2.春休みにドッキドキ!


フ『ちょうど2年前かなぁ。侑子先生に、新任の先生の迎えを頼まれて、それがレンレン先生との出逢いでしたー』

3月の上旬、春休みに入る少し前の、ある日。休日出勤をしていたオレは、薬品棚の整理をしていた。何の変わりもないまま、この学校に来て3回目の春を迎えると思ってたんだ。
侑子先生に、新任の先生の迎えを頼まれるまでは。

携帯に侑子先生から電話がかかってきて、新任の先生がもうすぐ来るから理事長室まで案内するよう頼まれた。聞けば音楽の先生で、目立つ人だから逢えばすぐにわかるとの事。
オレは白衣を着たまま、正門へと向かった。

フ「桜の蕾だぁ。今年も綺麗に咲くかなー」

休日の夕方、部活をしている生徒もいなくて、オレの呟きが静かに響いた。この学校に初めて来た時、満開の日本の国花に迎えられて、柄にもなく感動した事を覚えてる。新しく来る先生もこの桜並木の綺麗な景色を見れると良い、そう思っていると、案内板前に人影が見えた。
長く伸びた桃色の髪に、スーツケースを持った女性。彼女だ、とそう思った直後、彼女はオレに向かって走ってきた。

レ「Excuse me?」

第一声に、思わず目を見開いた。日本人離れのはっきりした綺麗な顔立ちと、綺麗な英語を発音をする人──それがレンレン先生の第一印象。
音楽の先生と聞いていたんだけど、英語の先生だったのかな?あいにくオレは、英語はそこまで自信がなかった。

フ「すみませんー。オレ、英語あんまり分からないんですー」
レ「!」

驚くのも無理はない。オレ自身こんな顔をしてるからね。英語教師と間違えられたんだと思う。

フ「日本語で大丈夫ですかー?」
レ「すこし、なら」
フ「良かったー。あ、貴方が新しい先生ですかー?」
レ「はいっ。おんがく、の、きょーしになりますっ。レン、ですっ」
フ「オレは化学教師のファイと言いますー。よろしくね」
レ「かがく、えっと……」
フ「chemistry、だよー。たぶん」
レ「あ!」

オレの白衣を見て納得したらしく、彼女はぽんっと手をたたいた。同時に、やっぱり音楽教師だという彼女に、少し期待した。その綺麗な声は、どんな歌を紡ぐのだろうと。

この学園に来た人は必ず道に迷うのだと、そう説明したら大きく頷かれた。ここまで辿り着くのにも彼女は相当努力したんだろうなー、とその苦労が見て取れる。数年前のオレも似たような状況にいたのだから。

理事長室に向かう途中、ずっと思っていたけれど、彼女の表情が心なしか堅い。緊張をほぐそうと色々話しかけてみたけど、緊張が勝っているのか半分上の空という感じだった。
うーん、何とかならないかなぁ。と考えて、オレは同僚に使っている悪戯を思いついたんだ。

フ「日本の方じゃないですよねー?」
レ「は、はい」
フ「どうしてまた日本で教師にー?」
レ「にほん、には、まえからきょーみが、あって、できれば、はたらきたいって、おもってて」
フ「そうなんだぁ。オレも同じような感じだよー」
レ「ファイ、せんせいは、どこのくに?」
フ「オレはイタリア。レンレン先生はー?」

さあ、怒るか困るか。どっちにせよ、緊張が解ければいいな。

レ「what?」
フ「え?どこの国の人かなってー」
レ「アメリカ。でも、そのまえ。my name」
フ「レンレン先生ー?その方が可愛いかなあって」

「それかー、レンっちとかレンたんとかー」と、続けて言ってみて、ちらりと隣を見てみた。俯いて、僅かにプルプル震えている。え?泣いた?
それはさすがに想定外だけど、どうやらそうでもなさそうだ。

レ「ふっ……ふふ」
フ「あ、イヤでしたかー?」
レ「いえっ。ふふ……あははっ。そう、よばれたことないから、おもしろくて。あははっ!」
フ「良かったー。ちゃんと笑えてる」
レ「え?」
フ「緊張してたみたいだから」

まさか、ここまでウケて喜んでもらえるとは思わなかったけど。
魅力的な人だな、と思った。整った繊細な顔立ちが、笑うとこんなに無邪気に可愛らしくなる。内面もきっと明るくて、一緒にいたら楽しいんだろうなって思った。

