1.クリスマスケーキにドッキドキ!


──調理実習室──

冬休みまで後一週間ほどに迫った、ある日の放課後。小狼達は、いつものメンバーで揃いのエプロンを付け、調理実習室に集まっていた。テーブルの上には、先ほど泡立てた生クリームと、最初に焼き上げたケーキのスポンジか置いてある。そう、一同は少し早めのクリスマスケーキ作りをしているのだ。
指導者は、勿論ユゥイ先生。そして、その補佐をするレン先生だ。

ユ「生クリームは少し堅めに泡立ててあるかな」
小「はーい」
龍「はーい」
さ「はーい」
四「はーい」
百「はーい」
ひ「はーい」
ソ「はーい」
ラ「はーい」
レ「じゃあ、みんな飾り付けを始めて。分からない事があったら、私かユゥイ先生に聞いてね」

ケーキ作りの過程の中でも、もっともみんなが楽しみにしていたデコレーション。真っ赤な苺や、砂糖菓子で作ったサンタクロース、甘い生クリームなど、生徒達は思い思いのものを手に取った。少しずつ洋服が着せられるように、スポンジはケーキらしく飾られていく。

さ「授業外なのに教えて下さって有り難うございます」
ユ「この前、宝探しの時、色々手伝って貰ったからお礼に、ね。レン先生にはアシスタントを頼んじゃって、良かったのかな」
レ「はい。最近は規則とか関係なく、みんな私にお手伝い頼むんですもん。私も楽しいし、いいですよ」
ユ「有り難う」

生クリームを自分のスポンジに塗りつけながら、レン先生はにこりと笑った。軽く鼻歌を歌いながら、アシスタントという事も忘れて、楽しみながら飾り付けをしている。
その横で、なにやら大声を出しているのは四月一日。生クリームをチューブからにゅるりと出す百目鬼を見て、かっと目を見開く。

四「おまえ真面目にやれ!」
百「おれは食う方が得意だ」
四「えばれる事かてめぇ!」
百「おー。伸びるー」

うにょーん、という謎の効果音と共に、百目鬼の生クリームはチューブから飛び出した。ああーっ、と四月一日は叫び、百目鬼のスポンジを生クリームの先端の下に持って行く。ダメになったら勿体ないだろ!と怒鳴る四月一日の隣では、モコナコンビがハートをまき散らしていちゃついていた。

ソ「モコナ、一生懸命作るから食べてね」
ラ「もちろん」

そんな二人を見て、さくらは微かに頬を染め、ぽつりと呟いた。

さ「わたしも小狼君に食べてもらいたいな」
小「え。た、食べるよ。勿論」
龍「……」
さ「ありがと」
小「おれこそ」

付き合いだして10ヶ月は経つというのに、まだまだ初々しさが残る二人。頬を染めて照れ合うあたり、周りの空気は見えていないのかもしれない。そんな二人を見て、小龍はどこか影を持って、笑った。

いち早くケーキを完成させたのは、料理が得意分野の四月一日だった。プロに見られているという事で、四月一日は若干緊張している様子。だが、ユゥイ先生はにこりと笑って、ケーキをテーブルに置いた。

ユ「本当に上手だねぇ。四月一日君」
四「そ、そですか」
ユ「十分、プロとして通用するよ」
ソ「いいな。パティシエだ」
ラ「シェフもいいな」
ひ「あ。でも、四月一日君に向いてるお仕事あるよ」
四「え、なんだろ」
ひ「主婦」
レ「あ!四月一日君が!」

レン先生の足下に、四月一日は倒れ込んで。必死に涙を堪えている。四月一日を踏まないよう苦笑しながらレン先生がそこを退くと、見覚えのあるケーキが百目鬼の口に運ばれていた。

百「ん……うまいぞ」
レ「えーっと、百目鬼君。そのケーキって」
百「四月一日が作ったやつです」
レ「……やっぱり」
四「あぁー!百目鬼てめぇ!」

四月一日が起きあがったのは、それはもう目にも止まらぬスピードだった。喧嘩する二人を宥めながら、ちらりと百目鬼のケーキを見ると、生クリームまみれの悲惨な事になっている。百目鬼にはあまり料理をさせない方がいい、とレン先生は心に記憶した。

四月一日を筆頭に、続々とみんなケーキを飾り付けたようだ。
ひ「小狼君に渡したの?」
さ「う……うん」

さくらが作った可愛らしいケーキは、当たり前のように小狼の手の中へ。食べるのが勿体ないというように、心底幸せそうに恋人からのケーキを眺めている。そんな彼の背後から、小龍がひょっこり顔を出した。

龍「可愛いケーキだな」
小「うん」
龍「作った本人も」
小「え?」

双子の兄の意味深な言葉に、小狼は現実に引き戻された。彼は今、なんと言った?背中に問いかけるも、小龍は小狼に背を向けてスタスタと去っていった。
その様子を見ていたユゥイ先生は、苦笑して彼に問いかける。

ユ「本気?小龍君」
龍「本気ですよ。可愛いでしょう、二人とも」

小狼も、さくらも、お互いが頬を染めて見つめ合っている。可愛い、そういう小龍だが、表情はどこか冷めていた。
彼は自分と似ている。そう感じたユゥイ先生は、目を細めた。

