てのひらサイズの幸せ


働く人間にとって、昼食の時間というのは就業時間内でホッと一息つける数少ない時間らしい。目当ての弁当を買うため、時計の長身と短針が重なった瞬間に、いそいそと席を立ちコンビニへと向かう人間は多いと聞く。
デンジもその中の一人だ。というより、ナギサジムに勤めているトレーナーの昼食は、ほぼコンビニ弁当だ。塾帰りやポケモンごっこは弁当を持参しているようだが、それ以外の大人達は昼休憩になると外に出て、おにぎりやサンドイッチや弁当や飲み物が入った、白いビニール袋を提げて帰ってくる。
しかし、今日は違った。バトルフィールドにレジャーシートを広げている様は、ここは本当にポケモンジムなのだろうかと疑いたくなる光景だ。

「デンジ!今日はレインちゃんがみんなにお弁当を作ってくれたんでしょ?」
「ああ。さっき届いたばかりの出来立てだ。午後も仕事があるからって、レインはもう帰ったんだけどな」
「早く!早く出して!チマリお腹すいた!」
「わかった、わかったから待て。お座り」

チマリはまるで調教されたガーディのように、レジャーシートの上にちょこんと正座した。

「日頃コンビニ弁当ばかり食べてるオレ達に、ってレインがせっかく作ってくれたんだからな。残さず食べるんだぞ」

重箱の蓋をデンジが開けた瞬間、歓声が上がった。
一つずつラップで丁寧に包まれたおにぎりには、刻まれた様々な具材が混ぜ込まれている。一際いい香りがする唐揚げは食欲をそそるきつね色だ。卵焼きは切ってハート型になるように並べてある。子供が好きというフライドポテトだって入っている。何種類もあるおかず同士の仕切り代わりに使われているレタスや、隙間埋めのブロッコリーやミニトマトが彩りを添えている。
ポケモンと人間の味覚が同じかはわからないが、ポケモンの俺から見ても美味しそうだと素直に思った。ライチュウだってよだれを垂らしながら寄って行ったが、おまえはもう自分のを食べただろうと押し戻されていた。

「いただきまーす!」
「んっ!この唐揚げジューシーで絶品!」
「卵焼き、甘くておいしーい!」
「こんなにたくさん、大変だったでしょうに。今度お礼を言わないとですね」
「ああ。どうせ重箱を返しにレインのとこ寄るし、伝えとく」

と、言いながら、デンジはおにぎりを二口ほどで一気に食べた。先ほどから、デンジはおにぎりばかりを食べている気がするが、そんなに米が好きだっただろうか。どちらかというと、唐揚げやフライドポテトなどが好みだったような気がするが。

「あー!デンジ、おにぎりばかり食べないでよー!チマリ達のなくなっちゃうよー!」
「ん?ああ、悪い悪い」
「リーダー、そんなにおにぎりが好きでしたっけ?確かにどの味付けも美味しそうですけど」
「んー。おにぎりが好きというより、レインが握ったおにぎりが好き、だな」

エリートトレーナーの問いに、デンジは微かに表情を弛めた。

「レインさ、手が小さいだろ?だから、おにぎりも小さくて二口くらいで食べれる。こんな小さい手で一生懸命握ってくれたなんて、なんか可愛いだろ?」

そう言って、デンジはまたおにぎりを頬張った。その様子を見ていたライチュウが「早くレインちゃんをお嫁さんにもらっちゃえばいいのに」とぼやいていたので、全くだ、と俺も深く頷いた。





2019.5.29


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