すれ違った数だけまた好きになる


今夜、レインさまはデンジさまとデートらしいです。昨日の夜に電話で、ジムが終わったら浜辺を散歩してデンジさまの家でご飯を食べようって誘われていました。
さっきから、レインさまは姿見の前から離れません。念入りに髪をとかして、新しいワンピースにしわがないかチェックして、普段はお化粧なんてほとんどしないけどチーク?とリップ?というものをつけています。

「不思議。恋人になる前とは全然違う。デンジ君の前では少しでも可愛くいたいって思っちゃう……」

レインさまはリオルの視線に気付いたみたいです。少し恥ずかしそうに笑って「リオルも一緒に来る?」って言ってくれました。リオルはデンジさまが大好きなので、嬉しくなって頷きました。
昼間に焼いたクッキーを包んで、掛け時計をちらり。準備は出来たみたいです。「待ち合わせの時間には少し早いけれど浜辺で遊んでいましょう」と、レインさまは言いました。リオル達は部屋を出て、待ち合わせ場所の海岸へと向かいました。







ナギサの空は夕焼けで真っ赤でした。オーバさまの頭の色みたいだって言ったら、レインさま笑うかなぁ。口を開こうとしたらレインさまの足が止まりました。どうしたんでしょう、と顔を見上げます。
レインさまは目を見開いて一点を凝視していました。視線の先を辿ります。そこにはデンジさまがいました。デンジさまともう一人、女の人がいました。デンジさまの腕は、女の人を自分へと引き寄せるように、女の人の肩へ回されています。
ぎゅっ。リオルを抱くレインさまの腕の力が強まって、少し苦しかったけどリオルは何も言いませんでした。だって、レインさまから戸惑いと悲しみの波導が伝わってきたから。
デンジさまと女の人は、リオル達には気付かずにデンジさまの家がある方へと二人で消えていきました。二人の姿が見えなくなった後、レインさまはゆっくりとまた歩き出して浜辺を目指しました。
もやもやとした、リオルが感じたことのない波導を持ったまま、今にも泣き出してしまいそうな顔で。







空には綺麗な星と月が浮かんでいます。待ち合わせ時間を少し過ぎてしまったけど、デンジさまはまだ来ません。「リオルは遊んでて良いわよ」ってレインさまは言ったけど、レインさまはスマートフォンを握りしめたまま流木に座って俯いていました。
レインさまの元気がありません。少しでも元気になって欲しくて、リオルは砂を集めて小さなお城を造りました。お城には見えない不格好なものだったけど、レインさまは「すごいわね」って笑って、リオルの頭を撫でてくれました。でも、笑っていてもやっぱりとても悲しそうな目をしたままでした。
そのとき、レインさまのスマートフォンが鳴りました。レインさまは急いでそれを開きます。画面に書いてある文字を目で追った後、レインさまは静かにそれを閉じました。

「デンジ君、今日来れなくなっちゃったんですって……リオル、クッキー食べて良いわよ」

レインさまは寂しそうにそう言って、膝を抱え込みそこに顔を埋めました。クッキーは大好きだけど、一人で食べるのはイヤでした。リオルと、レインさまと、デンジさまの三人で食べたかったのです。
どうしたら良いのか戸惑っていると、啜り泣く声が聞こえてきました。リオルはビックリしてレインさまに駆け寄りました。「ごめん、ごめんねリオル、大丈夫だから」と言いつつ、レインさまはポロポロと涙を零しています。デンジさまに会えなかったから泣いているんじゃないことくらい、リオルにだって分かります。
居ても立ってもいられなくなって、リオルは走ってデンジさまの家に向かいました。リオルが傍を離れてもそれに気付かないくらい、レインさまは泣いているのです。







