねぇ」
レ「その前に、集合時間に2人しか来てないなんて、集まりが悪すぎます」
ユ「あはは。黒鋼先生とは来る途中に会ったけど、ちょっと部活関係で遅れるらしいよ」
レ「それは仕方ないですね」
ユ「それにしても、みんな集めて、逢わせたい人って誰なのかな。聞かされてないよね?」
レ「全然」

ふるふる、とレン先生は首を振った。侑子先生がレン先生達を呼び出した理由というのが、先ほどユゥイ先生が言った通り。逢わせたい人物がいるから、だという。それが誰なのか見当もつかず、二人は首を傾げるばかりだった。
ふと、ユゥイ先生は違和感を感じた。いつもレン先生の隣にいる自分の片割れがいない、と。職員宿舎から直接来たとすれば、同室の二人は一緒に来るはずなのに。

ユ「今日はファイと一緒に来なかったの?」
レ「一緒でしたよ。でも、化学準備室に用事があるって言ってたから、寄ってくるんだと思います」
ユ「そっか。相変わらず仲が良いんだね」
レ「えっ!?あの!いや……」

からかうつもりでなく、ユゥイ先生は心からそう思って、呟いたのだろう。レン先生は、狼狽えて顔を微かに赤らめたものの、否定はしなかった。むしろ、幸せだというように、はにかんだ。

それが、いけなかったのだ。ユゥイ先生は、はっと目を見開いた。目の前にいるレン先生の微笑みと、記憶の中にいる女性の笑顔が、だぶる。代わりになんて出来ない、しかし、ユゥイ先生はレン先生に、想い人を重ねてしまった。
理性で制御しきれない感情が、彼の中で弾けた。

レ「え……」

突然、腕を引かれて、辿り着くのはユゥイ先生の腕の中。状況を理解するまでもなく、唇に触れる柔らかい感触。恋人以外の、温もり。思考が、真っ白に染まった。

ちょうどその時、ファイ先生もその場に向かっているところだった。暖かい室内にネクタイを若干ゆるめながら、足取りも軽く廊下を歩く。

フ「薬品も全部チェックしたし、新学期の準備はばっちりかなー」

するべき事もすべて終わり、後は新学期を待つだけ。春の陽気な暖かさに、伸びを一つ。気が抜けてしまっていたのか、第1会議室を通り過ぎようとしたファイ先生は、慌てて数歩引き返した。

フ「っと、第1会議室……」
レ「っ……やっ!」

扉に手をかけようとした瞬間に聞こえた、恋人の声。悲鳴にも近い短い声に、一瞬だけ体を強ばらせた。

レ「やだ!離して!ファイ……っ!」
フ「!!」

切羽詰まった叫びと、助けを呼ぶように紡がれた自身の名に、ファイ先生は我に返り扉を開け放った。声色から分かっていた事だが、中にいたレン先生は瞳に涙をためて、怯えていた。両手首を、自身の双子の片割れに……ユゥイ先生に、掴まれて。

かっと頭に血が上り、言葉よりも先に手が出ていた。ユゥイ先生の体がよろめき、壁に叩きつけられた後、彼はずるずるとそのまま床に尻を着いた。
殴った右拳が、じんじんと痛む。しかしそれ以上に痛いのはきっと、腕の中にいる彼女だ。怯えて、未だに震える彼女の細い肩を掴み、ファイ先生は問いかける。

フ「大丈夫?なにされたの?」
レ「キ……ス……」
フ「っ、ユゥイ……っ!」
黒「おい。なんださっきの音……!!」

遅れて第1会議室に入ってきた黒鋼先生は、目を見開いた。ファイ先生が、ユゥイ先生の胸ぐらを掴み、反対の拳を振り上げていたのだから。
レン先生の脇を素早く通り、振り上げられた腕を掴み、二人を引き離す。ファイ先生は抵抗したが、黒鋼先生との体格差では、簡単に引きはがされるしかなかった。

黒「何やってんだおまえは!」
フ「放してよ!」
黒「学校で暴力沙汰を起こすな!」

黒鋼先生の言葉で、はっと我に返った。学校で教師が暴力事件など起こせば、よくて謹慎処分、最悪懲戒免職になるだろう。体裁を保つ為に感情を殺したくはなかったが、ファイ先生はぐっと堪えて体の力を抜いた。
ほっ、と黒鋼先生は息を吐いて、状況を確認する。怒りで取り乱している、ファイ先生。
頬に痣を作って茫然としている、ユゥイ先生。震えて瞳に涙をためている、レン先生。それだけで、洞察力の鋭い彼は、大まかな事態を察した。
落ち着きはしたものの、ファイ先生の怒りが収まった訳ではない。黒鋼先生に捕まった状態で、ユゥイ先生を睨み下ろす。

フ「言ったよね。絶対譲れないって。それなのに、やっぱり……」
ユ「……違うんだ」
フ「何が違うの!?レンを泣かせといて!」
黒「おい!」
レ「ファイ!殴っちゃダメ!」

レン先生も、ファイ先生の背中に抱きついて、止めにかかった。自身の傷よりも、恋人が自分のせいで批評を受ける事の方が、よっぽど辛いから。

ユゥイ先生は、静かに顔を上げた。まるで、泣いているような表情で、瞳を歪ませる。涙で固められたような瞳には、レン先生が映っていた。

ユ「ごめんね、レン先生」
レ「ユゥイ、先生」
ユ「……似てるんだ。本当に」
レ「え……?」
ユ「ボクの好きな人と」





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