愛してるじゃ足りない


今年も残すところ後数時間となった。
ジムトレーナー達とジムの大掃除を終えて、寒さに身を縮こまらせながら急ぎ足で家路につく。昔、レインから編んでもらったマフラーを口元まで引き上げる。手には揃いの手袋をはめている。勿論、これもレインの手編みで昔もらったものだ。
シンオウ地方の冬は寒く、ましてや夜ともなれば気温は常に氷点下だ。身を切る寒さに震えながら、さらに足を早める。
一刻も早く家に帰って体を温めたい、という思いは勿論だが、家にはオレの可愛い恋人が温かい鍋を作ってオレの帰りを今か今かと待っているのだろうから、早く帰って彼女の笑顔が見たいのだ。
コンビニに寄って買い忘れていた酒を五本ほど買った。レインはいくら飲んでも酔わないが元々酒を自ら進んで飲まないし、オレはオレでそこまで酒に強いという訳ではないので……というか、酔い潰れて恋人の前で情けない姿を見せる訳にはいかないので、五本買っても余るだろう。カシスオレンジとスクリュードライバーはレイン用、ビール三本はオレ用だ。
コンビニを出てさらに数百メートル歩けばオレの家が見えてきた。窓からは暖かい光が漏れている。
オレの両親は仕事柄、一年の大半家を空けているので実質オレは一人暮らしをしているようなものだ。普段、真っ暗な家に帰宅するばかりだからか、既に付いているその灯りにとても安心出来た。
鍵を取り出して鍵穴に差し込み、四分の一だけ傾けて元に戻した。ドアノブを捻る。何故か鍵がかかってしまった。ということは、元々家の鍵は開いていたということか。再度、鍵を開けて今度こそ家に入った。玄関にまで美味しそうな匂いが漂ってきている。

「ただいま」
「デンジ君!おかえりなさい!」

家の奥からレインの声が聞こえてきた。その直後、エプロン姿のレインがスリッパをパタパタと鳴らしながら玄関まで来てオレを出迎えてくれた。まるで新妻のようである。料理の邪魔にならないよう長い髪は一つにまとめてあり、満面の笑みを浮かべている。
さらには、イーブイのようにピンとした耳とふるふる揺れる尻尾が付いているような幻覚まで見えるものだから、そろそろ眼科へ行くべきかと一瞬だけ本気で考えた。しかし……可愛い。が、ここは心を鬼にするときだ。
オレはコンビニ袋から酒を一本取り出して、冷え切ったそれをレインの首筋に当ててやった。

「ひっ!」
「土産だ」
「でっ、デンジ君っ、冷たいっ……!」
「危ないから鍵かけて待っとけっつったろ」
「わ、忘れてたのっ……!」
「忘れてた、じゃないだろ。ほれ、もう一本」
「!」

もう一本増やしてやれば、レインは全身の毛を逆立たせながら声にならない悲鳴を上げた。まあ、家の裏の海にはレインのポケモン達がいるだろうから、いざというときも大丈夫だとは思うのだが、今のご時世何が起こるか分からないからな。
「ごめんなさい!ごめんなさいっ!」と冷たさから逃れる為に必死に謝りながらも、自らこれを退けたり飛び退いたり辺りがレインらしいといえば、らしい。無自覚Mだなこれは。まあ、本人も反省しているしこのくらいで許してやるとするか。
そっと酒を退かしてやる。レインは安心したようにほっと息を吐きながら、しかしシュンと肩を落とした。さっきまでピンとしていた耳と尻尾が一気に垂れたようだった。
オレに怒られて落ち込んでいるのだろうか。こんな姿まで可愛いと思うオレは、もはや重症だ。喉の奥で小さく笑いながらレインの髪を撫でてやった。

「ごめんなさい。そうよね、私が気付かないうちに泥棒とか入って何か盗られちゃったら危ないものね」
「そっちの心配じゃなくて、レインだよ。物騒な世の中だからな。最近、ナギサにも変質者が出るらしいし」
「デンジ君……」
「次からは気をつけろよ」
「はい」
「で、鍋は何にしたんだ?」
「あ、あのね。水炊きにしたの。元はホウエン地方のお鍋だけど、デンジ君が食べたいって言ってたから」
「そうか」

既に鍋の用意が済まされた部屋に入ると同時に、オレの腰のモンスターボールが弾けてライチュウやエレキブル達が飛び出してきた。そして、いそいそと炬燵に入り込み早く始めようとオレ達に目で訴えかけてくるのだ。オレとレインは顔を合わせてクスリと笑うと、向かい合って炬燵に腰を下ろした。
去年までは、オレとレインとオーバの三人に加えてそれぞれの手持ち達、プラス、チマリやバクなど年によってまちまち……で年越しを行っていたが、今年は見ての通りオーバ達がいない。
恋人同士になった親友達を邪魔しないようにという気遣いなのか、今年は俺はいいから二人で楽しめとニカッと笑ったオーバの顔を思い出した。あいつもたまには空気の読める男だ。良く出来た親友である。
といっても、シンオウ地方ジムリーダーとリーグ関係者合同の新年会ですぐに顔を合わせることにはなるんだけどな。

