優しい水色の向こう側


 私は水が好き。ゆらゆらと揺れる水の涼しげな音と、水面に反射する柔らかな光を見ていると、不思議と穏やかな気持になって心が落ち着く。
 じりじりと体温を上げていく暑さも忘れて、水を貯めた丸いガラスのボウルの中におさまっているシャワーズを眺めていると、シャワーズはくるりと体勢を変えて顎をボウルの縁にのせた。

(あっつ〜い。デンジ君、エアコンまだ直らないの〜?)
「ん? レイン、シャワーズは今なんて言ったんだ?」
「え? えっと……」

 リビングのエアコンが壊れてしまって、一生懸命直してくれているデンジ君に急かすようなことを言って良いのかとも思ったけれど、シャワーズが熱中症になってしまっても大変だ。なるべく負担にならないように、言葉を選んでシャワーズの声を伝える。

「暑いから早く直ったらいいな、ですって」
「みずタイプのシャワーズに暑さはきついよな。もう少しだから、待っててくれな。シャワーズ」
(は〜い)
「ありがとう、デンジ君」
「おまえたちも、もう少し辛抱しててくれ」

 エレキブルやサンダース、レントラーやライチュウといったデンジ君のポケモンと、私のリオルもリビングに居る。みんな、どうにかして涼しさを求めたいらしく、床に伸びたり冷蔵庫を開けて涼みに行っている。リオルとライチュウは扇風機が首を振って風を流す方向に、右へ左へと動いている。
 みんな、モンスターボールの中に戻っていれば暑さもなく快適なのに、それでもリビングに居るのは、デンジ君ひとりに暑さを背負わせないようにという優しい気遣いなのかもしれない。
 みずタイプのシャワーズは、アクアリウム用のボウルの中に水を張って涼んでいる。でも、水の中に沈んでいるはずの体は見えない。水の分子に似ている体を持っているシャワーズは、水に浸けている部分の体を溶かして水と同化することができるのだ。

「シャワーズ、手を入れてもいい?」
(いいよ〜)

 ガラスボウルの縁から手を滑り込ませる。ちゃぷん。指の先からゆっくりと、手首までを水の中に沈めていく。
 今この手に触れているのは水なのか、それとも水に溶けているシャワーズの体なのかはわからない。でも、この水は私の体温をすっと下げるのと同時に、優しい気持ちにさせてくれたから、きっと後者なのだろうと思った。

「ふふ、冷たくて気持ちいい」
(そうだ! エアコンが直るまでみんなで一緒に浜辺で水遊びする? もっと気持ちいいよ、きっと!)
「そうね。いい考えだわ。でも、私はここにいるわ。デンジ君ひとりで修理してもらっているのに申し訳ないし」
(そっかぁ。それもそうだね)
「シャワーズは海にいるランターンたちのところに行ってきてもいいのよ?」
(ううん。シャワーズも一緒にいる。暑くてもレインちゃんと一緒がいいもん)

 シャワーズはにこりと笑って、私の手のひらに顎を乗せてきた。そのまま指の腹で顎の下を優しく掻いてあげると、シャワーズは目を細めてうっとりした表情を見せてくれる。何もない水の中がゆらゆらと揺れている。シャワーズが無意識に尻尾を振って、水に溶けているその部分が揺れているのかもしれない。

「よし! 直ったぞ!」
(やった〜!)
「デンジ君、お疲れ様」
「このくらいなんてことないさ。でも、部屋が冷えるまでもう少し時間がかかるな……うわ、汗だくだ」
(ねぇねぇ、じゃあお庭で水浴びしない? シャワーズがお水を出してあげるよ)
「本当? シャワーズがお庭で水浴びしないかって」
「それはいいな。おまえたちも行くぞ。くれぐれも電撃には気をつけろよ」
「ふふ。みんな感電しちゃうものね」
(レインちゃん、行こう!)
「ええ!」

 サンダルも靴もいらない。結局水に濡れてしまうのだから、素足で充分だ。私もデンジ君も、リビングからウッドデッキへと出て、そのまま庭に飛び降りた。
 庭に出た途端に、不意打ちと言わんばかりにシャワーズが空高く向かって水を飛ばす。夏の太陽の光を受けてキラキラと輝く水は虹を作り、私たちに降り注ぐ。驚いた私たちを見て、シャワーズは高い声を上げて笑った。
 私は水が好き。水は私にとって大切なナギサシティを象徴するものであり、私の名前そのものであり、私の大切なポケモンたちだから。
 でもそれ以上に、水を好きになる切欠を与えてくれたシャワーズの笑顔が、私は何よりも大好きなのだ。



2021.08.01


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