1.堀鐔祭準備中にドッキドキ!


──B組──

午後最後の授業が終わり、生徒達が待ち望んでいた放課が訪れた。チャイム音と同時に家路につく者、部活へと向かう者、居残り課題を出された者。様々な生徒が居るが、小狼と四月一日と百目鬼の三人は、教室内で雑談をしていた。

四「ふーっ。今日も授業終わったー……しっかし、毎日暑いなぁ」
百「六月も終わりだからな。涼しい方が可笑しいだろ」
四「んだと、てめぇ!」
小「でも、確かにすごいね。日本の夏は」
四「そっか。小狼は、日本で夏過ごすの初めてだっけ」
小「うん」
百「もっと暑い国も行った事あるだろう?」
小「でも、これだけ湿気がある国はなかったよ。あっ、そうだ!明日なんだけど……」
さ「四月一日君」
四「あっ!さくらちゃん」

小狼が何かを言い掛けた時、タイミング良く現れたのは、本来はC組であるはずのさくら。恋人である小狼に用事があるのかと思いきや、紡がれたのは四月一日の名前。胸には数枚の書類を抱いている。

さ「お話しの邪魔してごめんね。百目鬼君、小狼君」
百「いや」
小「大丈夫だよ」
四「申請書、準備出来た?」
さ「うん」
四「おれも企画書、書き終わった。じゃあ、提出に行こうか」

机の中から数枚の書類を取り出し、カタンという音と共に、四月一日は席を立つ。
四月一日はB組、さくらはC組をまとめる、言うなら学級委員長のような立場。一般の生徒が知らない事にも、携わる事が出来る立場だ。それを知っている小狼は、書類の内容についてさくらに問いかける。

小「夏休み前にある、堀鐔祭の?」
さ「そうなの」
百「この前、アンケートとってたやつか。うちのB組とC組、合同でやるんだったな」
小「何するか決まった?」
四「うん。公平に、両方のクラスのアンケートを合わせて1位のにした」
ソ「1位なに?」
ラ「1位なんだ?」
さ「モコちゃん達」
四「それは……」

にっと笑い、四月一日は企画名を口にする。彼の期待通り、その場は盛り上がり、モコナコンビは大はしゃぎだった。
しかしまだ、その企画が実行出来ると決まった訳ではない。その許可を得る為に、四月一日とさくらはB組を後にして、放課を楽しむ生徒でざわめく廊下を急いだ。







──体育準備室──

デスクに向かい合って座り、大量の書類に目を通している、黒鋼先生とレン先生。コチコチと時計の秒針が刻む音と、紙が擦れる音しかしない。
普段は静かとは無縁のこの部屋が、これ程までに静かなのは珍しい。それはこの二人が、それだけ必死になり仕事をこなしているからだ。

レ「……疲れた」
黒「休むな。まだ、半分も目を通してねぇんだぞ」
レ「なんか、書類の数が減らない気がします」
黒「そりゃ、クラスが多いからな。生徒は次々に持ってくるんだ。さっさと目を通さねぇと終わらねぇぞ」

堀鐔祭が迫った今、各クラスの代表が、それぞれのクラスで行う催し物の許可を得る為、次々とこの体育準備室に訪れてくる。
堀鐔学園ほどのマンモス校となれば、生徒数もクラス数もハンパなく多い。それぞれから提出される企画書と申請書に二人だけで目を通すのは、結構な時間と労働力を用いていた。
レン先生は、一枚の申請書に合格の印を押すと、疲れ果てたように机に突っ伏した。

レ「うう。だいたい、これって黒鋼先生の仕事じゃないですか。なんで私まで……」
黒「この学園に来て、最初に聞いただろ」
レ「……『年が一番若く教師になって年が浅い者は、経験を積む為にも様々な教員の補佐をする事』?」
黒「ああ。理事長が決定した、代々受け継がれている決まりだ」
レ「ただのパシリにしか思えないのは、私だけ……?」
黒「おまえの場合、特別に補佐の時間が多いんだよ。音楽は基礎科目じゃないから、授業数も少ないしな」
レ「そりゃあ、体育や化学に比べたら少ないですけど……なんか納得いかない」

恐らく、黒鋼先生にも赴任したての時は、今のレン先生のような立場だったのだろう。しかし、体育は1年から3年までの基礎科目で授業数も多く、他の補佐は少なくて良かったかもしれない。
だがレン先生の場合、音楽は教養を高める為の科目であり、授業数も特別に多い訳ではない。よって必然的に、空き時間は今のように補佐の時間にあてがわれるのだ。

だらだらと頭を起こし、別の書類に目を通すレン先生。その耳に、今は一番聞きたくないノックの音が聞こえてきた。

四「失礼します」
さ「失礼します」
黒「入れ。四月一日達か。おそらく、書類を持ってきたんだろうな」
レ「あぁー……また書類が増える……」

印を押しては、また新しい書類が来るの繰り返し。果てしない作業はいつになったら終わるんだと、レン先生は頭を抱えた。

さ「黒鋼先生」
黒「おう。どうした?」
四「堀鐔祭の、B組C組合同出し物の企画書と申請書を提出に来ました」
黒「ああ。もう、締め切りだからな」
レ「やっぱり、提出かぁ……」

