3.堀鐔祭準備中にドッキドキ!


四「小狼!」
ソ「廊下に立っている小狼と!」
ラ「職員室からもう1人、小狼が出てきた!」

そう、彼らの目の前には二人の小狼。姿形がほぼ同じで、違う所を探す方が難しい程、瓜二つ。
さくらは半泣き状態で、廊下に立っていた小狼にしがみついた。

さ「死んじゃやだ!小狼君!」
小「えっと……おれは死なないよ?」
さ「でも……侑子先生が……」
小「ドッペルゲンガーに会うと死ぬっていう言い伝えは、おれも知ってるけど……」
さ「だったら、あの小狼君に会っちゃったら!」
小「いやー、大丈夫なんだ。だってあれは、おれの双子の兄さんだから」
さ「……え?」

しばしの間の後、焦りを含んだ疑問音を発したさくら。真ん丸と見開いた瞳と目が合えば、小狼曰く双子の兄は、にこっと穏やかに笑った。

龍「初めまして。小狼の兄です」
レ「小龍(シャオロン)君っていうのよ」
さ「……え?」

さくらをはじめとした生徒達は、展開についていけない者が多いようだ。先生達は苦笑しながらも、微笑ましげにその様子を見守っていて。
全員が事態を理解するまで、要した時間は数十秒。その後、学園全体を揺るがす程の大音量が響き渡る。

さ「えぇーー!?」
四「えぇーー!?」
ソ「えぇーー!?」
ラ「えぇーー!?」
百「……こんな事だろうと思った」

小狼が死ぬかもしれないと聞かされても、百目鬼は始終落ち着いていた。冷静な彼は、いち早く物事を予感していたのだ。それを伝えようとしても、四月一日が聞かないものだから、最終的にはこのような展開になってしまった。

フ「なんか、楽しそうな誤解があったみたいだねー」
黒「また、あの魔女の仕業か」
侑「なんですってー!」
黒「って、今度は廊下の窓からかよ!」
レ「……」

混乱の元凶、侑子先生、再び窓から登場。平和は適度に乱す、が彼女のモットーだ。今回も自分の期待通りの展開になり、ご満悦といった様子。
黒鋼先生が侑子先生に文句を言う中、レン先生は小狼と小龍を見て、眉間に皺を寄せていた。何か機嫌が悪いのかと、ファイ先生がひょいっと顔を覗き込む。

フ「レンレン先生ー、そんな顔してるとキスしちゃうよー?」
レ「止めて下さい!みんなの前で、もう!」
フ「冗談だよぅ。で、どうしたのー?」
レ「いえ、別に……ただ、やっぱり双子って似るんだなあって。名前も、顔も、性格も」
フ「名前は親が、意図的につけるんだろうけどねー。やっぱり見た目も中身も、少なからず似る部分はあると思うよー」
レ「そう、ですよね……それが一般的ですよね」
フ「?」

遠くを見るような眼差しで、小狼達を見つめていたレン先生だが、言葉の最後には笑顔を浮かべた。しかし、この言葉の真意をファイ先生が知るのは、まだまだ先の話。
今はただ、つられて笑顔を浮かべ、首を傾げるしかなかった。







──校庭──

漸く事件が解決し、穏やかな下校の時間が訪れた。夕焼けに染まる校庭を、小狼とさくらは並んで歩く。歩幅の大きい小狼は、さくらのペースに合わせてゆっくり歩き、落ち込んでいる彼女を気遣った。

さ「ごめんね。大騒ぎしちゃって……」
小「いや。ちゃんと、おれが言っておけばよかったんだよ。兄さんが留学生として、明日から来るからって。でも……」

あんな騒ぎを起こされて、小狼は怒るどころか、表情を優しく弛ませる。あれだけ大事になったのは、みんなが、そしてさくらが、小狼の事を想っているからこそという事を、ちゃんと理解しているから。

小「心配してくれて嬉しかったよ」
さ「小狼君……でも、お兄さんと一緒に帰らなくてよかったの?」
小「うん。理事長の許可があって、ここ数日、学園を見学出来て、随分慣れたから先に帰れって。でも……きっと分かったからだと思うよ」
さ「何が?」
小「手紙とか電話で、よく話してたから。この人が、おれの言ってた人なんだって」
さ「お話……してくれてたの?お兄さんに」
小「うん」

知らないうちに、恋人だと身内に紹介されていたと知り、さくらの頬は照れから赤く染まる。さくらが小狼の恋人だと一目で分かったからこそ、小龍は気を遣って二人を先に帰らせたのだ。

小「ごめん!勝手に……」
さ「ううん!……嬉しい」
小「帰ろうか!……えっと……さくら」
さ「……はい」

初めて、名前で呼ばれた。それだけの事が、すごく嬉しくて。
さくらは綺麗に微笑むと、小狼の手に自分のそれを、そっと絡めたのだった。







──B組──

再び教室に集合し、片付けをしている一同。小龍も手伝いとして加わっている。
先にC組に戻ってしまい、何も知らなかったひまわりは、一連の出来事を報告されると、クスクスと楽しそうに笑った。

ひ「へー。そんな事があったんだー」
ソ「モコナも、ちょっと早とちりしたー。てへっ!」
ラ「ちょっとだけな。てへっ!」
四「恥ずかしすぎる……」
百「だから、ちょっと待てっつったのに」
四「うるせーー!!」

百目鬼の言葉に耳を貸さなかったのだから、自業自得。今回ばかりは、何も言い返す事が出来ない四月一日だった。
そして話題は、小龍達双子のものへと変わる。少なくとも見た目は、さくらでさえも間違う程の瓜二つさ。ひまわりはまじまじと、その顔を覗き込んだ。

