5.宝探しゲームにドッキドキ!


──体育館──

次なるポイントは体育館。渡り廊下を渡れば、体育館は目の前だ。ファイ先生とレン先生が楽しそうに話す傍ら、黒鋼先生は俯き気味に腕を組んでいる。

フ「ひまわりちゃん、本当に上手だったねー。前にレンレン先生も言ってたけど、今度の芸術祭、さくらちゃんと知世ちゃんの歌で、ひまわりちゃんの伴奏とかいいなー」
レ「ねっ?そうでしょ?」
黒「……」
フ「どうしたの?黒様先生」
黒「宝物ってのは、ひょっとして……」

何かを閃きかけた、黒鋼先生。しかし、それは聞こえてきた打撃音に阻まれた。
体育館内に、ボールを床に打ち付ける音が響く。それは、小狼がシュート前の腕慣らしをしているところだった。ゴールを見上げてボールを構える彼の隣には、双子の兄である小龍が寄り添う。

龍「手はボールに添えて……」
小「こうかな?」
龍「シュートは手首のスナップを利かせて……」
小「っ!」

小狼の手を放れ、ボールは綺麗な放物線を描いて飛んでいく。吸い寄せられるかのように、それは音もなくゴールに入った。思わず、小狼はガッツポーズを作った。

小「入った!」
フ「小龍君と小狼君だ!」

ファイ先生の声で、その存在に気付いた小狼達。ボールを拾って、軽く会釈する。

小「今晩は」
龍「今晩は」
フ「二人でバスケットー?」
小「兄さんに教わって」
フ「小龍君、バスケット部だもんねー。小狼君と同じ、サッカー部かなーとも思ってたんだけどー」
龍「顔が同じでも、性格は違いますから」
レ「……そうだよね。双子だけど、違う人間もんね」

何か、別の意味を含んだような言葉で、レン先生は呟いた。見た目はそっくりなのに、少々天然の小狼と、少しクールな小龍と、二人を交互に見つめる。違う人間なのだ、双子でも。
レン先生とは別に、黒鋼先生も双子を凝視していた。彼はもう、近付けるところまで迫っている。後はそれを確信に変えるだけ。その為に、口を開く。

黒「……おまえ達のヒントは何だ?」
レ「あ!分かった!」

パチンと指を鳴らすと、レン先生は小狼の手からボールをするりと抜きとった。そのまま、慣れた手つきでドリブルをしながら、どんどん遠ざかっていく。コートの真ん中ほどまで来ると、レン先生は狙いを定め、軽くジャンプしてボールを放った。

フ「レンレン先生格好いいー。惚れ直しちゃうー」
小「凄い!あんなに遠い所から入った!」
レ「遠いところからシュートを決める!違う?」
龍「はい」
レ「ありゃ」
小「でも、本当に凄いです!運動神経良いんですね!」
レ「私なんて全然よ。化け物みたいに凄い人も、世の中にいるし」
小「……レン先生?」

若干、自嘲するようにレン先生は言った。確かに、プロなどはいるが、この場で自分と比べるだろうか。レン先生の言葉は、身近な誰かと自身を比べたようなものだった。
他のボールが入ったカートに、手持ちのボールを投げ入れると、レン先生は先ほどの表情を消してにこりと笑った。

レ「で、本当のヒントはなあに?」
小「いえ。おれ達は……」

聞き慣れない音が、響いた。あたりは闇に包まれた。自分の姿さえもわからない。
照明が落ちてしまったのだ。

レ「やっ!」
黒「何だ!?」
小「電気が消えた」

何も見えない、辺りは漆黒の闇だ。人間は平衡感覚を失い、恐怖に支配される。周りがどうしているか分からないが、感じる事は出来る。
小狼は尻餅をついてしまい、レン先生は彷徨うようにその場をふらふらしている。見えない中で気配だけを感じ、小龍は前者、黒鋼先生は後者の腕を、それぞれ掴んだ。

龍「小狼、大丈夫か?」
小「う、うん!先生達は?」
黒「あんまり動くな」
レ「は、はい」

停電時間は、数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。闇が訪れた時と同じように、光もまた突然訪れた。目が急に光に晒され、視界が一瞬白く染まる。全員、目を擦ってその明るさに慣れようとした。

小「何で急に停電したんだろう……」
龍「それに、何か音がした。床に倒れるような……」
小「もみ合ってるような音も……ファイ先生!?」
レ「っ!!」

大きく息を飲んだレン先生の表情が、痛々しかった。大きく見開かれた薄紅の瞳が映すのは、仰向けに倒れた恋人の姿。微かに顔色を青くした彼は、ピクリとも動かない。

黒「何ひっくり返ってんだ!おい!?」
小「ファイ先生!先生!」
レ「やだ……どうしたの?ファイ!ファイっ……」
?「あ……あれ……?」
レ「え?」

自分が抱き起こした恋人の瞳が、開かれた。焦点が定まらず、彷徨っていた蒼と、薄紅が重なる。瞳の蒼さは変わらないはずなのに、レン先生には、それが知らない色のように見えた。
レン先生の腕から、自ら起きあがろうとする、彼を、小龍が制した。

