純白のマイ・スウィート


 衣装室は空調が効いているはずなのに、体が火照って仕方がないのは、ドレスの着脱が想像以上に大変だから? それとも、衣装合わせとはいえ着飾っている自分を見られることが恥ずかしいから? たぶん、両方、だ。
 とはいっても、私はほぼなにもしていない。衣装担当の式場スタッフのかたが、ドレスの着付けからアクセサリーの装着、さらには髪の仮結いまで行ってくれる。しかも、試着するドレスに合わせて、全て変えてくれるのだから頭が上がらない。
 火照った肌にそっとのっているパールのネックレスは、付けた瞬間はヒヤリとしたけれど、暖かく上品に輝いている。イヤリングもネックレスと同じ、パールが一粒控えめに輝いている。ゆるくふわりと結い上げられた髪には、シンプルだけれど繊細なベールが飾られている。

「エンパイアドレスならグローブは……少々お待ちください。持って参りますね」

 疲れひとつ見せない笑顔を残して、スタッフはカーテンの向こう側へ姿を消した。
 カーテンで仕切られた反対側には、デンジ君がいる。 早々に自分の衣装の目星を付けた彼は、あとはレインの衣装が決まって合わせるから、と言って、ソファーに腰を下ろし私の衣装選びに付き合ってくれているのだ。

「デンジ君、付き合ってくれてありがとう。退屈じゃない?」
「全然。ドレスっていろんな種類があるんだな。オレは一つ前に着たやつもいいなと思ったけど」
「プリンセスラインのドレスね。あれはどんな人にも合うデザインみたいだから」
「あれは気に入らなかったのか?」
「えっと……なんだか可愛すぎる気がして…そもそも私には何が自分に合っているかわからないんだけど……」

 どんどん声が小さくなっていく。いろんなドレスを着ているうちに迷走してきたというか、なんというか。

「いいんだよ。一生に一度のことなんだし、好きなだけ悩めばいいさ。オレもいろんなドレスを着たレインを見られて楽しいし」
「デンジ君……ありがとう」
「今はどんなドレスを着てるんだ?」
「えっと、エンパイアドレスっていうみたいなの。胸の下で切り替えがあって、スカートはストンと自然に流れてる感じで……」
「見たい。開けていいか?」
「う、うん」

 ドレスはすでに着付け終わっていたので、カーテンで見えないというのに首を縦に振った。そっと、カーテンが左右に開かれてデンジ君と対面する。鏡を向いていた体をデンジ君の方に向けるため振り返ると、オーガンジーのスカートがふわっと揺れた。
 デンジ君に説明した通り、エンパイアドレスは胸元に切り替えがあり、そこからスカートが下にストンと落ちるデザインが多い、比較的シンプルなデザインのドレスだ。
 私が試着しているそれも、オーガンジーのスカートが控えめにふわりと揺れている。その代わり、胸元には凝ったレースの装飾が施されていて華やかさもある。

「どう、でしょう……」

 思わず敬語になってしまった。それに、何度試着して新しいドレスを披露しても、この対面の瞬間は気恥ずかしくて顔を上げられない。
 私としては、海が見える式場の雰囲気にも合っている気がするし、可愛らしすぎず良いかなと思っているのだけど……。

「あの、デンジ君?」
「……あ、ああ」

 どうも歯切れの悪い返事が聞こえてきたので、似合ってないのかなぁと少し残念に思いつつ、顔を上げた。口元を片手で隠していて表情はよくわからないけれど、その目は少し驚いているように見えた。

「うん……今までで一番似合ってると思う」
「本当? よかった……! 私もこのドレスがいいなって思っていたの。これに決めようかしら」
「ああ。ただ」
「ただ?」
「どのドレスにも言えることだけど、鎖骨とか肩とか背中とか、結構見えるんだな」

 青い視線が落とされ、そっと肩に手を触れられた。体温が一気に上昇したと分かるくらい、さらに体が火照る。

「そ、そうなの。恥ずかしいし、見せられるようなものでもないから、あまり出したくないんだけど、ドレスを着るとなると隠せなくて…」
「隠す必要はないよ。肌は白いし、背中や鎖骨も綺麗だ。ただ……オレだけが知ってたのにな。他のやつに見せるのがもったいないくらいだ」

 肩を引き寄せられ、熱が集まった額に口付けを一つ。少しだけひんやりとしたそこは、一瞬でまた熱くなった。

「そんなに赤くなるなよ。こっちまで照れるだろ」
「だ、だってデンジ君が……普段言わないようなことを言うから…」
「お待たせしました!」

 このタイミングでスタッフが戻ってきて、三人の視線がかち合う。

「もうお見せになっていたのですね。ご新婦様、可愛らしいでしょう? とてもよくお似合いですし、ご新郎様が最初に決められたタキシードともよく……あら? お二人とも赤いですね? 空調を下げましょうか?」
「い、いえ! 大丈夫です!」
「そうですか? では、グローブをお持ちしましたので付けてみましょう」

 用意してくださったのは、オーガンジーのショート丈グローブだった。手首部分にはレースがあって、ドレスと同じく清楚だけど可愛らしい印象を受ける気がする。
 そういえば、ウェディング誌で花嫁がつけるグローブの意味を読んだことがある気がする。確か、花嫁は露出を控え無垢で汚れのない存在であることを表すということと、そのグローブを指輪の交換のときに外すことで「私は今からあなたのものになります」という花嫁の誓いが込められている、と。

「……ああ。とてもよく似合ってる」

 目を細め、デンジ君が笑う。肩の力が抜けて、私も思わず笑顔になった。
 こんなにも、私の心はもうすでに、彼のものなのだ。



2019.06.07


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