ひ「でも、ほんとそっくりだね。小狼君と」
龍「一卵性だからな」
ソ「性格は、ちょっと違うみたいだけどね」
龍「弟は真面目だからな」
ラ「兄は違うのか?」
龍「どうだろうな」

そう言って、小龍はニヤリと笑った。少なくとも、小龍は生真面目すぎるという訳ではないようだ。ユーモアが通じる部分もあったり、バレンタイン騒動を例に出すなら、小龍は絶対に騙されなかっただろう。

ひ「クラスはC組だね。じゃあ、わたしとさくらちゃんと同じだ。よろしくね」
龍「よろしく」
四「いいなぁ。ひまわりちゃんと同じクラス」
百「しょっちゅう一緒じゃねぇか。隣でも」
四「だから、うるせぇっての!てか、おまえにおれの繊細な心がわかるか!」
ひ「そうだ!四月一日君」
四「は、はいーっ」
ひ「せっかくだから、一緒に帰らない?」
四「ええっ!?」
ひ「都合……悪い?」
四「いやー、全然!ご一緒させていただきますー!いやっほーい!」
ひ「じゃあ、みんなで一緒に帰ろう」
四「だあっ!?」

おきまりというか、何というか。先は見えていたはずだが、恋は盲目。四月一日の期待は見事に散り、彼は盛大にずっこけた。

四「そうだよね……勿論、そういう事だよね……」
ひ「デウカリオンで、お兄さんの歓迎会しない?」
ソ「わーい!」
ラ「やろう、やろーう!」
ひ「大丈夫?」
龍「ああ。弟も寄り道してるだろうし」
ひ「百目鬼君は?」
百「おう」
四「おまえも来んのかよ!」
ひ「じゃ、行こうか」
四「はーーい!」

百目鬼も来ると知り、一時は不機嫌顔に戻った四月一日だが、ひまわりに話しかけられれば掌を返したように機嫌が変わる。恋する男というものは、単純だ。
浮き足立っている四月一日を見て、小龍も楽しそうに笑う。

龍「いつもこうなのか?」
百「だいたいな」
ソ「かんげいかーい♪かんげいかーい♪」
ラ「かんげいかーい♪かんげいかーい♪」







──校庭──

レ「あ!四月一日君達!」

歓迎会に向かう一同の後ろ姿に、高い声が投げかけられた。全員が一斉に振り向けば、そこには揃って帰宅中の先生達がいた。

侑「モコナ達、いま帰り?」
ソ「歓迎会するのー!」
ラ「小狼兄の、かんげいかーい」
侑「それは楽しそうね!あたしも一緒に行こうっと!」
レ「私も行きますっ!」
フ「オレもー」

基本、楽しい事が好きな三人は、即同行の意を示した。
普通なら、先生が一緒だと生徒は良い気がしないもの。生徒は生徒だけの方が、ノビノビ羽目を外せるから。だが、堀鐔学園には当てはまらないようで、先生達の参加に生徒達も嬉しそうだった。
しかし、冷めたように一同に背を向け、歩き出す先生が一人。

黒「俺はいかねーぞ」
フ「黒様先生も行きたいってー」
黒「……付いてるだけの耳ならいらねぇーな」
フ「わぁー」
レ「えー。行きましょうよー」
黒「ったく……しゃあねぇな」
レ「やった!」
フ「レンレン先生には甘い癖にー。わーん、やっぱりイジメだー」
黒「てめぇは普段の行いを改めてから言え!」

堀鐔学園の名物とも言える、黒鋼先生とファイ先生の追いかけっこが始まった。
その傍ら、ひまわりは小狼とさくらも誘おうと、携帯をとりだしてメールを打つ。片手に携帯、片手には重い荷物を持つひまわりに、四月一日はデレデレと近づいていった。

四「ひまわりちゃーん、荷物重くない?」
ひ「うん。大丈夫」
四「衣装、家で縫うの大変だねー」

その横では、先生達のテンションもヒートアップ中。レン先生と侑子先生の周りを、引き続き走り回る二人は、大人の面を被った子供のようだった。

侑「デウカリオンもいいけど……あそこ、酒が出ないのよねー」
レ「またお酒ですか……」
フ「良かったー。レンレン先生、酔うと黒りん先生とかによく絡むからー」
レ「ファイ先生だって、侑子先生に抱きつくくせに!」
フ「オレはレンレン先生みたいに、ほっぺにキスしたりはしないもーん」
黒「飲み会の次の日に毎回、俺のデスクに落書きするのはそのせいか!」
フ「人の恋人に手を出すからー」
黒「俺は何もしてねぇ!」
侑「ヤキモチ焼きねー、ファイ先生は」
レ「……恥ずかしい」
侑「愛されてて良いじゃないー。でも、ファイ先生。もう少しレベルの高い悪戯にしなさい」
フ「はーい」
黒「止めろ!」

この一連の会話で、小龍にもそれぞれの性格というか、個性が分かっただろう。ただ、確かに言えるのは、何だかんだで全員の仲が良く、明るく楽しい仲間達ばかりだという事。小狼が先に日本に来ていたとはいえ、不安も少しはあっただろう。しかし、何とかやっていけそうだと安堵した小龍の笑顔は、穏やかだった。

龍「いつもこうなのか?」
百「……大体な。堀鐔学園、いつも平和だ」

こうして、赤い夕焼け空の下、賑やかな堀鐔学園に、また新たな仲間が加わったのだった。





──END──

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