受け継いだもの


奏でるメロディ、紡がれるハーモニー。キラキラ輝く、弾ける音達。
ソファーに腰掛けて、リリーは歌を唄っていた。まだ幼さの残る歌声は、音程を多少外す事もあったが、リズムはしっかりと取れている。
将来、この歌声は本物になる。誰もがそう確信出来た。
我が子の背後からそろりと回り、ファイが脇の下からすくい上げると、リリーはわぁっと声を上げた。

「パパ!」
「リリーはお歌、上手だねぇ。やっぱり、ママにそっくりだよー」
「へへっ!パパもきらきらぼしうたう?きょう、ほいくえんでならったんだ!」
「パパはお歌苦手だから、リリーのお歌聴いてるよー」

ちぇーっ、とリリーは口を尖らせたが、ファイの膝に陣取れた事にご機嫌に。「きーらーきーらーひーかーるー」と、また始めから唄い出す。
キラキラ、輝く声、輝く笑顔。ああ、愛しい、とファイは自分と同じ金糸の髪を撫でた。

一方、ちょうどその時買い物から帰ってきたのは、レンとローズだった。マンションの自室、玄関の扉を開けると、テレビやCDなどの電子音ではない音楽が聞こえてくる。
ローズの表情が、ぱあっと明るくなった。

「ただいまなのー」
「ただいま。ふう、重かったー」

どさり、と今晩の食材が入った袋をレンが玄関に置くと、リビングからファイがひょっこりと顔を出した。「持つよ」「有り難う」と、そんな会話をする両親を背に、ローズはマフラーを外しながら、リビングにいるリリーの元に向かった。とてとてとて、そんな効果音が聞こえてくるような足取りだ。

「いま、リリーおうたうたってたー?」
「うん!きらきらぼしだよ!」
「ローズもうたうのー」

また一歩、ローズが踏み出した時。足の下にあったのはフローリングではなく、床に中途半端に垂れたマフラーだった。

「きゃー」
「ローズ!」
「!」
「!」

全員の表情が強ばった時にはもう遅く、びたんという音と共に、ローズはフローリングとこんにちはをしていた。
ファイとレンが駆け寄る前に、リリーがいち早くローズの手を引いて起こしてやる。スカートをはいていた彼女の膝は赤くなり、うっすら血が滲んでいた。

「ローズ!大丈夫だった!?怪我してない!?」
「うん。リリーがおこしてくれたから、へいきなのー」
「それでも、お膝痛かったよね。あーあ、赤くなってる」
「ローズ、なかないよー。つよいもんー」
「いたいのいたいの、とんでけー!」

あわあわと、リリーはローズの膝を賢明に撫でた後、慌ただしく奥の部屋に駆け込んでいった。「リリー?」と、ファイがその後を追っていく。
レンはというと、ローズをソファーに座らせて、傷口の様子を見ていた。かすり傷程度だが、悪化してからでは遅い。レンは棚の中から、簡易救急箱を取り出した。

「一応、お薬塗っとこうね」
「はーい」
「ん、いい子。それにしても、ローズはよく転ぶわね。パパとママ、どっちに似ても運動神経は良いはずなのに」

苦笑と共に、ぽつりと呟いたレンの言葉。それは何気ない一言だったが、ローズの幼い心に不安と疑問を生んだ。
純粋な瞳が、レンを見つめる。

「ママー。ローズはパパとママのどこににてるのー?」
「え?」
「リリーはね、ママみたいにおうたおじょうずだし、ないたりわらったりいつもげんきなの。それに、パパみたいにやさしいし、かけっこもはやいの」

でも、とローズは俯いて、自分の傷口に視線を落とした。鈍くさくて、いつも一定の感情しか出せない自分。普段からあまり泣いたり我が儘を言わない彼女は、子供らしくないとさえ言われる事もあった。双子なのにこうも違う事を、ローズは今まで気にしていた。

「ローズ、いつもころんじゃうし、おうたもリリーみたいにうまくうたえないの。どうしてかなー?」
「うーん。お歌はパパも得意じゃないわよ?そこはパパに似ちゃったのかもね。運動神経は……突然変異というかなんというか」
「とつぜんへんいー?」
「ローズの個性って事」

「とつぜんへんい、こせい、ローズおぼえたー」と、ローズは笑った。「まだそんな言葉覚えなくていいのに」と、呆れたようにレンも笑う。
この子は気付いていないのだ。自分の欠点ばかり気にして、自分にも両親から受け継いだ沢山の素敵な部分がある事を。

「でも、ローズだってパパとママに似てるところ、たくさんあるわよ?」
「どんなー?」
「パパみたいに、すごく頭が良いじゃない。さっきみたいに、教えた言葉はすぐに覚えるし。それに喋り方やのんびりしたところもパパそっくりだし、笑顔がとっても素敵」
「ママみたいなところはー?」
「そうねぇ……どっちかというとローズの内面はパパ似だけど、外見はママの小さい頃にそっくりよ」
「ほんとー?ローズもママみたいにきれいになれるかなー?」
「ふふっ。なれるわよ、きっと」

ちゅっ、と薄紅色のふっくらした頬にキスを贈ってやるとようやく、ローズにも本来の花のような笑顔で笑った。
と、その時、ドタドタと慌ただしい足音が耳に入ってくる。その方向に視線をやり、レンはぎょっと目を見開いた。それは何故か。包帯をぐるんぐるんと体に巻き付けたリリーが、すごい勢いで駆けてきたからだ。

「ローズ!はいっ!これ!」
「ってリリー!なに包帯なんか出してきてるの!」
「だってだって!ローズが!」
「ごめんねー。大丈夫だよって言ったけど、持って行くって聞かなくってー」
「もう。あーあ……」

呆れたように溜息を吐くも、レンはどこか嬉しそうだった。それは、ファイも同じ事。
少々おっとりしすぎる面がある姉と、それを心配する弟と、立場は若干逆だけれど。不器用ながらも、包帯をぐるぐるに取り出し、ローズの治療をしようとするリリーを見ていると、思わず笑みが零れてくる。

「まってね!すぐまいてあげるから!」
「ありがとー」

受け継いだものはそれぞれ少しずつ違っても、間違いなく二人は自分達の子供だと。
胸を張って、そう言える。こんなにも優しい子達に育ってくれたというだけで、十分だ。
ただ、幼い体よりも何倍も長い包帯をリリーが上手く巻ける訳もなく、結局ファイの力を借りる事になるのは数秒後の事。





──END──

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