愛が辿り着いた場所


リビングの壁に掛けてある時計を見ながら、ファイは自分の膝に座っている幼い少女の髪を撫でていた。柔らかく細い金糸の髪は、ファイのそれと同じようにふわりと軽やかだ。まん丸い薄紅色の瞳は、金糸の睫に飾られて美しさを増している。

「ママ達、お風呂長いねぇ」
「ねー」
「『ローズ』はお利口さんにして順番待ってるのにねー」
「うん。ローズ、おりこうさんにしてるよー。えらいー?」
「うん。偉い偉い」
「わーい。ローズ、おりこうさんなのー。えらいのー」
(ああもう超絶可愛い……!)

まるで天使のような笑顔を見せる、自分の娘──ローズを、ファイはぎゅうっと抱きしめた。「パパー。くるしいよー。髪の毛ぐしゃぐしゃになっちゃうよー」と言う、ローズのくぐもった声も、ファイの耳には入っていない。ぐりぐりと、ローズの髪に頬をすり寄せる。
しかしそのとき、バタンっという大きな音が風呂場の方から聞こえてきて、二人は顔を見合わせて目をパチパチと瞬かせた。

「パパー。今の音、なにー?」
「なんだろうねー。ママたちがお風呂あがった……」
「ファイー!捕まえてー!」
「え?」

視線をレンの声がするお風呂場がある方に向ければ、おぼつかない足取りでファイに駆け寄ってくる幼い少年が視界の真ん中に現れた。「きゃー」とローズは小さく叫び、ファイの膝から飛び退いた。
代わりに、その少年がファイに抱きついた。
少年は裸で、しかも全身濡れている。よって、ファイの服もびっしょりと濡れて青色が濃く変色してしまった。
「あーあー」とファイは苦笑すると、少年のわき腹に手を入れて自分から離した。

「わー。濡れたまんまだねぇ」
「もうっ!『リリー』ったら体は洗わせてくれるのに、頭を洗おうとするといつも逃げちゃうんだもん」
「だって、ママがあらうとおめめがいたいんだもん!」
「リリーがじっとしてないからでしょー!」

体にタオルを巻いたまま現れたレンは、自分の息子──リリーを、大きいタオルでぐりぐりと包み込んだ。そのまま、レンがリリーをお風呂場へ連れ戻そうとすれば「いやっ!」と愚図る。いつもの光景なのか、ファイとローズもあははと笑っていた。
ファイは、ぽんっとリリーの頭に手を置いた。

「じゃあ、頭はパパが洗ってあげようかー」
「うんっ!」
「よーし。今日は四人でお風呂だー」
「え?絶対狭いけど」
「たまにはいいよー。ローズだって、パパとママとリリーとお風呂に入りたいよねー?」
「うん。みんなでちゃぷちゃぷするのー」

ローズはソファーからぴょんっと飛び降り、嬉しそうにレンの手を握りぶらぶらさせる。リリーの機嫌もすっかり直り「パパに洗ってもらう!」と、タオルを被ったままぴょんぴょん飛び回った。
レンの表情も、思わず綻ぶ。

「そうね。たまにはいっか」
「よし、決まりー。さぁ、ローズはパパとお洋服脱いでからいこうねー」
「はーい」
「リリー、先にお風呂に戻りましょ」
「はーい!」

明るくて元気な母親と、優しくて聡明な父親。可愛らしく素直な双子の姉弟。どこにでもある、普通の家族。その普通が、普通の毎日が、幸せで幸せで。
今日も、家の中には笑い声が絶えない。





──END──

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