2.堀鐔祭準備中にドッキドキ!


──B組──

堀鐔祭が間近に迫って来た、ある日の放課後。
C組の生徒達もB組に来て、メイドカフェの準備に追われていた。店内の飾り付けをする者や、メニューを考案する者、衣装を制作するもの等々。それぞれが自分の仕事を受け持ち、着々と準備を進めている。
ひまわりは小狼の衣装の仮縫いをしながら、四月一日に話しかけた。

ひ「で、結局男子はメイドさんの格好をしないで、執事さんなのね」
四「つか、男子のメイド姿は見たくないでしょ?ひまわりちゃん」
ひ「そんな事ないよ!」
四「!?」

満面の笑みのひまわりを見て、衝撃を受ける四月一日。男子もメイド姿になって、ひまわりを喜ばせれば良かっただろうか……という考えは、ある人物のメイド姿を想像したら、容易に吹っ飛んだ。

四「そりゃ、まぁ小狼なら何とかなるかもしれないけど。BとC合同だから、百目鬼もなんだよー!百目鬼が……百目鬼がメイド!!嫌ぁあーーー!!!」
小「い、いや。おれも無理だよ!」
ソ「モコナ、女の子だからメイド服ー」
ラ「モコナ、男の子だから執事服ー」
ひ「二人とも、きっと似合うよ」
ソ「うん!」
ラ「おう!」
四「百目鬼の……百目鬼のー!」
百「煩い。さっさと衣装縫え」
四「手は動いてるっつーの!」

呆れ果てた百目鬼が口を出すも、そこは器用な四月一日だ。喋りながらも、衣装をせっせと縫う手は止めていない。しかも、ミシンで縫ったのかと疑いたくなる程の出来映えは、流石としか言いようがない。

四「おまえこそ、看板を早く書き終われ!」
百「こんなもんか」
四「アホか!どこの世界に、んな毛筆で達筆なメイドカフェの看板があるんだよー!」
百「……ちゃんと読めるぞ」
ひ「百目鬼くん、お習字上手なんだね!」
小「本当、凄いなー」
四「読めたってダメだ!直せ!もっとこう……ポップでキュートな感じに!」
百「……ポップでキュート?」

洒落ていてかつ可愛い感じに、との四月一日の注文を受け、考え込む百目鬼。彼的には、真剣そのものなのかもしれない。しかし、その手に持っているペンキの色は……

四「って、なんで黒一色で表現しようとするー!」
百「……これしか持ってねぇ」
さ「わたし、他の色のペンキ貰ってくるね」
小「おれが行くよ」
さ「小狼君、今衣装の仮縫い中だから、動けないでしょ?」

すかさず小狼が申し出るが、彼は衣装の仮縫いをされている最中。至る所が待ち針で固定されていたり、寸法を計り直していたりするので、動けない。
跪いてパンツ丈を直していたひまわりが、申し訳なさそうに顔を上げる。

ひ「ごめんね、小狼君。動くとピンが取れちゃうよ」
小「あ……そうか」
百「おれが行こう」
四「何色貰ってくるつもりだよ?」
百「……茶色?」
四「どこがポップなんだよ!」
さ「じゃ、百目鬼君。一緒に行こ!」
四「さくらちゃんが選んでくれるなら安心だな。さくらちゃんに重いもん、持たせるなよ!」
百「おう」
さ「大丈夫!結構力持ちなんだよ、わたし。じゃあ、行ってきます」
ソ「いってらっしゃーい」
ラ「気をつけてなー」

みんなに見送られ、さくらと百目鬼はB組の教室を後にした。
教室外に一歩踏み出しても、賑やかな雰囲気に変わりない。学園中の至る所で、堀鐔祭の準備が進められていた。







──廊下──

職員室へと向かう道中、二人は様々な教室を見た。お化け屋敷の準備をしている教室や、お祭りのように屋台を出している教室、様々な作品を展示している教室もある。
各クラスの個性が出ていて、楽しそうに準備を進める生徒達を見れば、さくらの胸も大きく弾んだ。

