6.宝探しゲームにドッキドキ!


──調理実習室──

場所は変わり、調理実習室。各ポイントにいた全生徒が集められ、そこではユゥイの歓迎会が行われていた。
飲めや食えやの大騒ぎの中、割烹着を着て忙しく動き回っている生徒が一人。言わずもがな、四月一日だった。

四「ああ!忙しい忙しい忙しい忙しい!えーっと……」
侑「わったぬきー!ツマミがなくなったぁ!熱盛りもっとー!」
四「あちちちち!あっ!今持って行きますー!ったく、なんで休日のそれもこんな時間に、調理実習室で御三どんせねばならんのじゃ!」

パタパタパタ、と焼き鳥を返しながら、四月一日はぶつぶつ呟いた。彼だけは料理する専門で、すぐさま平らげられるツマミの調理に追われている。眉間に皺を寄せていた彼だが、自分が焼いた焼き鳥を片手ににこりと笑うひまわりと視線があうと、目がトロンと垂れた。

ひ「四月一日君。すっごく美味しいよ」
四「もう何本でも焼くからどんどん食べてねー!ひまわりちゃーん!」
百「砂肝もっと焼け」
四「てめぇで焼け!」

四月一日のこの対応の差は、端から見たら見事としか言いようがないのだが。好きな子と苦手な相手には、誰だって同じかもしれない。
四月一日が再び不機嫌になった時、他のメンバーはユゥイを囲んで談笑していた。

さ「本当にそっくりですね。ユゥイさんとファイ先生」
ユ「小狼君達もね」
龍「いつ日本に?」
ユ「昨日帰ってきたばかりなんだ。ずっと、イタリアで店をやってたから」
ソ「何のお店なの?」
ユ「レストランだよ。イタリアンの」
ソ「すごいね!お料理上手なんだ!」
ユ「好きなんだ。作るのが」
さ「ファイ先生は化学の先生で、ユゥイさんはコックさん」
ひ「色々混ぜたり作ったりする所が、似てるのかな」
ユ「そうだね」

ユゥイは、イタリアでシェフをしていたと聞かされ、話題に出されるのはもちろん四月一日だ。ソエルは、彼が焼いていた焼き鳥を取り上げると、ユゥイに差し出した。

ラ「四月一日も料理凄く上手なんだぞ!」
ソ「美味しいよ!ほらぁ!」
ユ「有り難う」

ソエルから焼き鳥を受け取ると、あまり見慣れない異国の料理を口に運ぶ。ドキドキと、緊張した面持ちで一連の動作を見ていた四月一日に、ユゥイは笑いかけた。

ユ「……うん。本当に美味しいね」
四「あっ!有り難うございます……」
ユ「来月から調理実習の講師として、この学校にお邪魔する事になったんだ。君と一緒に料理するのが楽しみだよ」
四「いやぁ、そんな……」
百「葱鮪焼け」
四「おまえさっき砂肝っつっただろうが!」

ユゥイを勧誘した侑子先生はというと、ツマミを片手に早くも焼酎を一瓶開けていた。それでもまだ物足りないらしく、空の瓶をゆらゆらと揺する。

侑「ほぉんと。ユゥイ先生の料理、楽しみねー。お酒が進む感じのを是非お願い」
四「いや、学校で酒進んじゃマズいでしょ」
侑「四月一日ったら堅いわねぇ。百目鬼君は、一緒に飲むでしょ?」
百「戴きます」
ラ「モコナもー!」
四「……って!それ!」

ニヤリ、と侑子先生は笑った。四月一日が発見したものは、雰囲気のあるラベルが貼られた、年代物のワインだった。

侑「ユゥイ先生のイタリア土産!赤ワインよー!みんなで飲みましょーう!」
四「ちょっと、休日だからって!」
侑「おぉい!グラスグラスー!」
ソ「モコナもー!」

学校で飲酒など、学外に知れたら苦情が来るどころか、首が飛ぶかも知れないというのに。さすがは侑子先生と言うべきか。自重というものをしようとせず、我が道を行くタイプだ。そんな彼女にあらがう術もなく、四月一日は渋々グラスを食器棚から取り出した。

