燃え尽きるまで煌めいて


これほどまでに心を揺さぶられた試合を観たのはいつぶりだろう。もしかしたら、ダンデ君が前チャンピオンを倒したあのバトル以来かもしれない。
そう思ってしまうほど、スタジアムの中で繰り広げられたバトルに誰もが目を奪われていた。

キバナ君に挑んだトップバッターはユウリちゃんだった。インテレオンの目に隠された特殊なレンズが相手を捉え、体内で作られた水を指先から噴射して急所を撃ち抜く。
ダイマックスしたあとはダイストリームで天候を変えて、その勢いのままキバナ君のポケモンを押し流して見せた。

二番目はホップ君だった。彼のバトルを一言で表すとしたら、まさに『嵐』だった。ゴリランダーのドラムアタックで相手の素早さを落としながら、それ以上の素早さで攻撃する。最初から最後まで、彼の勢いが衰えることはなかった。
以前ワイルドエリアで見かけた彼は迷いに取り憑かれていたようだったけど、今のホップ君に影はない。彼は自分自身のポケモンバトルを見つけることが出来たのだ。

そしてこの日、試合のラストを飾ったのはマサル君だった。天候使いのキバナ君を研究し尽くしたような戦いかたは、まるで相手を翻弄しているようにも見えた。
不利な天候のときはそれを変えてみせ、次のポケモンに入れ換える前にそのポケモンに有利になる天候へとバトルフィールドを整えてから入れ換える。最終的には、日差しが強い天候の下でさらに強力になった火炎ボールをエースバーンが叩き込み、試合は終わった。

どの試合も、終わったときにはスタンディングオベーションが鳴り止まなかった。相手がドラゴンタイプであるという不利な相性を上回った攻撃力で、ポケモントレーナーになる切欠となったポケモンで勝負を掴み取った光景は、観客に興奮と感動を与えた。
ガラル地方最強のジムリーダーを破った三人へ贈られた拍手はスタジアムを揺さぶるほど大きく、あたたかかったのだ。







キバナ君の今期ジムチャレンジ初戦から数日が経った日の早朝。シュートシティで開催されるチャンピオンカップに参加するため、ジムバッジを8つ集めたマサル君、ユウリちゃん、ホップ君の三人組はナックルシティ駅に集まっていた。私とキバナ君は彼らの見送りのためにここにいる。
カブさんとルリナとヤロー君が3つ目のジムスタジアムを突破したジムチャレンジャーを見送るように、キバナ君は自分を倒したチャレンジャーがチャンピオンカップへ向かう背中を見送っている。
最強のドラゴンタイプジムリーダーにして天候パーティーの使い手であり、ダブルバトルまでも得意とするキバナ君を打ち破ることが出来るジムチャレンジャーは、毎年片手で数える程度だ。そんな彼らを応援し敬意を示すため、キバナ君は自身がジムリーダーとなった年から彼らの門出を見送っているのだ。

今回私がそれに同席させてもらったのは、彼らが顔見知りだから。チャンピオンカップへ臨む若い彼らの瞳の輝きを、私も見たかったから。

「ジムチャレンジ突破おめでとう!」
「ありがとうございます!」
「残ってるチャレンジャーはオマエ達含めて十人もいないようだ。ユウリ。その中で一番最初にオレ様のところに来てバッジを奪っていくなんて、大したもんだぜ。さすがはダンデが見込んだポケモントレーナーだ。次はチャンピオンカップでオマエの強さを示すんだ!」
「はい!」
「ホップ。まさかオマエに負けるとは思わなかったぜ。しかもあれだけ速攻で。ダンデと違って騒がしい男だが、オレ様からドラゴンバッジを勝ち取った実力は本物だ!嵐のような勢いにはさすがのオレ様も気圧されたぜ!」
「まーなっ!あれこれ試して戦いかたを決めたオレはむっちゃ強いからな!」
「そしてマサル。天候使いのオレ様から主導権を奪って、その天候を生かしてのバトル。見事だったぜ!だがファイナルトーナメントでも同じようにいくと思うなよ!全力で迎え撃ってやるからな」
「もちろんです」

キバナ君は一人一人と目を会わせ、目尻を下げる代わりに口角を上げる。

「いいかオマエら!チャンピオンカップのトーナメントに勝ち上がるんだ!ダンデを倒してやるって勢いでな!」
「おう!本命はオレ、対抗はユウリ、大穴はマサルだな!キバナさんとの勝負で学んだこと、ドン!と出し切るぞ」
「ええ。みんなの試合を見ていたけど、もしかしたら誰かが本当にダンデ君を倒してしまうかもしれないって、心からそう思うわ。頑張ってね。ほら、列車が来た」
「よし!マサル、ユウリ!シュートシティに行くぞ!」
「うん!行こう!キバナさん、クロエさん。見送りありがとうございました」

駅のホームへと吸い込まれるように消えていく三人の後ろ姿。ワイルドエリアで見送ったときとは比べ物にならないほどたくましくなった。この中の誰かがガラルの歴史を変えてしまうかもしれない。素直にそう思うくらい、彼らとキバナ君の試合は見事だった。

「じゃあ、オレ様はスタジアムに行くぜ。今日も残ってるジムチャレンジャーが来るからな」
「ええ。頑張ってね。私は今日からまたワイルドエリアに戻るから」
「オレ様のところに挑戦するチャレンジャー達や、チャンピオンカップに向かうトレーナーが修行してるかもしれないからな。そこそこ忙しいかもしれないが、気を付けてくれ」
「ありがとう」

ジムスタジアムへと戻っていくキバナ君を見送ってから、トゲキッスのボールへと手をかける。同時に反対の手をとられて目を丸くする。

「クロエさん」
「ユウリちゃん。どうしたの?」
「売店で買い物をしてから行こうと思って。それより、あの」
「なに?」
「この前、また変な音と揺れが発生したってソニアさんから聞きました。それに、今度は赤い光が溢れて野生のポケモンがダイマックスしたって」
「……」
「ソニアさんはあたし達に任せてシュートシティに行きなって言ってくれたんですけど」

前回揺れと音が発生したときもそうだった。ユウリちゃんは事態の発生を憂い、自分に出来るとはないか模索しているようだった。
でも、ポケモン達を強制的にダイマックスさせて世界を滅亡へと導くブラックナイトが再現されようとしている、なんて、こんな子供に誰が言えるだろう。

「ソニアの言うとおり。ユウリちゃん達はとっても大事な時期だから、今はチャンピオンカップのことに集中して。ユウリちゃん達はユウリちゃん達の、私達大人は私達の役割をしっかり果たしましょう」
「……わかりました。でも、わたし達に出来ることがあったら言ってください。これでも、ジムバッジを8つ勝ち取ったポケモントレーナーなんですから」

そう言ったユウリちゃんの表情は、激戦を勝ち抜いてきた戦士のそれだった。
確かに、彼女は強いかもしれない。もしかしたらすでに、私以上の強さを持っているのかもしれない。
でも、それでも、彼女がまだ 子供であるという事実は変わらない。私達大人にとって庇護する対象であることには変わりないのだ。
だって、私に背を向ける直前の彼女は、やはり年相応のあどけない笑顔をしていたから。





2020.5.5


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