さ「ペンキは職員室で許可を貰ってからだね」
百「ん」
さ「あ……」
百「どうした?」

百目鬼のいる方を向いた瞬間、さくらの足は止まった。さくらは、百目鬼を見て足を止めたというより、その向こう側を見ているようだ。倣うように、百目鬼もその方角に首を向けると、さくらの言わんとしている事が分かった。
少し離れた所にある廊下に、桃色の髪が目立つレン先生と、その隣にもう一人見慣れた人物の姿があった。

さ「あの廊下にいるの、レン先生と……小狼君?」
百「……に見えるな。けど、小狼は教室にいただろう」
さ「うん……動けないって言ってたよね……でも、小狼君そっくり……」

無理矢理納得しようとするものの、あの横顔は似すぎている。寧ろ、同じだといっても良いくらいだ。
先日の似たような出来事も重なって、さくらの中のもやもやは更に増幅した。







──B組──

ソ「おかえりー!」
ラ「おかえりー!」
さ「……ただいま」

さくらのチョイスで、無事に赤やピンクのペンキを選び、B組に戻って来た二人。先程の事が気にかかり、心なしか元気がないさくらだが、手にはちゃんとペンキを提げている。

四「よし!さくらちゃんは1つで、おまえ4つだな!あ、さくらちゃん。ひまわりちゃんが先にC組に戻ってるから、後で来てって」
さ「……うん。わかった。有り難う」

ちらりと視線を逸らせば、小狼の姿が視界に入った。体についている糸くずを取っていて、教室を動いた様子はない。

さ「小狼君……」
小「何かな?」
さ「ずっと……教室にいたよね?」
小「え?ああ、いたよ。仮縫い、さっき終わった所だし」
さ「レン先生と、今日お話した?」
小「いや。今日はまだ、見かけてもいないけど」

小狼の証言を聞き、さくらは顎に手を当てて深く考え込んだ。
先程見た小狼に似た人物は、B組の教室から離れた廊下にいたし、レン先生と親しげに話していた。やはり、二人は違う人物なんだろうか。
考え込むさくらの顔を、小狼は心配げに覗き込んだ。

小「何かあったのか?」
さ「あ、あのね……」

さくらが話し出そうとした時、タイミング良く教室の扉が開いた。
揺れる金髪と白衣を靡かせて、現れたのはファイ先生。教室内には入らず、扉から首だけを覗かせて、キョロキョロと目当ての人物を捜す。パチリと小狼と目が合うと、へにゃりと頬を弛ませて、おいでと手招きする。

フ「小狼君。ちょっと、いいかな」
小「は、はい!」
さ「あ、後で大丈夫だよ」
小「でも……」
さ「ほんと、大丈夫。行ってきて。ねっ?」
小「戻ったら教えてくれ。必ず!」
さ「……うん」

心配させないようにと、笑顔で小狼を見送る。しかし逆に、その健気さが小狼の後ろ髪を引かせた。
早く用事を済ませ、さくらの元に戻ろうと、小狼はファイ先生の元に小走りで向かった。

小「どうしました?ファイ先生」
フ「準備で忙しいのに、ごめんねー。あのね、ちょっと職員室に来て、手伝って欲しいんだー」

どうやら用事は、この場で済ます事が出来ないらしい。教室を出ていく小狼の後ろ姿を、さくらは切なげに眉を寄せて見送った。
さくらの異変を察知し、みんなが周りに集まってくる。

ソ「本当にどうしたの?さくら。具合悪い?」
さ「ううん……違うの。あのね……」
ラ「何か心配事か?」
四「嫌じゃなかったら、話してみて?何か出来る事あるかもしれないし……」
さ「有り難う……あのね、小狼君を見たの!」
四「小狼?」

意を決したように、さくらは一言言い放った。しかし、それだけではみんなに伝わる訳がなく、きょとんとした視線がさくらに集まった。

四「って、目の前にいたから見るのは……」
百「さっき、職員室に行く途中の廊下で見たんだ」
ラ「小狼は、ずっとここにいたぞ!」
さ「でも、小狼君にそっくりだったの!」
四「……あ!」
ソ「どうしたの?四月一日」
四「昨日も……」

そう、実は四月一日も、もう一人の小狼の目撃者。昨日の体育準備室からの帰り道、それを理由にさくらと別れたのだから。

さ「そうなの。昨日も見たよね。小狼君、直ぐ教室に戻ったって言ってたけど。わたしが追いかけたのは、B組と逆の方だったの。戻る前に、わたしと擦れ違わないなんて、無理だと思うの」

