フェアリーケイク・レベランス


アラベスクスタジアムの一日の中には、必ずティータイムが存在する。休憩の意味はもちろんのこと、トレーナーとポケモンが親睦を深めるためであったり、マナーを知るためとも言われている。
ポプラさんの紅茶好きは有名で、お菓子に合ういろんな種類の茶葉を用意してくれる。私がアラベスクスタジアムで修行をしていた当時も、ティータイムが何よりも楽しみだった。

アラベスクスタジアム内にあるティールームに用意された、ケーキスタンドの下段には野菜と卵のサンドイッチ。中段にはフェアリーケーキと季節のフルーツ。上段にはクッキーとフィナンシェ。別皿にはスコーンとチョコレート。濃いオレンジ色の紅茶はダージリンティーかしら。ピンクとパープルの薔薇で、テーブルを華やかに彩ることも忘れずに。今日のテーブルコーディネートも完璧だった。
ポプラさんのスマホロトムが宙に浮かび、計算し尽くされた角度からテーブルの上を写真におさめる。ポケスタグラムのアラベスクジム公式アカウントに載る華やかなティータイムの様子は、全世代の女性に人気がある。

「今日のアフタヌーンティーは豪華ですね」
「クロエがここにいるのも今日までだからね。ちょっとした送別会だよ」
「ありがとうございます。いただきます」

下段のサンドイッチを手に取り、口へと運ぶ。ふわふわのパン生地と、シャキシャキの野菜との組み合わせが絶妙で、意識しなくても頬が綻ぶ。
その次にフェアリーケーキをいただく。パステルカラーのクリームは紅茶に合うほどよい甘さだった。

「美味しい!」
「だってさ。よかったじゃないか、ビート」
「え?これ、ビート君が作ったの?」
「ええ。まあ」
「すごいわ。ポプラさんが作ったのか、お店で買ってきたのかと思った」
「ぼくはエリートですからね。当然、料理も完璧に出来てしまうんですよ。これも修行のひとつと言われたときは納得がいきませんでしたが」
「なに言ってるんだい。お菓子作りはもちろん、正しい紅茶のいれかたを覚えるのもピンクになるための立派な修行だよ」
「だから、ピンクってなんですか!」
「ふふっ。でも、私は当然じゃないと思うわ。ここまで色々なお菓子を上手に作れるようになるまで、すごく頑張ったのでしょう?」
「エリートですから、当然でしょう。成り行きはどうあれ、ポプラさんについていく道を選んだのですから相応の能力は身に付けないと」
「その能力を身に付けるために、努力しているのでしょう?ひとつの道を選んで努力し続けることが出来るって、とってもすごいことなのよ。ビート君自身が頑張っているのを知っているから、貴方のポケモン達は貴方についていくのね」

真の天才……ビート君の言葉を借りるとしたら真のエリートは、努力をし続けることが出来る人のことを指すのだと思う。
目標や夢を達成するのに、確かに才能は関わってくるかもしれない。でも、才能だけじゃ意味がない。どれだけ努力出来るか、どれだけ一生懸命になれるか、それが重要なのだと思う。才能があっても努力をしない人に先はない。逆に、少しの才能でも努力をし続けることで大輪の花を咲かせる。
一番難しいのは、努力を継続させ続けること。他の誰よりも努力をすること。挫折しても這い上がることが出来ること。
それが出来る人が天才であり、エリートなのだ。ビート君もまた、そうなのでしょう。

「ぼ、ぼく、紅茶のおかわりを持ってきます!」
「え?紅茶ならまだ……」

ティーポットの中にたくさん入っている、と言う前にビート君は逃げるように部屋の外に出ていってしまった。赤くなった耳元の意味を分かりかねて首を傾げていると、ポプラさんは喉の奥で小さく笑った。

