プラチナの輝き


 あたり一面真っ白で汚れ一つない清潔な空間。天井には雨の滴のようなデザインのシャンデリアが吊るされていて、壁には水が流れているところもある。そして目の前には、透明なガラスケースに収納された指輪達が、優しい輝きを放っている。
 デンジ君から「結婚しよう」と言ってもらったとき、一緒に渡されたエンゲージリングを用意したというお店に、私たちは訪れていた。もちろん、今回の目的はマリッジリングを決めることだ。
 ソワソワしながら、ふと隣を見ると、微笑ましそうにしているデンジ君と目があった。

「なぁに?」
「いや。なんか嬉しそうだからさ。やっぱり、レインもこういう店が好きなのか?」
「そうね。ちょっと緊張しちゃうけど、ときめいちゃうというか、なんというか。それに、これを選ぶとき、デンジ君は一人でここに来たんでしょう?」

 もらったその日から、エンゲージリングは私の左薬指で輝いている。一際強い輝きを放つセンターダイヤモンドの両脇には、小振りのアクアマリンがそれを際立たせるように控えめに輝いている。流れる水のようにしなやかなウェーブラインのリングは、滑らかで優しいつけ心地だ。

「ここで私のことを想いながら、たくさん悩んで選んでくれたのかなって考えたら、嬉しくなっちゃうの。本当にありがとう」
「……」
「きゃんっ」

 控えめなデコピンを一つ。デンジ君なりの照れ隠しだ。それすらも愛しくて、やっぱり頬が緩んでしまう。

「お待たせいたしました」

 真っ白な空間とは対照的な、黒いパリッとしたスーツを着た女性スタッフが、ジュエリートレーを私たちの目の前に置いた。 そこには、メンズとレディースがセットになったマリッジリングが何組か用意されていた。

「わぁ……とっても綺麗」
「奥様は婚約指輪と重ね付けをするときに綺麗に見えるものを、とのご希望でしたので、婚約指輪と同じウェーブデザインのものを何点かご用意いたしました」

 奥様。そう呼ばれることも増えてきたけれど、なんだかまだ慣れないし、少しくすぐったい。
 一人で勝手に赤くなっていると、隣に座っているデンジ君が唸りだした。

「ウェーブデザインはわかるんだけど、その中でも違いがよくわからん。特にメンズはどれも一緒に見えるし、レインが好きなデザインにしてくれよ。やっぱ、こういうのはレインの好みに合わせたいしさ」
「え? でも」
「オレはレインと同じやつなら、どんなデザインでも嬉しいから」

 私たちのやり取りを微笑ましげに聞いていたスタッフが、左から順に説明し始めた。

「こちらはミル打ちが施されたものです。このように小さな丸い粒が施されたもので、シンプルすぎずアクセントがあって、アンティークな印象を残しています。お次がつや消し加工を施しているものです。つやを消すことで金属の輝きを抑え、日常的にもつけやすくなりますね。男性にとくに人気があるデザインです。最後が、メンズはシンプルなウェーブラインのものですが、レディースには流れに沿ってダイヤモンドが並んでいます」

 ミル打ちやら、つや消しやら、専門用語はよくわからないけれど、デザインの違いはなんとなくわかる。確かに、デンジ君がいうようにメンズのデザインの差はわかりにくいけれど、レディースのデザインの差ははっきりわかる。
 一目見て、これをつけてみたい、というものはあったけれど、なんというか、チラチラ見える値札が気になってなかなか言い出せない。よりによって、どうしてこの中でも一番高いものが気になるのだろう。

「奥様?」
「は、はいっ」

 一人で葛藤していると、スタッフが金属製のリングを差し出しながら不思議そうに首を傾げた。

「試着なさいますよね。薬指のサイズを測りますね」
「あ、はい。お願いします」
「はい。奥様は……4号ですね。指が細いので、指輪がより華やかに見えますね。少々お待ちください」

