1.ラジオ放送にドッキドキ!


──放送室──

珠玉のバラードが、放送室から昼休み時の各教室に発信される。ゆったりした曲調と、優しい歌詞と、柔らかい歌声が、聴く者の心を癒す。
曲が終わったところで、ブース外にいる小狼がスッと手を挙げて、ブース内にいる二人に合図を送った。さくらと四月一日は、予め用意されている資料を見ながら、放送を続ける。

さ『お聞き頂いたのは、堀鐔ネーム【さくらんぼ】さんからのリクエストで『アムリタ』でした』
四『じゃ、次のメールです。堀鐔ネーム【モコナさん達が好きすぎます】さんから』

「なんだ、この名前は」と、四月一日は小さくツッコミを入れた。ツッコミ担当の彼でなくても、誰しもが心の中でツッコんだはずだ。本人である二人だけが、ブース外で「モコナ達、モテモテー」と、手を合わせて喜んでいたが。

四『「四月一日さん、さくらちゃん。お昼の放送、いつも楽しみに聞いています」』
さ『有り難う御座居ます』
四『「今年の堀鐔祭、楽しかったですね。BーC組合同のメイドカフェ、最高でした」。やー。ホントに女子達、可愛かったよねー』
さ『……』

メイド姿の女子達……四月一日の場合は主にひまわりだろう……を思い返し、四月一日は余韻に浸っている様子。照れたさくらの顔が赤いのは勿論、ブース外にも顔が赤い者が二名いた。

ラ「モコナが一番可愛かったぞ」
ソ「わーい」
小「さくらも……」
龍「可愛かったな」

小龍に言葉の続きを言われれば、小狼は頬が染まるを通り越し、爆発するのではないかと思うほど、顔に熱を集中させた。
その背後では、資料整理中のひまわりと百目鬼も、メイドカフェについて語っていた。この二人の場合は、色気より食い気といったようだが。

ひ「カフェのお菓子、美味しかったね。四月一日君のお手製で」
百「おう」

それぞれが、楽しかった堀鐔祭の思い出を振り返る中、話題は次のものへと移る。

四『「今度は秋の芸術祭。お二人のクラスは、もう出し物とか決まりましたか?」』
さ『今、相談中なんですよね』
四『劇もいいけど、バンドもいいねって言ってるんだよね。さくらちゃん、歌上手だし』
さ『歌なら、A組の知世ちゃんがもっと上手よ。コーラス部だし』

自分の能力を謙遜して焦るさくらの声が、放送を通し各教室にも伝わる。それは、あの部屋にも……







──体育準備室──

侑「いいわねぇ。さくらちゃんと知世ちゃんのデュエット」
フ「目にも耳にも優しいデュエットですねー」
侑「それに加えてレン先生が伴奏をすればいいじゃない」
レ「生徒は生徒同士がいいですよ。伴奏なら、ひまわりちゃんがこの前テストで成績良かったから」
フ「ひまわりちゃんかー。いいねー」

体育準備室の中央にある、デスクに座って話すのは、侑子先生とファイ先生とレン先生。侑子先生は湯飲み茶碗を片手に、一番くつろいだ状態で。
この部屋の主である黒鋼先生は、部屋の隅で一人ポットに向かっていた。

侑「おかわりー。お酒がいいんだけどなー」
レ「私、レモンティーがいいのにー。今度から、ティーバッグだけ持って来よっと」
フ「それがいいよー。ここには紅茶系なんて、絶対ないからー」
侑「ほんとね。ったく、ロクな飲み物ないわねぇ。ここは」
フ「緑茶大好きですからねぇ、黒たん先生」
黒「自分らの部屋行けよ!!」

そう、本来ならそれぞれの部屋がある。ファイ先生には化学準備室、レン先生には音楽準備室、侑子先生に至っては立派な理事長室がある。それでも、何かとみんな自動的に、この体育準備室に足を運ぶのだ。
何だかんだ言いつつも、ちゃんとお茶を淹れているところが黒鋼先生らしい。逆らえない原因は、やはり侑子先生なのだろう。
そう言えば、とレン先生は首を傾げた。

レ「今年の芸術祭、先生達も参加って聞いたんですけど、本当ですか?」
侑「そうそう。そのつもりでいてね」
フ「そうなんだー。オレ、何しよっかなー。レンレン先生、一緒に……」
レ「嫌!」
フ「まだ最後まで言ってないのにー」

手で顔を覆い、ファイ先生は泣き出した。勿論、真似事なのは全員が承知。それを解った上で、侑子先生は溜息をついた。

侑「夫婦漫才くらい、一緒にしてあげればいいじゃない」
レ「二人だけで出るのは嫌ですっ。また、生徒達に冷やかされちゃう。それに、夫婦じゃないです!」
侑「レン先生は相変わらずねぇ。ちゃんとうまくいってるの?貴方達」
フ「あ、それは大丈夫ですー。レンレン先生、職場ではこんなんだけど、プライベートでは結構デレデレで……」
レ「きゃああああっ!」
侑「それなら安心ねー」

ファイ先生の爆弾発言に、レン先生の顔は耳まで真っ赤で。その反応と、ファイ先生の口を両手で塞ぐ辺り、どうやら図星。
漸く口を解放されると、ファイ先生は次の標的を黒鋼先生に絞った。

フ「じゃあさー、黒りん先生も入れて、三人で一緒に出ないー?」
黒「出ねぇ」

日頃の恨みもあり、黒鋼先生が簡単に了承する訳なかった。またしても拒否されて、ファイ先生は侑子先生へと泣きつく。

フ「えーん。ゆーこてんてーっ」
侑「よしよし。いじわるっこねぇ」
レ「……」
侑「ファイ先生、そろそろ離れないとレン先生がこわーい顔で見てるわよー」
レ「え!?」
フ「なんだー。抱きついて欲しかったんなら、そう言えばいいのにー」
レ「きゃあああ!」

本日、二度目のレン先生の悲鳴。ファイ先生は、デスクを挟んでレン先生に抱きつきながら、隣にいる侑子先生に視線を送る。

フ「いじわるっこには、やっぱりお仕置きですよねー。ゆーこ先生」
黒「ああ?!」
さ『次は、音楽データを送って来て下さいました。堀鐔ネーム【黒たんいぢわる】さん』

スピーカーの紡いだ単語に、四人の動作が止まった。この学園で「黒たん」と呼ぶ者も呼ばれる者も唯一人。
次第に笑顔になるファイ先生と、顔をひきつらせる黒鋼先生の表情の差が、何とも見物だった。

さ『曲は『斬光』』

黒鋼先生に無情にも雷が直撃した。スピーカーから聞こえる声は、学園中の誰もが知っているもの。普通の曲と違い声だけの分、唄っている人物の声質や音程が丸わかりだった。

侑「黒鋼先生の声じゃないー」
フ「お風呂で鼻歌うたってんの、録音したんですー」
レ「凄い、貴重ですね。でも、いくら職員宿舎で部屋が隣だからって、不法侵入になるんじゃ……」
フ「へーきへーきー」

……な訳、なかった。

レ「……堀鐔学園。今日も平和、かな?」

黒鋼先生から後頭部に雷を落とされて、たんこぶを作ってノビているファイ先生を視界に入れないようにしながら、レン先生はそう呟いたのだった。





──END──

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