無意味なジェラシー


今年もこの季節がやってきた、と箸を使って砂ずりを串から外しつつレンはひっそりと溜息をついた。
新学期が程良く過ぎ、新しい一年に慣れ始めた頃、堀鐔学園教師は新人教師の歓迎会を毎年行っている。業務から離れた場所で新人と先輩の親睦を深めることを目的としている歓迎会という名の飲み会は、教師全員で行うとなるとかなり大がかりなものとなってしまう。
そのため、今回は20代の比較的若い年齢層の教師だけで行われた。そのせいか、新人教師達はいつもよりも気持ちリラックスしているようだった。

(うん、みんな楽しそうだし、別に良いんだけどさ)
「レン先生。お酒、注ぎましょうか?」
「あ、いいの。ありがとう。私、今ちょっと禁酒中だから」
「そうなんですね。あ、レン先生の新人教師時代のお話とか伺っても良いですか?」
「わたしも聞きたいです」
「私の話?そうねー、私は今年で4年目になるんだけど……」

女性の新人教師に囲まれて座ってるレンは、自らのことを話しながらチロリと周りに目を向けた。こうして見ると、先輩の周りに集まる新人達には特徴があった。

例えば、黒鋼の周りにはいかにも体育会系な新人ばかりが集まって、黒鋼の話を熱心に聞きつつ彼のグラスが空けばすかさず酒はどうするか問いかけている。
学生時代は運動部に属していたのだろうか。だとしたら、その縦社会で相当鍛えられたのだろう。一見、学生っぽさが抜けきっていない新人もいるが、元気が良いし礼儀正しい。

イリスの周りには予想していたとおり男性の新人が多かったが、それを見越したユゥイが彼女の隣を陣取っていたので彼目当ての女性の新人も在席しており、男女がちょうど良く入り交じり一種の合コンのように見えなくもなかった。
職場で出会いを求めるのも良いとは思うが、どうして毎年特定の人物にみんなして集るのだろう、とレンはファイを睨みつけながら思った。

レンとは違う席で飲んでいるファイの周りには、見事なほどに女性の新人しかいなかった。何を話しているのか聞こえては来ないが、ずいぶんと盛り上がっている様子である。盛り上げ上手のファイの周りには必然的に人が集まってくるのだが、それだけでないとレンは思った。ファイを見る新人達の目がみなハートマークになっているように見える。
気持ちは分からなくもない。ファイは話が上手いし紳士的で顔も整っている。一目惚れする気持ちも分かる。なんせ、自分がまさにそれだったからだ。しかし。

(なんなのあれ。みんな好意が見え見え。一応、仕事の延長上の飲み会なのに。ファイもへらへらとしちゃってさ。確かに若くて可愛い子ばかりだけど……あ!)
「れ、レン先生?どうされたんですか?」
「え?あ、あはは。ごめんね。何でもないの。で、何の話だったっけ?」
「えっと、どうして日本の教師になろうと思われたのか」
「そうそう!えっとねー」

思わず手に力が入り、真っ二つに折ってしまった串を串入れに刺して、レンは笑顔で話そうと努めた。先ほど、ファイが隣に座っていた新人と仲良く携帯の画面をのぞき込んでいたところを目撃してしまったからである。そんなに近付く必要があるのかと言うほど二人の距離は近かった。さらには、逆隣にいる新人とも同じようなことをしているものだから、レンの中の何かがプツリと切れた。

「そういえばレン先生、左薬指に指輪されてますよね。それって」
「イチャイチャイチャイチャと……」
「?レン先生?」
「ここはキャバクラかっての。ちょっと若い子に囲まれたからってニヤニヤニヤニヤしちゃって……」
「どうされたのですか?レン先生?」
「どうせ、私はもう歳よ!今年でアラサーよ!」
「ねぇ、レン先生お酒飲んでないよね?」
「う、うん。どうしちゃったんだろ」
「お酒……そうね、お酒も良いかもね!」
「「「え?」」」
「そうよ!お酒でも飲まないとやってられないわ!」
「でも、レン先生、禁酒は……?」
「これが飲まずにやってられますかって」
「ストーップ」

突然口を押さえられ、以降の言葉は形にならなかった。背後にいる人物をキッと睨み上げる。

「「「ファイ先生!」」」
「ひょっほ!にゃにふんの!」
「彼女、お酒飲んだー?」
「いえ、飲んではいませんけど」
「よかったー。それにしても、匂いや雰囲気で酔うほど弱くはなかったと思うんだけどねぇ」
「きいへんの!?はにゃへ!」
「はいはい。そろそろ良い時間だし、オレ達は帰ろうかなー」
「え?」
「帰っちゃうんですか?」
「うん。夜更かしは体に悪いからねぇ。じゃあ、お先にー」
「むー!」

口を覆われたままズルズルと引きずられるように店の外へ出たところで、ようやく手を離され自由になった。どこかへ電話をかけているファイをキッと睨み上げて、口を閉じていたぶんたまっていた言葉をマシンガンのように次々と吐き出す。

「なによ!」
「早めに帰る約束だったでしょー。あ、もしもしー」
「そのことで怒ってるんじゃないもん!ファイの女好き!スケベ!下心丸出しー!」
「はい、駅前の居酒屋です。おねがいしまーす……って、そんな大声で変なこと言わないの。オレ、変な誤解されちゃうでしょー」
「ふんっ、誤解じゃないじゃない。さっきまで女の子に囲まれてへらへらしてたくせに」
「あー、はいはい。ヤキモチねぇ」
「ち、違うもん!」
「確かに、あの新人ちゃん達の目がギラギラしてたから、オレにはもう決めてる人がいますよーって釘を打っといたんだけど」
「へ?」
「携帯でレンレンとの結婚式の写メ、見せてたんだけどー」
「……」
「やっぱり女の子ってそういう話題好きだよねぇ。盛り上がっちゃってさぁ。オレへの関心も逸れたし、まぁ良かったなと」
「ああ、そう」
「まだ怒ってるー?……っていうか、勘違いして恥ずかしいって感じ?そもそも結婚指輪もちゃんとしてるのに」
「う、うるさーい!もういいから!」
「あはは。まあ、浮気したいとかじゃなくて男としてモテてたいってのはあるけどねー」
「なにそれ」
「だって、ただ歳とってくだけだったらお終いじゃん?いつまでもかっこいいままでいたいじゃない。そのために意識は必要ってことー」
「あー、そういえばファイ、最近おなか出てきたよね。お酒っ腹?」
「え、嘘」
「うっそー」
「……今、ちょっとだけ真剣に傷ついたのに」
「さっきのお返しだもん」
「お返しも何も、オレ何もしてないじゃないー。あ、タクシー来たよー」
「歩いて帰れない距離じゃないのに」
「ダーメ。歩きすぎて流産でもしたらどうするの。はい、乗ってー」
(いや、さすがにないよそれは。ま、いっか)

心配してくれるということはそれだけ愛されているという証拠である。先ほどまでぷんぷんしていたレンはどこへ行ったのか。タクシーの後部座席で隠れるようにファイと手を繋いで座るレンは、どこか上機嫌だった。





20110614

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