 スタッフが席を立ち、私たちだけが残された。デンジ君のほうをちらりと見ると、真剣に指輪を見比べていた。

「デンジ君。どう、思う?」
「うーん。オレは単純に、このダイヤがついてるやつがレインに合いそうでいいと思うんだけど」
「あ。それ、私も気になってたの。でも、あの…」
「値段は考えるなよ。一生つけるものなんだから、自分が気に入ったやつにしよう」

 確かに一生もの。一生ものだ。でも、この値段が二人分となるわけだし、そもそもマリッジリングでこの値段ならエンゲージリングはどれだけしたのだろうと考えると恐ろしい。給料三ヶ月分、とはよく聞くけれど、まさかそこまでしないと思いたい。

「お待たせいたしました。お二人のサイズのものをそれぞれお持ちしたのですが」
「あ……じゃあ、これをつけてみたいです」
「かしこまりました」

 結局、私はダイヤモンドが施されたデザインのものを選んだ。一度エンゲージリングを外し、手を差し出す。スタッフが左手を丁寧に手に添え、右手で指輪を私の左薬指にはめた。入らなかったらどうしよう、とれなくなったら恥ずかしいな、と思ったけれど、それは私の指にぴったりと馴染んで、とてもつけ心地がよかった。

「わぁ……」
「とても可憐で華やかですね。結婚指輪を重ね付けすると、より華やかになりますよ」

 マリッジリングに蓋をするように、エンゲージリングを重ねてつける。同じウェーブデザインのリングはぴったりと寄り添い、指を優しく彩っているようだった。
 ポーッとして眺めていると、デンジ君が自分の左手を私のそれに添えた。デンジ君の薬指にも、メンズデザインの同じ指輪が輝いている。メンズは特に加工が施されていないシンプルなデザインだけれど、プラチナの凛とした輝きが目立って素敵だった。

「デンジ君……私、これがいいな」
「ああ。オレも、やっぱりいいなと思ってた。でも、他は試着しなくていいのか?」
「うん……これがいい」

 きっと、他のデザインもつけてみた方がいいのだけれど、きっと最後はこれに戻ってくる、と思った。それくらいこの指輪は、生まれたときから体の一部だったかのように、指に馴染んでいたのだ。
 それから、二人のイニシャルと入籍日を指輪の内側に刻印してもらうようにしたり、リングの内側に海のようなアクアマリンを留めてもらうようにしたり、いくつか取り決めを交わしてからお店を出た。

 そして一ヶ月後。再びお店を訪れた私たちの左薬指には、あのとき決めた指輪が煌めいていた。即決してしまったから心変わりしたらどうしよう、と思っていたけれど、そんなことは杞憂だった。やっぱり、この指輪でよかったと、再確認できた。
 お店を出て、カフェに腰を下ろして一息ついている間も、私の頬はずっと緩んだままだった。デンジ君が思わず吹き出してしまうほどだった。

「それだけ幸せそうにニコニコしてくれてたら、買った甲斐があるってもんだな」
「えへへ」
「いい店だったな。接客もしっかりしてたし、アフターサービスの説明も……ん?」
「どうしたの?」
「いや、封筒が入ってる」
「書類が入ってるものとは別に?」
「ああ。ハガキ一枚が入るくらいのサイズみたいだ」

 デンジ君がショップバッグから取り出したのは、真っ白な封筒だった。お店のロゴが印刷されているから、間違いなくお店からのものだと分かるけれど、特に説明もなかったし、なにかしら。
 中身を確認したデンジ君は、一瞬目を見開いたあと、照れ臭そうに笑っていた。何事かと身を乗り出すと、その中身を私のほうへ向けて差し出してくれた。
 中身は一枚の写真だった。いつ撮ったのだろう。指輪を選んでいる最中、薬指に指輪をつけた私たちが手を寄せあって、幸せそうに笑っている写真だ。
 指輪を揃えたからといってそれに甘えてはいけない。それだけでずっと夫婦としてやっていけるわけではないとわかっている。でも、私たちの指に添えられたプラチナの輝きはきっと永遠に、寄り添いあう私たちを見守っていてくれるのだ。



2019.06.29


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