1.バレンタインデーにドッキドキ!


──登校道──

小「今日は天気がいいなぁ。まだ2月なのに春みたいだ」

少しだけ暖かい日差しと、柔らかい風が、少し早めの春の到来を告げる。焦げ茶の髪に琥珀の瞳の少年──小狼は頬を弛ませながら、マフラーを外した。
まだまだ、朝のホームルームには時間がある。のんびりと歩いて、少しせっかちな早春の陽気を楽しもう。小狼は歩く速度を緩めた。

タッタッタッと、背後から誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。気付いた小狼が振り向けば、そこには小さく駆け足をしている栗色の髪と翡翠の瞳を持つ少女──さくらの姿があって。
彼女に気付くと、小狼は足を止めて彼女が隣に並ぶのを待った。

さ「小狼君!」
小「さくらさん」
さ「おはよ」
小「おはようございます」
さ「また敬語」
小「あっ……」
さ「クラスは隣だけど同じ学年なんだもの。敬語は使わないで。ねっ?」
小「はい!あ……うん」
さ「ふふっ」

歩幅が狭いさくらに合わせるよう、小狼はさらにゆっくりと歩いた。学校に着く時間が少しでも伸びればいい、と無意識にそんな事を思いながら。

さ「小狼君が留学してきて1ヶ月経つけど、どう?慣れてきた?」
小「はい。あぁ……うん!みんな仲良くしてくれるし」
さ「良かった。B組の四月一日君と百目鬼君と仲良しだもんね。でも、もし何か困った事があって、何かわたしに出来る事があったら、言ってね」
小「……うん」

この1ヶ月で、小狼はさくらの優しさを身に感じていた。本来はC組なのに、わざわざB組にきて色んな話をしてくれたし、日本に慣れない頃は近所を案内してくれたものだ。学校でも、自分の友達を紹介してくれたりもした。
さくらの優しさに、小狼はたびたび助けられてきた。今だって、さくらは自分に優しい言葉をかけてきてくれている。それがたまらなく嬉しくて、小狼は微笑みながら頷いてさくらの話を聞いていた。
しかし、小狼は気付いていない事がある。さくらの小狼に対する接し方は、彼女の本来の優しさの度合いを超えている。
それは何故か、考えれば簡単だ。彼女が彼に好意を抱いているほかにない。今もほんのりと頬を染め、ぎこちなくも本来言いたかった話題を切り出した。

さ「そういえば……明日は2月14日だね」
小「そうだね」
さ「……あのね。わたしもチョコレート、作ろうと思ってるんだ」
小「えっ?」
さ「明日は……バレンタインデーだもの」
小「……?」

普通の日本人男子なら、さくらの意図に気付いてそわそわする者もいただろう。しかし、小狼は目をぱちくりさせて疑問符を浮かべる事しか出来なかった。それは、彼が鈍い以前の問題が外にあったから。
学校に着くまでの間、小狼の脳内ではさくらから受けた疑問が膨らみ続けた。







──B組──

4限目の授業が終わり、先生が教室を出ていくと同時に、何人かの生徒も我先にと教室を後にしている。おそらく、昼食は売店で買う派の生徒達だろう。
反対に、教室に残ってのんびりと机を合わせたりしているのは、お弁当派だ。眼鏡をかけた少年──四月一日君尋や小狼も、どうやらそのうちの一人らしい。

四「ふーっ。やっと昼休みだなぁ、小狼」
小「四月一日君」
四「一緒に弁当食べていい?」
小「うん……」

頷きながらも、小狼の表情は暗かった。四月一日と昼食を共にする事が、嫌な訳ではない。彼は、ホームルームの時からずっとこの表情だったのだから。
四月一日は、自分の後ろの席の小狼の方へ椅子ごと振り向いた。

四「なんか、今日は朝からずっと浮かない顔だな。なんかあった?」
小「あったんじゃないんだけど……ちょっと、気になる事があって」
四「なんだ?」
小「明日は2月14日だよな?」
四「うん」
小「で……その日が……」
百「四月一日」

何ともいえないタイミングで、教室のドアががらっと開いた。反射的に、二人の視線が入り口へと向かう。そこには、同じクラスの常に無表情な少年──百目鬼静の姿があった。

百「卒業式の打ち合わせ時間だぞ。早くしろ」
四「今行こうと思ってたんだよ!ちょっと小狼と話してたんだ!」
百「なんだ。だったら先に行く」
小「大丈夫だよ。大した事じゃないから。百目鬼君と一緒に行ってきてくれ」
四「ああ……」
小「本当に大丈夫だから」
四「……じゃあ、戻ってから聞くから!なっ!」
小「有り難う」
四「じゃあ、後で!」
百「じゃあな」
小「うん」

笑顔で二人を送り出した小狼だったが、一人になるとまた朝からの暗い表情に戻った。机の上に置いたお弁当の包みを開けもせず、頬肘を突いて深い溜息を吐く。

小「ふぅ……」
ソ「しゃーおらん!」
ラ「小狼!」
ソ「どうしたの?」
ラ「どうしたんだ?」
小「モコナ達」

四月一日達の代わりに現れたのは、底抜けに明るい白と黒の不思議生物──モコナコンビだった。もう慣れたが、この不思議生物が同じクラスで授業を受けると知った当初は、かなり戸惑ったものだ。今となっては、仲の良い友人の一人となった。

ソ「さっき溜息ついてたでしょ?」
ラ「ついてた。ヤな事あったか?」
小「そうじゃないんだ」
ソ「モコナ、相談に乗るよ?」
ラ「乗るぞ。同じクラスだしな」
ソ「友達だもん」
小「モコナ……」

小狼は嬉しそうに笑い、両モコナの頭を撫でた。
最近気付いたのだが、白モコナ──ソエルが女の子で、黒モコナ──ラーグが男の子らしい。制服や言葉遣いの違いがあって薄々感づいてはいたが、改めて考えると不思議だった。
小狼はモコナ達に顔を寄せ、声を低めて話を切りだした。

小「実は……」
ソ「実は?」
ラ「実は?」
小「バレンタインデーと、チョコレートの関係は……」

疑問の内容は、勿論さくらと登校時に話した事。話が長くなると感じた小狼達は、ゆっくりと話せる場所を探して、お弁当を持って教室を後にした。





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