無限なる夢幻を


「何を考えているんです!?ガラルの未来を守るためと言い、人工的にブラックナイトを起こすなんて!」

骨で構成された竜のように長い体は世界最大とされているホエルオーを優に超える長さに見える。赤紫色や朱色が入り交じった色彩の体の真ん中、人間で言う肋骨のようなものの間にはコアがあり、その中ではエネルギーが燃えている。
孵化したポケモンは今まで私が見たどのポケモンよりも圧倒的であり、禍々しく、そして神々しかった。

「わたくしは宇宙から飛来したねがいぼしが放出するガラル粒子をエネルギープラントに活用し、ガラルの皆様へライフラインを提供していました。しかし、このエネルギーは有限。1000年後には尽きることが判明したのです。どうすれば永遠に安定したエネルギーの供給を保証できるか。そして思い付いたんですよ。ブラックナイトをね」
「ブラックナイトこそが、ガラル地方のエネルギー枯渇問題を解決するために必要……?」
「大昔に起こったブラックナイトを引き起こした巨大隕石こそ、この最強のポケモンであるムゲンダイナのコアなのです。ねがいぼしを与えることでムゲンダイナを目覚めさせ、そのコアから無限に溢れ出るエネルギーを使えば、ガラル地方は永遠に安心して発展し暮らすことが出来るのですよ!」
「……」
「いいですか?クロエくん。これは永遠の平穏を得るためなのです。きみには痛いほど理解出来るのではないですか?」

目の前の異形のポケモン、ムゲンダイナ。そしてローズ委員長か語った言葉。それらを自分の中に取り入れ、ゆっくりと噛み砕く。
あのコアの中に燃えるエネルギーがあれば、ガラル地方は永遠の平穏が約束される。エネルギー問題に憂うことなく、永遠に、私達人間は何でも解決してくれる神の保護下で生きていける。
何も変わらず、何も恐れることはない。定められた予定調和の元、人間達は無知蒙昧な存在となる。それは果たして、本当に生きているということになるのだろうか。
それに。

「それでも……永遠の平穏のかわりに犠牲になろうとしている人やポケモンがいるのなら、私はその手をとらない!貴方を止めます!ローズ委員長!」

伝説に記された通りのブラックナイトが起こるのだとしたら、ガラル地方にいるポケモン達のほとんどがダイマックスしてしまう。尽きることのないエネルギーに苦しみ暴れまわるポケモンが出てくるでしょう。戦い生き抜く術を持たない無力な人間は死んでしまうかもしれない。
エネルギー問題を解決したところで、それでは何の意味もない。永遠の未来を約束する代わりに、今生きている人達が滅ぶ道など、あっていいはずがない。
突きつけるようにヒールボールを出す。中にいるトゲキッスも闘志を燃やしている。
それを見たローズ委員長の表情は冷ややかだった。詮無いことだ、と言っているように。

「ポケモンバトルはあまりしないんですけど、仕方ありませんねえ」

スーツの下から取り出されたハイパーボールに視線が落とされる。冷静な瞳の奥に静かに燃える熱を見て、私は思い出した。彼はかつてジムチャレンジを突破し、チャンピオンカップで準優勝した実力者だったはずだ、と。

「……それでも」

負けるわけには、いかないのだ。







「ダンデ!」

控え室から飛び出そうとしたところ、スタジアムのコートから戻ってきたダンデを捕まえて肩を揺する。冷静でいられないなんてオレ様らしくないが、そうなるのも無理はない事態が現在進行形で起こっているのだ。

「なんなんだ一体!?ローズ委員長は何をしでかしたんだ!?」
「確かではないが、昨日の話……1000年先の問題を解決するために動いたのかもしれない!」
「1000年先の問題!?なんだそりゃ」
「とにかくオレが行く!リーグ委員長の話を最後まで聞かず、意図を理解していなかったオレに責任がある!」
「ナックルシティに行くんだな?オレ様も行くぜ!ナックルシティジムリーダーとして行かないわけにはいかない!それに、スタジアムにはクロエがいるんだ!」

ローズ委員長からの頼まれごとをするために、ナックルスタジアムにいるとクロエは言っていた。まさに渦中のど真ん中だ。
正義感が強いクロエのことだ。ローズ委員長相手に一人で立ち向かっているかもしれない。確かローズ委員長はフェアリータイプが苦手とする鋼タイプの使い手だ。クロエは強いが、一人でどうにかなる相手とは考えがたい。
だから、早く行ってやらなければ。一刻もはやく、はやく!

「クロエさんが危険なのですか?」

聞きなれない声が響き、一瞬だけ頭が冷静になる。
ファイナルトーナメントが始まる前に乱入試合をした、新しいフェアリータイプのジムリーダー。ポプラさんの修行を受けた、クロエの弟弟子とも言える存在。

「オマエ、フェアリータイプの特訓を受けた新人ジムリーダーか」
「ビートです。それより、ナックルシティにクロエさんがいて、今危ない状況にいるのかもしれないのですね?」
「ああ!一刻も早く行かないといけないんだ!」
「……サーナイト」

スーパーボールの中から出てきたサーナイトは、すでにビートの考えを察しているようだった。両の手をかざしていつでも技を発動出来る体勢を整えている。

「ぼくのサーナイトにキバナさんとチャンピオンをテレポートで飛ばしてもらいます。お二人は先にナックルシティへ」
「わたし達他のジムリーダーもあとから向かうわ!街の人やポケモンのことも心配だものね」
「恩に着るぜ!行くぞ、ダンデ!」
「ああ!」

サーナイトがの両手が妖しい光を放った瞬間、ビートとルリナの姿が歪んだ。
マーブル模様のようにかき混ぜられた景色が正常に戻ったとき、オレとダンデはナックルスタジアムのコートに足をつけていた。
シュートスタジアムと同じように、ナックルスタジアムの中心にも光の柱が出現している。そして、苦しそうに咆哮しているダストダスの姿も。

「キョダイダイマックスしたポケモンが暴れてやがる!?誰のポケモンだ!?」
「わ、わたくしのポケモンです」
「ローズ委員長の秘書じゃないか」
「他の手持ちの子で鎮めようとしたのですが、手がつけられなくて……」
「なるほど。この異常な量のガラル粒子が原因だな。オレ様が鎮める!ダンデはローズ委員長を止めてくれ!」
「ああ!」
「ローズ様は地下プラントです!クロエさんにも頼みましたが、まだ戻ってきていないのです……!」
「クロエが!?」
「キバナ!」

ダンデが力強く頷く。「オレに任せろ」と、視線がそう言っている気がした。
頷き返したオレはダンデが走り去る音を背中で聞きながら、フライゴンが入ったボールを放る。
キョダイマックスしたダストダスは両腕を地面に叩きつけて暴れながらも、その視線は悲痛だった。その声を理解出来なくとも伝わってくる。「自分を止めてくれ」と、そう訴えている。

「苦しいよな。今、元に戻してやるからな」

地下プラントのことはもちろん気になる。しかし、そこはダンデが役割を引き受けた。ならばオレはダンデを信じて、オレの役割を、オレに出来ることをやる。ただ、それだけだ。





2020.5.31


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