「ライラーイ!」
「ライチュウ、とってやるから少し大人しくしてろ。エレキブルは自分でとってるだろ。見習え」
「ラーイ」
「ふふっ。サンダースとレントラーは私が取り分けてあげるわね」
「ガルッ」
「レインのポケモン達はいいのか?」
「あの子達には先にあげておいたから。みんな部屋には入れないし……あ、デンジ君は何がいい?」
「肉と白滝と白菜と豆腐と……」
「ふふっ。とりあえず全種類取り分けておくわね」
「ああ。サンキュ」

味が良く染み込んだ肉をポン酢に付けて口に運ぶ。うん、柔らかくて美味い。
温かい鍋をつつきながら、最愛の恋人と大切な手持ち達と談笑し、ゆっくりとした年末を過ごす。まるで絵に描いた幸せに満ちた一つの家庭のようだ。
雑炊まで綺麗に食べきって程良い満腹感に満たされた。それと暖かい炬燵が眠気を誘う。テーブルに頭を預けてしまえばうとうとと意識がぼやけていく。
オレの手持ち達は寝床が用意されている部屋に移ったようだ。今は台所でレインが洗い物をする音だけが聞こえてくる。
うとうと、うとうと。ああ、しあわせだ。

「デンジ君」
「……ん?」
「こんなところで眠ったら風邪を引いちゃうわ。今からお風呂を沸かすから……」
「そんなことより、こっち」

こいこいと手招いて、ぽんぽんとオレの隣を叩く。レインは首を傾げながらオレの隣にちょこんと座った。働き者も炬燵の魔力には叶わないらしい。レインは「あったかい」と呟いて炬燵布団を引き寄せた。

「さっきまであいつらがいたし、ちょっと二人でゆっくりするのもいいだろ?」
「……ええ」

レインのはにかむこうげき!こうかはばつぐん!デンジはきゅんじにした!なんていうナレーションがついてきそうだ。

「今日は泊まるんだろ?ちゃんと許可は貰えたのか?」
「一応……あの、母さん達にはジムリーダーのみんなとデンジ君の家で飲み会があるから、そのままみんなで泊まるって言ったんだけど」
「バレてるだろ」
「……たぶん。でも、母さんはいってらっしゃいって言ってくれたし」
「ってことは、母親公認か。そりゃ良かった」
「父さんはたぶん気付いてないの……気付かれたら怖そう」
「父親ってのはそんなものだろ。レインの父さん、普段が穏やかな分、怒ると怖そうだよな」
「う、ん」
「しかし、嘘を付いてまで彼氏の家に泊まりにくるようになったか。レインも悪くなったな」
「だ、だって、やっぱり、デンジ君とたくさん一緒にいたいから……」
「……」
「デンジ君?」
「なあ、それワザとか?オレが萌え死ぬと知って言ってるのか?」
「え?え?」
「無自覚かよ。いや、計画的にしろ無自覚にしろどっちにしろ質は悪いが」
「?」
「……あーもう、こうしてやる!」
「きゃっ!」

デンジはレインをこたつのなかにひきずりこんだ!デンジのくすぐるこうげき!レインはわらいのつぼにはまった!
酒が良い感じに回ったオレの思考回路はだいぶんショートしてしまっている模様。

「デンジ君!くっ、くすぐったい……あははっ!」
「こっちは?」
「あはははっ!」
「って、レイン暴れんな、今オレのすね蹴ったぞ」
「ご、ごめん、なさ……っ!」
「大人しくしろー」
「でっ、デンジ君が、くすぐるの、止めてくれたら……っ、あははっ!」
「これでどうだよ?」

ちゅっ。レインの動きが一瞬で止まった。何が起こったのか分からないと言ったレインの顔は、見る見るうちにオクタンの様に真っ赤になった。暴れて暑くなったからとか、炬燵に入りすぎて逆上せたからとか、そんな理由じゃない。
付き合い始めてしばらく経つが、未だ初々しい反応を見せてくれるレインは見ていて飽きない。思わず加虐心を掻き立てられるほどだ。

「デンジ君っ……!」
「ちょっと黙ってろ」

レインの唇を再び塞ぐ。抗議する暇を与えないように、今度は長く、深く、息さえさせないようにキスしてやる。腰を引き寄せて、逃げられないようにがっちり固定して。
唇を離して瞼を上げれば、とろけきった表情をしているレインと目が合った。ムードもそこそこ。これはもう流れに任せても大丈夫だろう。きっと、既に日付は代わり新年を迎えている。このまま姫初めと行きますか。
しかしながら、炬燵に入ったままでというのは如何なものか。炬燵に関係する体位もあるらしいし、オレは一向に構わないのだが、恐らくレインはそのような趣向を持っていないだろうし、ようやく慣れてきた行為のハードルをいきなり上げるのも可哀想なので、やはりベッドで励むことにしよう。
邪念を悟られないように、もう一度軽く口付けた。レインは幸せそうにはにかんで「デンジ君、大好き」と微笑んだ。行為に及ぶ前からきゅん死にが決定したオレである。
さて、どうやって愛してやろうか。
オレはレインを抱き上げながら額にキスを落とした。今年もまた、溢れんばかりの愛を彼女に伝えられますようにと。





──END──
2010.12.29


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