一方、その賑やかな輪から外れた、調理実習室の隅。缶酎ハイ一杯で潰れてしまったレン先生は、ファイ先生の肩にもたれ掛かってうとうとしていた。

レ「みゅうー……」
フ「はい。レンレン先生、今日はお酒もうお終いねー」
レ「んんー……はぁい………」

レン先生の機嫌はすでに直っている。問題は黒鋼先生だ。しかめっ面のまま黙々と酒を飲み、ファイ先生と話そうとしない。
子供と話すような猫撫で声を出し、ファイ先生は黒鋼先生の顔を覗き込んだ。

フ「ねーえー。黒みゅう先生ってばー」
黒「……」
フ「オレ、本当に知らなかったんだってー。あの体育館で真っ暗になった時、外に連れて行かれるまで、ユゥイが宝物役だ、ってー」
黒「……」
フ「ほんとだってばぁ。ユゥイが帰ってきた事も知らなかったしー。侑子先生が、内緒にしとけって言ったんだってー」
黒「……」
フ「体育館の外で説明されて、オレも吃驚したんだよー?」
黒「……」
フ「むー。信じてよー!レンレン先生はすぐ許してくれたのにー」
黒「……」

眉間の皺は消えない。黒鋼先生は、嘘や曲がった事が大嫌いだと、同僚である自分が良く知っている。その機嫌の取り方も、もちろん心得ていた。

フ「今日、黒ぴっぴ先生の部屋に、とっておきの日本酒お持ちしますからー」
黒「……ふん」
フ「わーい。ご機嫌、ちょっと直ったぁ」

背中を向けていた黒鋼先生が、いそいそとこちらに向き直る。彼といい、肩にもたれる彼女といい、単純というかなんというか。それが、二人のいいところなのだが。
ファイ先生は笑いながらも、実は日本酒など持たない今夜をどう乗り切ろう、まぁ今を誤魔化せばそれで良いか、と何とも適当な考えを巡らせていた。

黒「同じだけど同じじゃない」
フ「?」

主語のない言葉に、思わず首を傾げるファイ先生。しかし、それが自分達の事を指していると理解するのに、時間はそうかからなかった。

黒「小狼達もそうだが、おまえ達の性格、随分違うんだな」
フ「でも、顔はそっくりでしょ?今でもワザと似せてたら、周りの人ほとんど、どっちがどっちか分からなくなるもーん」
黒「その歳でまだそんな事やってんのか」
フ「えへへ」
レ「双子でもー、違う人間なのぉ……似ない所もあるのは、当たり前だもん……」
黒「おわっ!分かった、分かったから。どうしたんだおまえは」

いきなり下から見上げられ、黒鋼先生はぎょっとした。今日のレン先生は、いつもより静かに絡んでくる。ずいずいと責めよってくる彼女を、ファイ先生の胸に押し戻すと、黒鋼先生は溜息をはいた。苦笑して、恋人を宥めて、ファイ先生は悪戯っ子のように笑った。

フ「でも、ほんと良く分かったよね。体育館で倒れてたのがオレじゃないって。服まで同じだったのにー。やっぱり……野生の感?」
黒「シャツのボタンだ」
フ「えっ?」

茶化した後、いつものように怒鳴り返されるかと思っていたファイ先生にとっては、予想外の返事だった。鳩が豆鉄砲を食らったように、思わず目を見開き素で呆ける。

黒「ボタンを縫いつけてる糸、他のは白だが上から二番目のボタンだけ、おまえのは糸の色が僅かに違う。俺の裁縫箱にあった生成色だ」
フ「体育館で倒れたユゥイのは、全部白かった……と」
黒「おう」
フ「ほー……」
黒「だが、こいつは違う」
フ「レンレン先生?」
黒「こいつは裁縫箱も見てねぇだろ。だから、その中の糸の色も知らねぇし、おまえの弟の顔を見て一目で顔色を変えやがった」
フ「……」
黒「こんなやつ、そういねぇぞ。大切にしろよ」
フ「……勿論」

