貴方だけの私、私だけの貴方


 穏やかな風がカーテンを揺らす昼下がりのこと。暖かな陽気に微睡んでいると、インターホンの鳴る音がリビングに響いた。夢の世界へ誘われかけていた意識を無理矢理現実に戻して、インターホンのモニターを覗く。そこにはニャルマーのロゴが刺繍されたキャップを被った配達員さんが映っていた。
 荷物なんて頼んでいたかしら、と思ったのは一瞬だけ。思い当たる節があったことを思い出した私の眠気はあっという間に飛んでいってしまった。
 ペンを持ってパタパタと玄関に走る。ドアを開けると、配達員さんはサイズが異なる二つの段ボール箱を持っていた。少し大きいサイズの荷物はデンジ君、それより幾分が小さいサイズの荷物の宛名は私になっている。
 それぞれにサインをして配達員さんにお礼を言う。いそいそと家の中に引き返す私の表情なんて、鏡を見なくても分かりきっているくらい、きっと緩んでいる。
 デンジ君は自分の部屋で機械部品のメンテナンスをしているし、私も自分の部屋でゆっくり開けよう。そう思って、デンジ君の荷物だけをリビングのテーブルに置いた。

「なにか届いてたのか?」
「ひゃいっ!?」
「なんだよ、その声」

 完全に不意を突かれて肩が跳ねる。私の背後からひょっこりと顔を覗かせながら、デンジ君は自分宛の荷物の宛名をなぞる。

「で、デンジ君……!機械のメンテナンスじゃなかったの?」
「ちょっと休憩。インターホンの音が聞こえたし、なんだろうと思ってな。これはオレか。レインもなにか頼んでたのか?」
「え、ええ!でも、大したものじゃないの!」
「ふーん」
「あっ、でも私にとってはすごく大事なものだけど、でも大したものじゃないの」
「……ふーん?」

 こういうとき、誤魔化すのが下手過ぎる自分の正直さを少しだけ恨めしく思ってしまう。こんな支離滅裂な発言に、デンジ君が興味を抱かないわけがない。

「オレにも見せてくれよ」
「……はい」

 案の定、デンジ君はナギサシティの空に浮かぶ太陽のような眩しい笑顔で、そう言った。わざとらしすぎるくらいの眩しさだった。見せてくれと言われたら、デンジ君が全ての私には「はい」と頷く以外の選択肢がなくなる。
 カッターを持ってきてテープの上からなぞるように切り、フラップを開く。鮮やかな黄と青が目に飛び込んできたデンジ君は、目をパチパチと瞬いてダンボールの中身をひとつ取り出した。手に取った人とその手持ちポケモンの姿をそのまま小さくした、手乗りサイズのぬいぐるみを。

「オレとレントラーのグッズじゃないか」
「はい」

 今度は、少しだけ意地悪そうに唇の端を吊り上げるものだから、頬に熱が集まっていくのがわかった。どうせ隠し通せないのなら、恥ずかしがらずに誤魔化したりしなければよかったと思ったけれど、今更だ。
 私がデンジ君に内緒でこっそりと注文したのは、発売されたばかりのデンジ君のグッズだったのだ。アクリルスタンド、ラバーストラップ、タオルやクリアファイルや手乗りサイズのぬいぐるみなど、チャンピオンはもちろん四天王やジムリーダーは誰もが憧れる有名人だから、こうしてファン向けにグッズ化されることが度々ある。
 デンジ君がジムリーダーになってから、こんなふうに大々的にグッズ化されたのは初めてだったから、オンライン発売当日は慣れないパソコンの前に座って、こっそりと注文していたのだ。

「こっそり買ってくれたのか」
「はい……」
「言ってくれたらサンプルを渡したのに。もらいはしたが、自分のグッズなんて使う予定がないからしまったままなんだよ」
「えっ?もし使わないなら、欲しいです!」
「ここにあるのに、まだいるのか?」
「もう一つ綺麗に保存しておけるのがあったら、これは飾ったり使ったり出来ると思って」
「はは!いいよ。レインにやる」
「ありがとう!」
「部屋から取ってくるから待ってな」