「クロエの真っ直ぐな言葉は、ビートには刺激が強すぎるかもねぇ」
「はい……?」
「あの子は褒められたり認められたりすることに慣れていないから、どう反応していいかわからなかったんだろう」
「それも、育った環境が?」
「だろうねぇ」
「……そうですか。でも、これから彼の世界はもっと広がっていきますね。ポプラさんやジムトレーナーのみなさんや、ポケモン達が彼の傍にはいますから」
「そうだね。クロエもちゃんと、ビートの世界の中に入っているよ」
「私もですか?私は何も」
「いいや。クロエが来てくれて助かったよ。あたしやジムトレーナー達より年が近いあんただからこそ、ビートが話せることもあるだろうからね」
「……ビート君を鍛え上げるサポートというより、もしかしてそっちが目的で私を?」
「どうだろうね」

はぐらかすように、言葉を紅茶と一緒に飲み干す姿を見て、ああやっぱりポプラさんはすごい、と実感する。先の先まで、奥の奥まで、人の本質を見抜いている。
確かに、ビート君と二人でスタジアムの掃除をしたり、ルミナスメイズの森の見回りに行ったりしたとき、よく修行の愚痴を聞いていた気がする。もちろん、文句は言ってもそれを嫌だとか辛いとは決して言わなかったし、むしろどこか楽しんでいるようにも見えたけれど。
ビート君のようにプライドが高い子は、師となる人の前では悩んでいる姿を見せたがらないかもしれない。そのために、私が呼ばれたのだとしたら。私は私なりに、ビート君の成長に一役買うことが出来たのなら嬉しい。

「私も、ビート君に会えてよかったです。まるで弟が出来たみたいで、一緒に修行が出来て楽しかった」
「それはよかったよ」
「……だからこそ、これから彼が一人で頑張ることが少し心配で……もちろん、ポプラさんがいらっしゃるのだから何も心配することはないのでしょうけど」

まだまだ厳しい修行が続く中で、弱音を吐き出したくなったときはどうするのか。あの広く暗いルミナスメイズの森を、たった一人で管理出来るのか。何よりも、ジムリーダーとしての重圧に耐えられるのか。
賢く強いとはいえ、彼はまだ十代の子供なのに。辛いことを抱え込まないように、危険に巻き込まれないように、責任に押し潰されないように、大人が守ってあげなければ。
ビート君はやっと、ポプラさんに手を差し伸べられて平穏な毎日を歩み始めることが出来たのだから。それが、崩れてしまわないように。

「クロエは本当にジムチャレンジの時から変わっていないねぇ。人間味がないとすら感じるほど、どこまでも真っ直ぐだ。まるでピンクが見当たらないよ」
「はぁ」
「自分で言っていたじゃないか。ひとつの道を選んで努力し続けることが出来るのはすごいことだ、ってね。だったら、もう少しビートを……いや、他人を信じてみてもいいんじゃないかい?」
「信じる……」
「そうさ。選んだのは、ビート自身だ」
「ぼくがどうかしましたか」

戻ってきたビート君の手には新しいティーポットと、追加の焼き菓子があった。含羞から色付いていた耳元はすっかり赤みが引いている。

「悪口なら聞こえないように言ってくださいよ。気分が悪くなるので」
「そういうところだよ。真っ直ぐなのに屈折している。やっぱり、ビートにはピンクの素質が備わっているね」
「だから、ピンクって何なんですか!」
「さあね。答えを考え続けてこそ、正解が生まれるってものだよ」

信じる、しんじる、シンジル。
なぜだろう。ポプラさんの言葉が頭の中でずっと反響している。忘れないように、脳に直接刻み込まれているみたいに。
まるで、おまじないのように。

「ビート君」
「はい」
「連絡先、交換しましょう」
「え?」
「何か分からないことがあったり、助けて欲しいことがあったらいつでも連絡出来るように。離れていても聞いてあげることくらいは出来るから」
「……ぼくはエリートですから、何かあっても自分で解決してみせます。でも……クロエさんがそこまで仰るのなら」

本当に、出会ったときと比べたらずいぶんと丸くなったものね。自分のスマホをおずおずと出す姿を見ると、やっぱり可愛らしい以外に言葉が思い付かない。素直じゃないんだから。

信じてみよう、彼を。何か怖いことが起こったとき、どうか頼ってくれますように。

ティーポットが空になりアフタヌーンティーが終わりを迎えたとき、私は二人に一礼してアラベスクタウンを発った。別れる間際に三人で撮った写真は、早速スマホロトムの待受画面を飾った。





2020.4.27


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