デンジさまの家には何度かレインさまと一緒に来たことがあったので、場所は分かりました。家の前に着いてドアを開けようとしたけれど鍵がかかっていたので、リオルは手加減なくそれを殴り破りました。
玄関にあるデンジさまの靴を蹴りのけて、一目散にリビングへと向かいます。デンジさまはソファーに座ってくつろいでいて、リオルを見ると心底驚いたように目を見開きました。

「リオル?どうしてここに、っつかさっきの音」
『デンジさまの嘘吐き!浮気者!』
「は?おまえ何言って」
『レインさまはデンジさまと会うのに一生懸命おしゃれしてクッキー焼いたのに、デンジさまはほかの女の人と浮気なんて!最低です!』
「はぁ?リオル、ちょっと落ち着け……」
『レインさまはずっと泣いてるのに!デンジさまのバカ!すけこましー!』
「おまえそんな言葉どこで覚えたんだ、って……!」

デンジさまの声が聞こえなくなりました。代わりに、ガラガラと何かが倒れる音が聴覚いっぱいに聞こえてきて、リオルははっとしました。怒りの感情にまかせて波導弾を乱発してしまったのです。どうしましょう。いくら感情的になってたからって、波導弾をデンジさまに向かって撃つなんて。
部屋はすごい有様です。浮気相手の女の人ではなく、何故か包帯を持ったライチュウさんまで倒れて目を回しています。リオルは半泣きになりながら途方に暮れてしまいました。

『デンジさま……?デンジさまぁ!』
「こ、ここ……!」

倒れた本棚の下敷きになっているデンジさまの手が見えました。リオルは本棚をはねのけてデンジさまを救出しました。髪はぼさぼさ、服はぼろぼろ、かすり傷だらけになってしまったデンジさまは息絶え絶えといった様子で声を絞り出しました。

「リオル……おまえなぁ……」
『ご、ごめんなさいごめんなさいっ!デンジさま死んじゃイヤです!』
「いや、死なねぇけど……なんで、レインが泣いてるって……?」

リオルははっとしました。デンジさまは自分が瀕死状態になってもレインさまの心配をしているのです。そんな人が、本当に浮気をしたのでしょうか?

『レインさま、夕方にデンジさまとの待ち合わせ場所に向かうとき、デンジさまと知らない女の人が二人でくっついて、デンジさまの家に行くのを見たんです。それで』
「あー……マジかよ」

デンジさまはガシガシと頭をかいた後、ふらりと立ち上がり玄関へと向かおうとしました。リオルが攻撃してしまったからでしょうか。足下がおぼつかない状態です。よく見れば、左足に包帯が巻かれていて、血が、滲んでいます。
泣きそうな思いでデンジさまを見上げていると、それに気付いたデンジさまがリオルを抱き上げて肩に乗せてくれました。

「あー……心配すんな。足はおまえがやったわけじゃねぇから」
『でも、血が!』
「いいから、レインのとこ行かねぇと」

なんだなんだと集まってきたエレキブルさんたちに片付けを頼んで、デンジさまは家を出ました。リオルは確信しました。こんなにレインさまを想っているデンジさまが浮気なんてするわけがないのです。きっと何かの誤解なんです。
今だってデンジさまは、左足を引きずりながら必死に浜辺へ向かっているのです。







レインさまはまだ泣いていました。薄暗い浜辺でたった一人、泣きじゃくっていました。ズキン、やっぱり胸が痛みます。それはデンジさまも同じみたいでした。デンジさまから伝わる波導が、リオルと同じものでした。

「……っ!」
「!」

足音に気付いたレインさまがこちらを見ました。目が真っ赤で、頬は涙でぐっしょりと濡れていました。怯えるような素振りを見せ、レインさまはリオル達から逃げるように走り出してしまいました。

「おい!レイン待てよ……っ」

デンジさまはレインさまを追おうとしたけれど、左足に力が入らないのでしょうか。バランスを崩して砂浜へと倒れ込んでしまいました。
レインさまは足を止めてこちらを振り返り、目を見開きました。初めて、デンジさまがボロボロであることに気付いたようです。