今まで見てきた女性とは違う、そう思ったんだ。今まで本気で誰かを好きになった事はなかったけれど、初めて本気になれたんだ。

そして、理事長室で侑子先生に対面して、職員宿舎まで彼女を送った時。日本語が不安だというから、仲良くなるチャンスだと思った。

フ「オレでよかったら、日本語教えるよー?」
レ「Really!?」
フ「うん。授業が終わってからでよければー。もうすぐ春休みに入るしねー」
レ「ありがと、ございます!おねがいします!」

放課後の教室、行きつけのカフェ、オレ達は毎日逢って日本語の勉強をするようになった。新学期の準備なんかもあってそれなりに忙しかったけど、全然苦にならなくて寧ろ逢える時間が楽しみだった。
休日なんかは、勉強以外の事でも逢えるようになった。日本を案内する、という口実でデートに誘ったのが切っ掛けなんだけどね。

本気の恋なんてした事がないから良くわからなかったけど、とりあえず今まで女性が喜んできた事をしたつもりだった。彼女に対してはいつも以上に紳士に接したつもりだし、彼女の良いところを見つけて褒めたり、さりげなく手を握ってみたり。
でも、彼女は喜ぶどころかどこか辛そうだった。

フ「それにしてもさー、レンレンっていつも綺麗だよねー。髪とか綺麗な桃色でさぁ。触って良いー?」
レ「……それより、ファイさん、けーたい、なってますよ」
フ「いいのいいの。気にしないでー」
レ「……」

せっかく二人きりで過ごしてるのに、他の女性の相手をするのは勿体ない。という訳で、携帯に入ってる誰だかわからないような人達に連絡して、一人一人納得してもらって、切っていった。
もうオレには、彼女しか見えていないのだから。

でも、いつまで経っても彼女は振り向いてくれなかった。今までだったら、相手から好きだと寄ってきていたのに。でも、好きという気持ちを持ったとたん、手に入らない。
どうしたらいいか、全然、わからない。この時にやってようやく、オレは同僚の黒様先生に相談したんだー。

黒「阿呆か。今までみたいに簡単に靡くような相手じゃねぇんだろ。おまえが本気なら、その本気をぶつけねぇと駄目って事だ」

厳しい言葉に、貫かれたような感じだった。
本気の恋をしたことがないから、分からない。こんなに苦しんだ事なんて、ないから。
いつだって、簡単に手に入れる事が出来たから。

彼女と出逢って1ヶ月くらい過ぎたかな。入学式兼就任式、そう四月一日君達が入学した日だよー。
同時に、就任式で彼女が就任の挨拶をしたあの日。式が終わって、満開の桜並木を歩いていた彼女に声をかけた。桜と彼女の桃色が重なって、今まで見てきた景色で一番綺麗だった事を覚えてる。

フ「レンレン先生ー、お疲れ様。同じクラスの担任と副担任だし、一緒に頑張ろうねー」
レ「はい……」
フ「あれ?もしかして緊張してたー?」
レ「もう、すっごい緊張しました」
フ「でも、日本語すごく上手くなったよねぇ。基礎は元から出来てたけどー」
レ「ファイ先生のお陰です。有り難うございました」
フ「レンレン先生が頑張ったからだよー。そういうところも、好きだなぁ」
レ「はいはい」

この好きだって、相当勇気を出して言ったんだよ?そんな風に笑って、流さないでよ。どうしたらいい?どうしたら手に入る?
気付けば、オレに向けられた背中を精一杯抱きしめていた。

フ「本当に……好きなんだよ……」

震えてる声、何て情けないんだろう。嗚呼、無理矢理こんな事して、バカみたいなところ見せて、嫌われるな。
でも、振り向いた彼女は、見た事もないくらい幸せそうに笑っていた。

レ「私もです」

今まですれ違っていた何かが、重なった、と思った。もう、言葉なんていらなかったんだ。
もう一度、強く彼女を抱きしめて、キスをして、桜の季節にオレ達は始まった。







フ『こんな感じー。オレの汚いところも暴露しちゃったけど、まぁ感動的だったでしょー?』
四『レン先生に出逢って真実の愛を見つけたんですね!』
さ『素敵です……!』
フ『今は仲良く同棲中だしー、これからもラブラブでいますー』
侑「ユゥイ先生、二人の馴れ初め、よく分かったかしら?」
ユ「ええ。両方の視点から分かりましたから、すごく」
黒「……おい。放送室までここから結構あるぞ」
レ「1分で行って止めてきます」

同情してくれるのは、黒鋼先生ただ一人。顔を林檎のように赤くしたレン先生は「あのバカ教師ー!!」と叫びながら、体育準備室を飛び出したのであった。





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