そこにある恋のカタチ


今日、俺とデンジはしょうぶどころへ来ている。ポケモンバトルについての研究、意見交換、互いを高め合うため、と名目は色々とあるが、単にお互い暇で仕方なく、暇をもて余すくらいなら本気のバトルでもしようということになったのだ。
そして、昼休憩にカウンターで飯を食っているときのこと。カレーを注文した俺達は黙々とそれに貪りついていたが、デンジがぼそりと呟いた。

「なんか、レインのカレーが食べたくなった」
「しょうぶどころのカレーと違うのか?」
「全然違う」

しょうぶどころのカレーは中辛でさらっとしており、具は柔らかく少し小さめだ。しょうぶどころのメニューのレシピは俺のじいちゃんが考案したものなので当たり前ではあるが、俺にとっては昔から食べ親しんでいる味だ。

「このカレーも美味いけど、レインのカレーも美味い。というより、オレ好みに作ってくれるんだ」
「あー。カレーって人によって色々と好みがあるよな」
「そう。中辛で程よくトロッとしていて、具は食べ応えがあるサイズで固め。ライスよりルーが多めで……」
「細かい男だなおい!」
「それを全部叶えてくれるのがレインなんだよな。ただ料理上手なだけじゃなくて、オレの好みに合わせて作ってくれるところが良いんだよ。可愛いし」
「最後関係なくね?」

なんだ結局惚気かよ。幼馴染みの惚気を聞くのは苦じゃないが、食事を終える前から腹が一杯になりそうである。

カランカラン。デンジの惚気をおかずの一つとして食事を終えかけたところで、しょうぶどころの入り口のベルが鳴った。入店してきたのは、大柄な男と華奢な女という、アンバランスな組み合わせの二人。まあ、二人ともよく知っている人物ではあるのだが。
その二人、マキシさんとレインは、カウンターに俺達の姿を見つけると、バトルフィールドへ向けていた歩みをこちらへと変えた。

「おお!今日は先客がいたかぁ!」
「デンジ君!」
「レイン」
「レインがしょうぶどころに来るのも珍しいな!それにマキシさ」
「マキシマム仮面!」
「っと、そうだった。マキシマム仮面」

そうそう。マキシさんはマキシマム仮面と呼ばないと怒られるんだよな。

「今日はなんでまたしょうぶどころに来たんだ?」
「マキシさん……じゃなくて、マキシマム仮面が、たまには全力のバトルで鍛えよう!って、連れてきてくださったの」
「そういうことだ!そうしたら、水使いを鍛えるのにちょうど良い相手がいるじゃないか!デンジ!俺様の相手をしてもらおうか!」
「いいですよ。ただ、恋人の前で情けないところは見せられないんで、容赦なく全力で倒します」
「デンジ君……!」
「はーっはっはっは!いいぞ!そうでないとな!」

そんなことをさらりと言ってのけ、レインに目配せしたデンジは自信を口角に乗せて笑い、マキシさんと共にバトルフィールドへ向かった。レインはデンジが座っていた場所、俺の隣へと腰を下ろした。ほんのり上気した頬を冷やしたいのか、注文したのは珍しくサイコソーダだった。
レインはショルダーバッグからA4サイズのノートとペンを取り出した。中身がちらっと見えたが、丁寧な文字で色々と書き込まれているようだった。

「何をするんだ?」
「マキシさんとデンジ君の本気のバトルだもの。滅多に見られるものじゃないし、絶対に勉強になるから、気付きを書き留めておこうと思って」
「なるほど!勉強家だな、レインは」
「ありがとう。でも、私はトレーナーとしてまだまだだから、人一倍頑張らなきゃいけないだけなの」

うん。この真面目さと謙虚さ、どこかの誰かさんにも見習って欲しいものである。デンジとレインは本当に何もかも正反対なのに、だからこそピッタリとハマるというか、お似合いなんだよな。恋人同士というものは本当に良く出来ている。
そうこう話している内に、デンジとマキシさんのバトルが始まった。レインはそれを真剣に目で追いながら、時折ノートに何かを書き留めている。レインの勉強の邪魔にならないよう、俺も口を閉じて勝負の行方を見守ることにした。

「……かっこいいなぁ」

ふと、漏れだした言葉が耳に届き、思わずレインの顔を見る。レインはハッとして口元をノートで隠してしまったが、顔や耳が真っ赤だ。

「……声に出してた?」
「ああ。バッチリ出してた」

俺が肯定すると、その顔はさらに真っ赤になってしまった。ちょうど良いタイミングで出てきたサイコソーダを、ちゅぅぅぅっ、と勢い良くストローで吸い上げる。グラスの半分ほどが一気になくなってしまったのを見て、思わず笑ってしまった。

「別に今さら照れるなよ!レインがデンジのことを大好きだってことはずーっと昔から知ってるからさ」
「……そ、そう?」
「そうそう。レインはどんなデンジも大好きだもんな」
「ええ。二人の時に見せてくれる柔らかい笑顔も、真剣に機械を扱う横顔も、みんな大好きだけれど、でもやっぱり、痺れるようなポケモンバトルをしているときのデンジ君が一番好きだし、素敵だなぁって思うの」

言葉だけじゃなく、その視線から、声色から、レインの真剣さが伝わってくる。迷いなく言い切ることが出来るくらい、真っ直ぐな想い。
ああ。さっき、デンジも同じような表情で、レインのことを話していたっけ。
同じ日に幼馴染み達がお互いをいかに想っているか聞けるなんて、二人の親友としてこんなに嬉しいことはない。幸せのお裾分けをしてもらった気分だ。

「いや、ほんとお前らってお似合いだな」
「え?」
「惚気、ゴチソウサマでした」
「そ!そんなつもりじゃ……!」
「ほら、前見てないとデンジのかっこいいところを見逃すぞー」
「はっ!」

くるくると七変化していた表情を引き締めて、レインは視線をバトルフィールドに戻した。まだ頬は上気しているが、今度はきちんとメモを取り始めたようだ。

バトルの結果はというと、僅差でデンジが勝利した。しかし、マキシさんも苦手タイプ相手に良い勝負をしたと思う。握手を交わした二人は、俺達がいるカウンター席へ戻ってきた。
レインはバトルが終わる少し前に注いでいたお冷やを、それぞれに差し出した。まったく、部下としても恋人としても本当によく出来た子だ。

「お疲れ様でした」
「負けはしたが、やはり苦手タイプ相手のバトルは得るものがあっていいな!」
「はい。電気技が来たときの守りかたなど、勉強になりました」
「おお!ただデンジに見惚れていたわけじゃないようだな!」
「!」
「はははっ!まーた真っ赤になってる!なぁ、レイン!次は俺とバトルしてくれよ!俺も苦手タイプ相手に特訓したいからな!」
「え?でも」
「いいじゃん。行ってこいよ」
「そうだな!オーバは水タイプ相手への対策もバッチリしているからな!それをどう凌ぐか!見ててやるから行ってこーい!」
「……はい!」

マキシさんに背中をバシッと叩かれたレインは、前のめり気味になりながらもしっかりした足取りでバトルフィールドへ向かう。レインは自分のことをまだまだ、と言っていたけれど、バトルをすると決まったことで研ぎ澄まされたように変わった視線は、一人の立派なポケモントレーナーだった。
ただ、デンジの前を通ったときに交わされた視線は、春の風のように柔らかく、目尻に恋心を乗せて微笑んだ。





2019.12.26


- ナノ -