「で、デンジ君……?」

恐る恐る近寄ってきたレインさまの腕を、デンジさまは一瞬でとらえました。デンジさまは、ビクリと肩を震わせるレインさまに「頼むから話を聞いてくれ」と縋りつきました。レインさまは戸惑いながらも頷き、デンジさまの隣に腰を下ろしました。
リオルは居る方が良いのか居ない方が良いのか分からなかったけど、レインさまが「居て欲しい」というようにリオルを抱きしめて放さなかったから大人しくしていることにしました。

「率直に聞くけどよ、レイン、オレが浮気したと思ったのか?」
「!」
「その顔は図星、だな。リオルから聞いた」
「……デンジ君が、綺麗な女の人と寄り添いながら家の方に行くのを見て、その後、今日は会えないってメールが来たから……っ」

平静を装って話していたけど、レインさまの声は次第に震えだして、とうとうまた泣き出してしまいました。泣きじゃくるレインさまの肩を抱いて自分の胸に引き寄せて、デンジさまは「ごめん」と言いました。

「先に浜辺に行ってライチュウと遊んでいた時に、落ちていたガラスの破片で足の裏を切ったんだよ」
「え?」
「そしたら、ちょうど人が通りかかったから、家まで肩を貸してもらった」
「……それを、ちょうど私が見たの?」
「たぶんな……ああもう全部言うけど、おまえの家って病院も兼ねてるだろ?レインに心配させたくなかったから病院に行かずに、今日は会えなくなったってメッセージ送って、家でライチュウに包帯を巻いてもらってたらリオルが来てさ、怒られた。レインを泣かすなって」
「!……リオルったら」

ぎゅっ。また、レインさまはリオルを強く抱きしめました。でも、これはさっきみたいに不安を紛らわす為じゃないんだって分かりました。

「全部、私の勘違いだったのね……」
「信じてくれるか?」
「ええ。デンジ君は人を傷つける嘘をつかないもの。私の方こそごめんなさい……でも、怪我をしたのならそう言って。隠される方が辛いわ」
「ん、そうだよな。ごめん」
「治療させて。波導を使って……」
「後で良い。その前に、ちゃんと仲直りしよう」

デンジさまはレインさまの頬に片手を添えました。仲直りって何をするんだろう、とリオルが首を傾げて二人を見上げていると、デンジさまの大きな手がリオルの目を覆い視界を奪いました。
それからしばらく経ってもデンジさまは手を退かしてくれなかったから、二人が何をしているのか波導を使って確かめようとしたとき、デンジさまはようやく手を退けてくれました。
何故かレインさまの頬は真っ赤になっていたけど、二人が嬉しそうに笑っていたからリオルもすごく嬉しくなったのです。





(はい、治療終わり)
(ありがとな。なぁ、レイン)
(?)
(そのワンピース、似合ってる)
(!あ、ありがとう!そういえば、デンジ君はどうしてボロボロなの……?)
(リオルに怒られたときにリビングで波導弾を食らった)
(!)
(その前に、はっけいで家のドアを壊された)
(!!)
(ライチュウが家で目を回してるから回復を頼んで良いか?)
(もちろんよ。ご、ごめんなさい……)
(デンジさま、ごめんなさい)
(ん。リオルもレインが心配だったんだよな)
(……ありがとう、リオル)
(はい。結果オーライですよね!)
(もう、そんな言葉をどこで覚えたの?)
(オーバさまが言ってました)
(まさか、すけこましもオーバが……後からしばくか)
(?)
(いや、何でもない。なあ、クッキー焼いてくれたんだろ?オレの家行って、綺麗な部屋で食おう。リビングの片付けは明日で良い)
(ええ。私達も手伝うわね)
(レインの作るハンバーグも食いたい)
(リオルも!)
(ふふっ。分かったわ)
(その前に、一緒に風呂な。オレ砂まみれ)
(!)





20110316


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