龍「起きあがらないで。頭を打ってるかもしれない」
小「何があったんですか?」
?「……暗くなった時……急に誰かに引っ張られて」
小「誰がそんな事を……」
侑『55分経過』

侑子先生の校内放送が響く。今まで、些細な呟きさえも聞き逃さなかった彼女だ。今回の事態ももちろん知っているはずなのに、何故。

小「侑子先生に、宝探しを中止して貰いましょう。ファイ先生を医務室に運ばないと」
侑『残り4分』
龍「動かさない方がいい。校医の星史郎先生を呼んでこよう」
侑『残り3分30秒』

侑子先生は、淡々とカウントダウンを進める。残り時間は後わずか。黒鋼先生とレン先生は、微動だにせず彼を見下している。
ゆっくりと、彼の体を起こすと、レン先生は静かに首を振った。

レ「……違う……貴方はファイじゃない」
黒「……宝は……」
?「……先生?」
レ「……貴方です」
黒「……こいつだ」

二人が良い放った瞬間、正解の音が盛大に鳴り響いた。宝物は「物」ではなく「者」だった。
同じだけど同じじゃない、そっくりな二人。二人のうち片方が当たりで、ピアノが弾ける者。今までのヒントは、ほとんどが目の前の人物に当てはまる。
彼こそが、ファイの一番大切なもの。

侑「正解よー!」
黒「また窓からかよ!」
フ「いやー、分かるとは思いませんでしたー」
レ「ファイっ!」

今度こそ、本当の恋人に、レン先生は正面から抱きついた。人前で抱きつくなんて、普段の彼女からは考えられない行動に、ファイ先生は目を見開き、その後細めて小さく笑った。片手をレン先生の背中に回したまま、もう片手をもう一人の自分に向けて振る。

フ「ひっさしぶりー。ユゥイ」
ユ「久しぶりだね、ファイ」
小「ファイ先生!?でっでも!こっちにもファイ先生が!」
フ「そっちに倒れてたのは、弟。双子のね」
小「……えぇー!?」
ユ「ユゥイと言います。兄がいつもお世話になってます」
小「あ!いいい、いえ!こちらこそ!」

ファイ先生と、彼そっくりの人物──ユゥイに挟まれ、小狼は頭をあっちこっち向けるのに忙しい。
見れば見るほどそっくり、というよりほぼ同じなのだ、二人は。それを見抜いたレン先生、そして黒鋼先生は、それぞれ違う方法でユゥイを宝物と見抜いた。少なくとも後者は推理を持って。

侑「でも、ほんと良く分かったわねぇ」
黒「ヒントがあったからな。最初のクイズは、そっくりな二人。調理実習室では、二つのうちどちらかが当たり。音楽室では……ピアノ」
フ「ピアノがー?」
黒「おまえが言ったんだろうが。ずっと習ってた人が傍にいた」
フ「ああ。前に弟がピアノを習ってたって、黒きゅん先生に教えちゃってたなー。でも、それが双子だとは言ってなかったのにー」
黒「最後の体育館は、この二人自体がヒントだ。双子の兄弟」

そう言って、小狼と小龍を見る。小狼は、自身がヒントだったと今気付いたようで、口をあんぐりと開けている。

小「……そうだったのか」
龍「小狼には知らせてなかったからな。途中でファイ先生とユゥイさんが入れ代わるって知ってたら、自然に黒鋼先生に対応出来なかっただろ?」
小「あ……そうかな?」
龍「そうだ」

ニヤリと笑う小龍、恥ずかしそうに笑う小狼。
違っても同じ、同じでも違う存在、双子。黒鋼先生は感でも何でもなく、今までのヒントから推測して当てたのだ。

黒「最初に理事長が言ってた。同じだけど同じじゃない大事なもの。つまり、宝物はこいつの双子の弟だ」
侑「まーあ。黒鋼先生じゃないみたい。っていうか別人?体育館が真っ暗になった時、黒鋼先生も入れ代わってたりして」
小「えぇー!?黒鋼先生も双子なんですか!?」
黒「違うっ!」
侑「なにげにノるわね、小狼君」
龍「いや、こいつは真剣です」
小「え?え?」
フ「小狼君も、天然だからぁ」
小「えっ?」

オロオロとして事態を把握出来ていない小狼をあははと笑い、ファイ先生は視線を落とした。自分の胸に顔を押しつけ、背中まで腕を回して思い切り抱きついている、彼女。柔らかい桃色の髪を、ゆっくりと撫でる。

フ「珍しいねー。レンレン先生が、こうして人前で抱きついてるの」
レ「……心配したんだから」
フ「ごめんね。でも、解ってくれてありがと」

ちゅっ、とリップ音と共にその髪に口づけた時。腕の中から、くぐもった呟きが聞こえてきた。

レ「………ファイも、双子だったんだね」
フ「え?」

ファイ先生の聞き返しに、レン先生は答えずに。ただ、抱きつく力を一段と強めた。





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