 くしゃり、と頭を撫でたあと、デンジ君は自室に入っていき、すぐにリビングに戻ってきた。手にしていた紙袋の中身を覗き込むと、私が買ったものと同じグッズがひとつずつ入っていた。思わず「わあっ!」た声を上げると、デンジ君は可笑しそうに喉の奥で笑う。

「そんなに嬉しいのか」
「ええ。本当は自分でもう少し買いたかったけど、購入制限があるくらい人気だし、ひとりでも多くのデンジ君ファンのところに行って欲しくて我慢したの」

 ジムリーダーの皆さんのグッズは、ひとりにつき各グッズひとつまで、と購入制限があるくらいの人気だ。特にデンジ君は、シンオウ地方最強のジムリーダーという肩書きと、スターと称される誰もが頷くルックスの良さから特に人気が高く、一番早く売り切れてしまったと聞いている。
 それだけデンジ君の人気があるのは素直に嬉しいし、デンジ君のことを好きな人みんなにグッズが届きますようにと願ってしまうのだ。
 
「レインのそういうところ、オレと正反対だからこそ、大好きだな」
「……ありがとう」

 噛みしめるようにそう言って、微かに目尻を下げて微笑み、髪を撫でてくれる。私はこれがあるから十分。むしろ、これ以上に何を欲張ればいいのかわからない。
 ふと、デンジ君はカッターをとって自分宛の荷物の開封を始めた。自分の荷物に夢中になっていた私は、気付いていなかったのだ。デンジ君の荷物にも私の荷物と同じロゴが入っていて、送り主が同じ企業だったことに。
 
「これ、私の……?」
「ああ」

 デンジ君が注文してた荷物の中身は、私が買ったデンジ君のグッズと同じシリーズの、私のグッズだったのだ。有り難いことに、ノモセジムのサブジムリーダーとして働き出した私のところにも、今回グッズ化の声がかかってだいぶ前に撮影は済んでいたけれど、実物を見るのは初めてだった。サンプルはもらえたけど、母さんたちが欲しがったから直接そっちに送ってもらっていたのだ。
 まさか、デンジ君が欲しがってくれていたなんて思わなかったから。

「まだあるぞ。購入制限があったからオーバ達にも協力してもらって、使う用と観賞用と保管用だけ確保した。後日届くはずだ。レインのグッズ、本当なら全部独り占めしたいくらいだけどな」
「……ふふ。私もデンジ君のそういうところ、大好き」

 ああ、なんて愛しい独占欲の持ち主なのかしら。恥ずかしさもあるけれど、それ以上の愛しさがこみ上げてきて仕方がない。

「隣同士に飾るか」
「うん!」

 デンジ君のグッズを買ったことがバレてよかったのかもしれない。ひとりでこっそり楽しんでいたら、デンジ君のぬいぐるみは私の部屋の窓辺にぽつんとひとりで飾られているだけだったのだ。

「他人のことを思いやれるレインも好きだけど、でももう少し欲張りになってもいいんだぞ?」
「欲張りに?」
「ああ。例えば」

 そう言って、デンジ君は私を抱き寄せる。私の思考を見透かすように、唇にキスが降ってくる。

「グッズはいろんなファンのところに行くけど、オレ自身はレインだけのものだからな」
「……それは、私も、よ?」
「ああ。もちろん」

 私自身は貴方だけのものだし、貴方自身は私だけのもの。左手薬指の結婚指輪がそれを証明しているけれど、改めて言われるとこんなにも嬉しくて堪らない。
 私の中の小さな独占欲が幸せに満たされた昼下がり。リビングの窓辺で隣同士、仲良さげに並んでいるぬいぐるみたちの表情も、心なしか嬉しそうだった。





2020.9.30


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