自分の胸に身を寄せるレン先生を、ぎゅっと抱きしめれば「みゅぅ」と何とも抜けた声が返ってきて、思わず小さく吹き出した。同時に、とても愛おしい想いが芽生えてくる。推理でも感でも、何でもない。言うなれば、愛の力だろうか。笑う人もいるだろうけど、ファイ先生は信じる事が出来た。腕の中にいる人物が、その証だから。

フ「それにしても黒様って、なんか思ってたより凄い人かも」
黒「思ってたよりって何だ!」
フ「いやー、ちゃんと推理したり出来るんだなあって。意外にも」
黒「……意外ってのはどういう意味だぁ?」
フ「あー、怒らないで。本心だから」
黒「ぶっとばすぞてめぇ!!」
フ「うわーい」
黒「待ちやがれこらぁ!」
レ「うにゃ!?」

黒鋼先生の右ストレートをかわす為、その場を飛び退いたファイ先生の腕から、床へと落下したレン先生。結局は、いつもの追いかけっこが始まる事になるのだ。ほろ酔い気味の周りがはやし立てるものだから、さらに追いかけっこがヒートアップする事になる。

ソ「追いかけっこだぁ!あはは!」
ラ「やれやれー!」
さ「えっと……宝探しをしたら、黒鋼先生とファイ先生の友情が深まって、レン先生とファイ先生の愛が深まって……」
小「仲良くなるからって、侑子先生が……」
龍「言ってたな」
ひ「だから、もっと仲良しになったんじゃない?」

黒鋼先生の形相を見れば、それは本当かと疑いたくもなる。レン先生に至ってはその場に取り残された始末だ。しかし、これが彼らの日常、なのかもしれない。
四月一日がしみじみそう思っていると、彼を不機嫌にするあの声がまた聞こえてきた。

百「つくね焼け」
四「命令すんな!」
レ「侑子しぇんしぇー……ファイにポイってされたぁ……」
侑「よしよし。こっちにいらっしゃいー」

若干ふてくされた様子のレン先生は、侑子先生とユゥイの間の席に収まった。黒鋼先生から逃げる最中、彼女を視線で追いかけていたファイ先生は、視界にあるものを入れる。上品なワインレッドの、美酒。

フ「あっ。良い物飲んでるー。オレの分、残しておいてねー」
黒「待てこの野郎ー!!って、生徒に何飲ましてんだ理事長!」
侑「あはははっ!黒鋼先生にもちゃんと分けてあげるわよぅ」
フ「レンレン先生には、もう飲ませないで下さいねー。後から大変ですからー」
侑「分かってるわよー」

珍しい、侑子先生のお酌。それはユゥイが受け取った。

侑「今日は協力してくれて有り難う」
ユ「いいえ。日本で教師になると聞いて驚きましたが、ファイが楽しそうで良かったです……可愛い恋人もいるみたいですし」
レ「んにゃ……」

隣で机に伏せるレン先生の頬に、微かに触れて、何とも言えない表情を見せる。憧憬?焦燥?歓喜?期待?全てを含んだ笑みは、どこか寂しそうだった。その笑みを、侑子先生は見ない振りをした。

侑「貴方もこの学園に来てくれれば、毎日楽しい事でいっぱいよ」
ユ「今日みたいな?」
侑「今日以上に。堀鐔学園、いつも平和よ。適度に乱すけれどね」

そう、今日のように。先生達の名物追いかけっこと、それをおろおろしたりはやし立てたりする生徒達。
一見、非日常的に見える日常に、新しいメンバーが加わった夜。墨汁を零したような夜空には、相変わらず煌めく星達が散らばっていた。





──END──

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