名を呼んでも、振り向いて貰えなかった事。走って追いかけたのに、見失ってしまった事。そして小狼は、いつの間にか教室にいた事。
全てに、さくらは違和感を感じていた。

ソ「それって……どういうこと?」
四「さくらちゃんとおれだけじゃなく、百目鬼も見てるって事は、幽霊とかの類じゃない」
百「……それって、ひょっとして……」
侑「ドッペルゲンガー」
四「うわあぁー!」
侑「相変わらずリアクション、デカイわねー。四月一日」
四「いきなり現れりゃー誰だって吃驚しますよー!」
侑「あら。ちゃんと、窓から入ってきたわよ」
百「また窓ですか」

半分涙目の四月一日の心臓は、早鐘を打つ勢いなのだろう。対して、侑子先生はしれっとした様子で、自分が今し方入ってきた、開け放たれたままの窓を指さした。勿論、校庭に面する側ではなく、廊下側に面する窓側だ。ここは二階、流石の侑子先生も外からの侵入は出来ない……と思いたい。

さ「侑子先生……ドッペルゲンガーって何ですか?」
侑「ドッペルゲンガーはドイツ語で、英語のダブルに当たる言葉よ。自分にそっくりの、もう一人の自分の事」
ソ「ドッペルゲンガーって、何か悪戯とかするの?」
侑「そういう例もあるようだけど……それよりも……」

先程、窓から侵入して来た人物とは思いがたい、その表情。いつもの軽いノリは、微塵にも感じさせない。
侑子先生は一呼吸置くと、静かに口を開いた。

侑「もう一人の自分、ドッペルゲンガーに本人が会うと、死ぬと言われているわね」
さ「そんなー!」
四「さっき、小狼にそっくりなの、どこで見たっつった!?」
百「職員室に行く廊下だ」
ソ「さっきファイ先生、小狼に職員室に来てって言ってた!」

そう、小狼はファイ先生に連れられ、職員室へと向かった。そして、小狼のドッペルゲンガーらしき者が居たのも、職員室付近の廊下。
これでは、二人が出会すのも時間の問題だ。

侑「死ぬと言われてるんだけど、でも……」
さ「小狼君を止めなきゃ!」
四「おれも行く!おまえも来い!百目鬼!」
ソ「モコナも!」
ラ「モコナも!」

侑子先生の話の続きを待たず、さくらは教室を飛び出した。続いては、百目鬼を強引に引きずるようにして四月一日が続く。モコナコンビも最後尾を、一生懸命走った。
向かう先は、勿論職員室。

さ(待って、小狼君!職員室へ行っちゃ駄目!ドッペルゲンガーに会っちゃ駄目!)

今のさくらの頭の中には、小狼の事以外入ってこない。廊下に広がるペンキ等を飛び越え、看板を踏まないように避けて、風の如く全力疾走する。そんなさくらを追う一同だが、百目鬼は僅かに抵抗を示した。

百「待て!四月一日!」
四「待ってられるか!小狼、ドッペルなんとかに会っちまうだろ!」
ソ「急いで急いで!」
ラ「走れー!」

百目鬼の言葉には、誰も耳を貸そうとはせずに。ただ、今は小狼を救う為に、脇目もふらずに職員室を目指した。







──職員室前──

フ「それでね、ちょっと手続きで」
小「わかりました」
フ「黒様先生。小狼君、来てくれたよ」
黒「おう」

職員室前の廊下では、黒鋼先生が小狼を待っていた。二人に促され、小狼は職員室のドアに手をかける。
が、ドアを開ける寸前に、ちょうどさくらが到着した。

さ「小狼君!」
小「え?」
さ「ドッペルゲンガーが危ないのー!」
小「はぁ?」
さ「侑子先生が言ってたの!小狼君にそっくりな人が、学校を歩いてて!それはドッペルゲンガーで!会うと……会うと……」
レ「賑やかですね。小狼君、来ました?」

職員室のドアが開き、中からレン先生が姿を現した。しかし、現れたのはレン先生だけではなかった。
続いて現れた人物を見て、さくらの表情は絶望的なものへと変わる。

さ「あああーー!!」

両頬に手を添えて叫ぶさくらと、やっと職員室に到着した四月一日達が、目にした人物とは……





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