ユ「双子は複雑だからねぇ」
龍「そっちもね」

二人の視線の先には、真剣に飾り付けをしているレン先生の姿があった。彼女が作ったケーキは、誰が食べるのかなんて、聞かなくても誰もが知っている。学園公認の恋人の、化学教師の腹の中に収まるのだ、きっと。

侑「メリークリスマース!」
小「わっ!?」
さ「わ!?」
フ「クリスマース」
黒「いてっ!てめえひっぱんな!」
レ「えぇー……」

ガラッ、と勢いよく調理実習の窓が開いた。窓が開いた時点で、誰が入ってくるのかなんてみんな分かり切っていた。
だが、小狼達はいつも以上に驚いた。何故って、侑子先生やファイ先生、そして黒鋼先生までもがトナカイの首輪を付けていたからだ。
軽々窓を飛び越える、セクシーサンタの侑子先生。それに続き、トナカイの角を生やしたファイ先生が、黒鋼先生の首輪を引っ張って入ってきた。半ば強制的に引きずられ、しかも大柄なその体格。窓の枠にがつがつと体中をぶつけていた黒鋼先生を、一同同情の目で見つめた。

四「いつからいたんですか!?」
侑「最初からよ」
百「完全にケーキが出来たタイミングで入ってきたんですね」
四「てか、その格好なんですか?」
侑「なにって、セクシーサンタと」
フ「トナカイ達でーす」
ユ「黒鋼先生、首輪似合わないですねぇ」
黒「似合ってたまるか!」

何とか首輪を外そうともがく黒鋼先生だが、侑子先生が用意したであろうそれは外れない様子。そんな彼の肩に、両モコナが飛び乗った。

ソ「でも、クリスマスまでまだ早いよ?」
ラ「あと1週間くらいあるもんな」
侑「クリスマス、それは聖なる日。恋人達に約束された夜。彼氏彼女持ちは、もちろん二人きりで過ごすんでしょう」

ドキリ、と図星をつかれたのは、小狼とさくら、ファイ先生とレン先生、そして黒鋼先生だ。
イルミネーションを見たり、美味しいレストランに行ったり、プレゼントを交換したり。煌びやかな街中は、カップル達で溢れかえり、独り身の男女の居場所を奪う。と、侑子先生は演説すると、どこからともなくクラッカーを出して盛大に鳴らした。

侑「という訳で、今のうちにみんなで楽しんでおくのよー!四月一日は100%恋人出来ないし」
四「最後のそれいらねぇっしょ!ねぇ!?」
侑「さあ、みんな手作りケーキを出しなさい。特にユゥイ先生のはあたしのものよ」
黒「プロのはちゃっかり独り占め……がめついな」
侑「トナカイ1。黙りなさい」
黒「だから誰がだ!!」

3人の乱入により、一気にその場が明るくなった。が、レン先生はその場から少し離れ、ケーキの飾り付けの最終チェックを行っている。
そろり、と彼女に近付くトナカイが一匹。

レ「こんなもんかなぁ……」
フ「レンレンせんせー」
レ「きゃ!」

背後から抱きつかれて、思わずケーキを落としそうになるが、足を踏ん張りぐっと耐える。ケーキは何とかレン先生の手を放れずに済んだ。ほっと息を吐くと、彼女は胸を撫で下ろした。

レ「もー。危なかったぁ……」
フ「それ、レンレン先生が作ったやつー?」
レ「うん。今年は部屋でクリスマス過ごすんでしょう?」
フ「去年はディナーに行ったからねー。今年は部屋のつもりー」
レ「ね。だから、予行練習」

にこっ、と笑うと、レン先生は苺を一つ摘み上げて、ファイ先生の口に運んだ。甘酸っぱいイチゴと、甘めの生クリームが、ファイ先生の口の中に広がる。へにゃり、ととろけるような笑顔で、笑う。

フ「あまーい」
レ「ファイ先生、甘いの好きだから」
フ「さすが。オレの事分かってるねぇ」
侑「そこ!今日はいちゃつかなーい」
レ「べっ!別にいちゃついてなんか!」

侑子先生に冷やかされ、レン先生は思い切りファイ先生を引きはがした。
そんな二人を、無言で見つめるのが、ユゥイ先生。蒼い瞳の奥に、揺れる羨望。小龍だけがその視線に気付いていたが、何も言わなかった。

ソ「みんなで乾杯するよー」
ラ「こっちこっちー!」
フ「はーい」
レ「てか、また学校でお酒……」

全員が作ったケーキをテーブルに置き、シャンパンを持ってそれを囲む。クリスマスツリーも、何もないけれど、一足早いパーティーをみんなで。侑子先生が、シャンパンを持つ片手を上げた。

侑「じゃあ、一足早いけど、メリークリスマス!」

かけ声と同時に、軽い音が重なる。全員で乾杯して、ケーキを食べて、他愛もない談笑をする。
ひまわりは、隣にいる四月一日に笑いかけた。

ひ「楽しいね。これで、恋人出来なくても寂しくないね」
四「うぅ。堀鐔学園、今日も平和……なのか?」

侑子先生の呟きを、未だ気にしていた四月一日だったが、こうも周りが賑やかだとそれもどうでもよくなってくる。彼女が出来ないなんて、今は忘れてしまえ。今日は楽しむぞと心に決めて、四月一日はシャンパンを一気に飲み干した。





──END──

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