1.お正月行事にドッキドキ!


──理事長室──

足下から暖まり、体全体が程良い脱力感に包まれる。足を崩しているのは少し行儀が悪いのだが、そもそもユゥイ先生は正座が苦手てだ。それに、こんなに分厚い布団に腰から下が覆われているのだから、誰からも見えやしないだろう。
そんな甘えに思考を委ねて、ユゥイ先生は目の前に重ねられた四角い箱を手にとった。しっとりとした立派な漆塗り、両手にかかるずっしりとした質量。その中身には、数の子や黒豆、紅白蒲鉾や伊達巻き、栗金団、昆布巻き、海老など、色とりどりの料理が敷き詰められている。

ユ「これが日本のお節料理なんだ。綺麗な箱に入ってるね」
四「重箱っていうんですよ」
百「重箱に詰めるのはめでたさを「重ねる」って意味で、縁起を担いだものだからな。同じ意味で、雑煮もおかわりするのが良いとされている」

なるほど、とユゥイ先生は頷いて隣に座っている百目鬼を見た。
本来、このお節料理というものは自分の分を取り皿に分けてみんなで食べるものである。しかし、彼はまるまる一段を自分の元に引き寄せているではないか。結構な量が詰めてあったと思われるが、すでにそれは空ときた。それならば、彼が次に言う台詞は予想がつく。
ユゥイ先生の思ったとおり、百目鬼は割烹着を着てあっちへこっちへと忙しい四月一日に言い放つ。

百「というわけで、おかわり」
四「何がおかわりだ!それ雑煮じゃねぇだろ一段まるごとだろ!」

新年早々、この二人の漫才という名の会話も相変わらずだ。
百目鬼が非常識な台詞を放った隣で、さらに首を傾げたくなるような行動が行われていた。ユゥイ先生が、昆布巻きをフォークとナイフを使って何とも優雅に食していたのだ。来日して未だ数ヶ月、箸に馴染めないのも分かる。しかし、少し行儀が悪くても箸でブスリと刺した方が食べやすいとは思うのだが。

ユ「これ、保存食なんだよね。すごいな」
四「お正月の三日間くらいは休めるようにってことらしいです。なのに!」

この無駄に広い部屋に運び込まれた巨大炬燵と、その上に広げられたお節料理。そして、着物を着て炬燵に足をつっこみ、お節料理をつつく堀鐔学園の生徒たちと教師陣。和と洋の何ともミスマッチな光景に、四月一日は叫ぶ。

四「何で一月一日から登校して理事長室で宴会の為に働かねばならんのですか!」
ソ「もっとお餅ー!」
ラ「もっと酒ー!」
侑「いいじゃなーい!正月早々みんなで遊べて、ねぇ」
ひ「はい。みんなの着物姿見られたし、ね」
さ「うん。ほんと」

ひまわりの向こう側に見える、小狼と視線がかち合って、さくらは頬をぽっと染めた。彼女がはにかめば、栗色の髪とそれに良く似合う桜の髪飾りがはらりと揺れる。それを見た小狼の頬にも熱が走った。

さ「小狼君も素敵だね」
小「や、あの、これ、兄さんが着せてくれて」
ユ「ボクのもね」
さ「そういえばファイ先生はとレン先生は?」

この場に、いつも明るいムードメーカーカップルが見あたらない。ちなみに、喋ってはいないが黒鋼先生もちゃんとこの場にいる。静かなのは良いことだと言わんばかりに、四月一日手製のお節料理に舌鼓を打ち、甘酒をコクリと飲む。しかし、そんな彼の束の間の平和は、次の瞬間ガラガラと崩れ落ちた。

レ「じゃーんっ!見て見てー!」
フ「お待たせー!オレたちも着物着てみましたー!!どうどう?似合う?」

いつものごとくハイテンションで、着物を身に纏ったファイ先生とレン先生が理事長室に入ってきた。そこまでは、まだ良かった。
しかしあろうことか、二人が着ているものはそれぞれの性別に見合うものと見事に逆転しているのだ。ファイ先生は振り袖でお転婆娘のように髪をちょんと結び、レン先生は男物の袴で長い髪をポニーテールにしている。
そんな二人を見てわっと沸くのは女性陣、反対に固まるのは男性陣だ。ユゥイ先生は穏やかな笑みのまま固まっていたし、黒鋼先生に至ってはお猪口を素手で握り割ってしまうほどの衝撃を受けていた。

フ「メイド服は黒ぴー先生に阻止されたので、今回は密かに事を進めてみましたー!」
四「……レン先生、あのとき嫌がってませんでしたか?」
レ「今回はまた別!フリソデは去年初詣で着たから、ハカマを着てみたくて!時代劇みたいな!」
黒「理事長!生徒もいるのに妙な事させんな!!」
侑「あら。あたしじゃないわよ。着物は貸したけど」
黒「んなもんこいつが着れるワケ……」
龍「おれです」
黒「……」

しれっとした顔で理事長室に入ってきたのは、小狼やユゥイ先生の着付けもしたという小龍だった。しかし、小龍。何故、女物の着付けの仕方を知っている。男である彼が女性を着付ける機会などありはしないだろうに。と、以上は黒鋼先生の心の声である。

黒「……はっ!いやいや!さすがに音楽教師にも着せてるはずが……」
ル「あ。それは私でーす」
さ「社会教師のルナ先生」
黒「……」

紺色の着物をしとやかに着飾り入ってきたのは、社会科を担当しA組の担任であるルナ先生だ。そのしとやかな動きと、落ち着いた声色とは反して、表情はこの状況を心底楽しんでいるような眩しいほどの笑顔だ。
おまえも何故、男物の袴の着付け方を知っている。理事長か!?理事長の入れ知恵か!以上、黒鋼先生の心の声、改。

フ「「あ〜れ〜」とかやりたいんだー」
ひ「似合いますね」
ソ「かわいいー」
レ「私、あれがいい!「お主も悪よのう」とか「ちこー寄れ」とか!」
さ「レン先生、かっこいいです」
四「いや、それって悪代官じゃ……」
百「帯結び、良く出来てるな」
龍「そうかな」
ラ「さっそく解かれてるけどな」
小「さすが兄さん」
ひ「ルナ先生も、着付け上手ね」
ソ「侑子が教えたんだよ」
黒「……」

「そぉーれ!くるくるーっ」「理事長おたわむれを。あ〜れ〜」侑子先生に帯を引かれてくるくると駒のように回転しているのはファイ先生。小龍が苦労して作ったであろう結び目は、既に解かれて床に無惨に垂れている。
そして「ふっふっふ。そち、もっとちこー寄れ」」は、お代官様」端から見ればいまいちしっくりこない役を演じながらルナ先生を引き寄せるレン先生。憧れの台詞を言えてそれだけで満足なレン先生もレン先生だが、それに乗ってあげているルナ先生もルナ先生だ。
この学園にまともなやつはいねぇ、とがっくりうなだれる黒鋼先生の肩に手を置いて、ユゥイ先生は遠い目をした。

ユ「堀鐔学園、元旦から平和ですね」

かくして、今年も堀鐔学園高等部はハイテンションスクールライフでお送りされるのであった。





──END──

- ナノ -