半分恨めしそうな顔をするレン先生を余所に、黒鋼先生は新たな企画書と申請書を受け取った。

黒「企画は……」
侑「メイドカフェねー!」
黒「うおっ!」
四「うわあっ!」
レ「わっ!」
さ「侑子先生!」
黒「どこから入ったんだ!?」
侑「ふふっ……その窓から」
黒「窓から出入りするのは、緊急事態だけだったんじゃねぇのかよ!」
侑「どんな事でも、例外は付き物よ」
レ「例外ばかりじゃないですか……」

何処から情報を手に入れたのか、侑子先生はいち早くB組C組の企画内容を知っていた。
だが、体育教官室にいる全員が、唖然としているのには理由は他にある。そう、侑子先生がドアからではなく、窓から侵入してきたからだ。
侑子先生はお構いなしに、黒鋼先生から企画書を取り上げる。

侑「で?B組とC組は、メイドカフェな訳ねー」
さ「あ、はい」
侑「いいわねー、メイドカフェ……うちの堀鐔学園は可愛い子、多いものね」
レ「それは確かに……特に、C組にはひまわりちゃんと、さくらちゃんが居ますもんね」
さ「え……」
四「そうなんですよー!ひまわりちゃんのメイド姿が見られるんですよー!」
侑「このー、幸せ者ー」

今にも昇天しそうな四月一日の頬を、侑子先生がツンツンとつついた。可愛い女子生徒達のメイド姿、男子生徒にとっては必見ものだろう。
大盛り上がり間違い無しの企画は、直ぐに通ると思われた。しかし、侑子先生は顎に指を当て、ふむと考え込んでいる。

侑「でも……ちょっと新鮮味に欠けるわねー」
四「は?」
侑「可愛い女の子達のメイド姿、さぞかし堀鐔祭を盛り上げてくれる事でしょうけど、何かもう一捻り欲しいわねー」
レ「一捻り?」
侑「そう。インパクトっていうか、パンチっていうか」
四「学園祭の出し物に、パンチはいらねーっしょ」
レ「例えば?」
侑「そうねー、例えば……」
黒「止めとけ。四月一日。どうせ聞いてねぇ」
さ「例えば?」
侑「男子も全員メイド服着用!」
レ「あ!面白そ……」
四「なんじゃそりゃあーーーーーー!!」
黒「なんじゃそりゃあーーーーーー!!」
フ「はーい!オレも着たいー!」
レ「ええっ!?」
さ「ファイ先生!」
黒「また窓からか!」
フ「よっと」

黒鋼先生と四月一日の大絶叫の後、窓から軽やかに侵入してきたのはファイ先生。レン先生の驚きはその行動のせいではなく、恋人の問題発言のせいだろう。
ファイ先生は目をキラキラさせて、侑子先生に近寄っていった。

フ「オレもメイド服、着ていいですかー?」
黒「着るな!」
レ「止めて!」
フ「なんでー。いいじゃんかー」
レ「恋人が女装趣味なんて嫌!似合い過ぎそうで怖い!」
黒「うるさい!黙れ!つか、おまえ教師だろ!なに生徒の模擬店に参加しようとしてんだよ!」
フ「だってー、楽しそうなんだもーん」
侑「そうね。何事にも例外は……」
黒「ない!」
レ「どうしても着るって言うなら、別れます!」

レン先生の別れる発言は、結構なダメージを与えたようだ。いつもは嘘泣きのファイ先生だが、今回ばかりは本当にうっすら瞳を滲ませる。

フ「えーん。二人とも酷いー。オレのメイド姿のどこがいけないのー」
レ「性別を考えて下さい!性別を!」
フ「ほらー。レンレン先生は執事姿とかになって、逆転カップルとか楽し……」
レ「楽しくない!」
黒「楽しくねぇ!」
フ「えーん。二人してオレを悪者にー」
侑「まぁ、可哀想にー。先生間にも苛めがー」
レ「違います!」
黒「ねぇーよ!」

ファイ先生と侑子先生の手の組み方も見物だが、黒鋼先生とレン先生の阿吽の呼吸も相当なものだ。これだけ息が合った打ち合わせ無しのツッコミは、そう見られるものではない。
そんなやり取りをする先生達とは別に、四月一日も何やら真剣な様子。

四「男子もメイド服って事は、百目鬼も……いやぁあーーー!!」
フ「えーん。侑子せんせー」
侑「よしよしー。黒鋼先生は後でお仕置きしましょうねー。レン先生は、化学実験の補佐を増やしましょうー」
フ「やったー」
レ「えーっ!?また補佐!?」
黒「だから、なんでだよ!」

