おかえり、おかえり、大好きです


ノモセジムから帰宅して、さあ夕食の準備をしよう、と気合いを入れて髪を一つに結んだ。エプロンを首にかけつつ、テレビのリモコンの電源ボタンを押す。料理をしながらニュースや音楽を流し聞きするのは、密かな楽しみなのだ。
夕方のワイドショーでは今日、11月22日について取り上げられていた。なんでも、語呂合わせで「良い夫婦の日」という記念日らしい。

「11月22日で良い夫婦の日……パートナーに感謝の気持ちを伝える日、か……」

私とデンジ君にとって、記念日といえばお互いの誕生日と結婚記念日くらいなものだ。プレゼントを用意したり、いつもと違うデートを楽しんだりして、その日一日をお祝いする。
それ以外の季節的な記念日、例えばクリスマスやハロウィンなどは、私がイベントにちなんだ料理を作ったり、部屋の装飾をしたりするくらいで、特別なお祝いをすることはない。
でも、私とデンジ君が結婚して初めての良い夫婦の日。知ってしまったからには、何かしたい、と思った。

エプロンを後ろできゅっと結んで、冷蔵庫の扉を開けた。買い物は週末にまとめてすると決めているから、休み前の冷蔵庫の中はほぼ空っぽだった。

「余ってる食材でなんとかなるかしら……」

冷蔵庫には、今日まで食べるつもりで作っておいた昨日の残りのカレーがある。あとは、ひき肉。それから、一週間使った残りの野菜がチラホラと。

まずは、野菜をすべてザクザクと切っておく。それらを全て鍋に入れて煮込んでいる間に、ひき肉と玉ねぎを使ってハンバーグを焼いた。
耐熱容器にご飯を入れて、ハンバーグをのせ、残り物のカレーをかけて、真ん中には卵を割り落とす。そこにチーズをかけて、オーブントースターで焼いて、最後にパセリを散らせば出来上がりだ。
あとは、普段は使わない特別なランチョンマットを敷いたり、良い食器に盛り付けたり、お庭に咲いている花を摘んで飾ったりしたら、だいぶ雰囲気が出そうだ。

スープの味付けをしているところで、ガチャリ、と鍵を開ける音が聞こえてきた。エプロンで手を拭きながら、玄関へと小走りに向かう。
きっと、私にガーディのような耳や尻尾がついていたら、耳をピンとたてて尻尾を振って、喜びを表現しているに違いない。そのくらい、デンジ君が帰ってくる瞬間を迎えられることは、奥さんという感じがして嬉しい。

「ただいま」
「デンジ君!おかえりなさい!よかった。ちょうど夕食が出来たところなの」
「へぇ。どれどれ」

野菜たっぷりのミルクスープと、作りおきしておいたコールスロー。それから、メインとなるハンバーグカレードリア。先日、ご近所さんにお裾分けしていただいたオレンジもデザートとして添えた。
一週間の疲れもあって、今日は二日目のカレーで少し手抜きをするつもりだったけれど、なんとかありあわせのもので頑張った、と思う。

「おお!今日も美味そうだ。それに、なんだか豪華だな」
「ほんと?よかった。余ってる食材をかき集めて、それっぽく頑張ったの」
「ん?今日は何かあったっけ?」
「えっと……今日は語呂合わせで、良い夫婦の日だって聞いたから……特別な私達の記念日ではないけど、料理くらい頑張りたいなと思って……」

何でもない日に一人で浮かれて、なんて思われないと良いけれど。
ちらり、とデンジ君を見ると、なぜかクスクス笑いを堪えているところだった。首を傾げて、どうしたの?と視線で問う。デンジ君はどこか嬉しそうに、右手に持っていた紙袋を軽く持ち上げた。
紙袋にはどこかで見たことのあるロゴが印刷されている。なんのお店だっけ、と考えている間に、デンジ君が正解をお披露目する。

「一緒だな。オレ達」
「え?」
「オレも、ジムのやつらに聞いて、帰りに買ってきたんだけど」

紙袋の中身はカットされたケーキ達だった。私が好きなイチゴのショートケーキや、色鮮やかなフルーツタルト、今の季節にぴったりな栗のモンブランなどが並んでいる。
そっか。デンジ君も、今日という日を少しだけ特別にしたかったんだ。

「デンジ君、ありがとう」
「オレのほうこそ、いつもありがとう。なぁ、レイン」
「なぁに?」
「好きだよ」
「私も……大好き!」

これから先、何年経ってもこの日の気持ちのまま、11月22日を迎えられますように、交わしたキスに願いを込めた。





title:魔女

2019.11.22


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