百目鬼のメイド姿を想像し、悶絶中の四月一日。侑子先生に頭を撫でられて味方され、機嫌が直ったファイ先生。その侑子先生の提案に、大ブーイングなのが黒鋼先生とレン先生。
唯一のまともな人物は、体育準備室の片隅で一人おろおろと……

さ「えーと……で、企画はこれでいいのかな……?」

最初からそこに居るさくらの存在は、この騒動が収まるまで、全員の頭から忘れられるのだった。







──廊下──

無事に書類に印を貰い、体育準備室を後にした四月一日とさくら。もう殆どの生徒は下校が完了していて、遠くで僅かな話し声が聞こえるのみだ。
静かなオレンジ色の廊下で、四月一日の溜息と絶叫が、繰り返し響き渡る。

さ「大丈夫?」
四「うー……大丈夫のような、やっぱり駄目なような……忘れるんだ、四月一日!恐ろしい想像は忘れろ!とにかく、メイドカフェは通ったから忙しくなるね……あっ、小狼だ」
さ「えっ?」
四「あっちの渡り廊下、歩いてる後姿……」
さ「あ……そうだね」
四「あれ?今日、小狼サッカー部休みだって……あ!一緒に帰るんだ!」
さ「う、うん……」

四月一日に指摘され、さくらは頬を染めてはにかんだ。一緒に下校……学生カップルの醍醐味だ。それぞれ部活動に属しており、放課後は共に過ごす時間が少なかっただろう。すれ違いが多い中、互いの部活休みが合う日は貴重なのだ。

四「あのバレンタインデーから、もう五ヶ月かぁ。でも、ちゃんとさくらちゃんが教えてやってくれて、本当に良かったよ。日本のバレンタインデーについて」
さ「あれはビックリした」
四「小狼、ホワイトデーも知らなかったからなぁ。そっちは、周りが変な風に教える前に、おれがちゃんと言っといたし。ちゃんと貰えただろ?」
さ「う、うん!」

そう。留学生である小狼は、日本文化であるバレンタインは勿論の事、ホワイトデイも知らなかった。色んな人物から情報を得る中、小狼の頭の中に、バレンタイン=戦い、という方程式が成り立ってしまったのだ。
しかし、なんとか誤解を解いてバレンタインの真実を教える事が出来、小狼とさくらは両想いとなったのだ。

四「小狼、追いかける?クラス戻るのも面倒だろ?おれ、さくらちゃんと小狼の鞄持って校門で待ってるよ。あ!勿論、その後は別行動で!」
さ「ううん、一緒に帰ろう!」
四「そこまで野暮じゃないよ!さ、行った行った!」
さ「じゃ、じゃあ校門で」

四月一日に手を振りつつ、さくらは嬉しそうに小狼の後を追った。再度小狼の後ろ姿を捉え、その背に向けて叫ぶ。

さ「小狼君!」

走って追いかけるのだが、小狼の歩くスピードが速く、なかなか追いつけない。しかも、さくらがこれだけ叫んでいるにも関わらず、小狼には聞こえていないのだろうか。立ち止まる事も、歩くスピードを緩める事さえもしようとしない。

さ「待って!小狼君!」

小狼から少し遅れて、さくらも廊下を曲がった。しかし、そこに小狼は……

さ「あ……いない……?」

真っ直ぐに続く廊下には、オレンジ色の光が射すばかり。人一人の影さえも、そこには残っていなかった。







──校門前──

眉間に皺を寄せながら、さくらは仕方なく待ち合わせ場所である、校門へと向かった。既に見慣れたメンバーは揃っていて、さくらの到着を待っていた。
四月一日、モコナコンビ、そして……小狼も。

ソ「さくらー!」
ラ「こっちだぞー!」
小「お疲れ様」
さ「小狼君!?」
四「小狼、あの後すぐ教室に戻って来たんだ。追いつかなかったんだね」
さ「あ……うん。待たせてごめんね」
小「いや。はい、鞄」
さ「有り難う」
四「んじゃ!モコナ達、帰ろっか」
ソ「うん。モコナ、モテない四月一日と帰る!」
四「余計なお世話だ!」
ラ「モテない、は否定しないんだな」
四「うっ………んじゃあ!また明日な!小狼、さくらちゃん」
ソ「また明日ー」
ラ「また明日ー」
さ「また明日」
小「また明日」

とりあえず笑顔を見せるさくらだったが、どうも腑に落ちない部分があった。約束通り四月一日達と別れて、二人っきりになってからも、さくらの眉間の皺は消えない。
さくらの異変に、小狼が気付かない訳がなかった。心配そうに、さくらの顔を覗き込む。

小「何か……あったのかな?」
さ「ううん!何でもないの!帰ろう」

心配させないようにとさくらが微笑めば、小狼の頬が赤く染まる。それは決して、夕焼けの光のせいだけじゃない。
自然と二人は別の手に鞄を持ち、空いてる手を互いのものと絡める。太陽が落ちる方角へと、この時間を満喫して、二人は家路についた。





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