第三者の独り言


例えばもし、自分の恋人が他の男とイチャイチャしていれば、そりゃあヤキモチを焼いて良いと思うし、怒っても良いと思うんだ。
だがそれは、あくまでも相手が「人」であればという大前提がある上での話である。恋人とポケモン、しかも自分の手持ちが戯れているくらいで不機嫌になる男なんてそうはいない。
そう思っていたのだが、その枠内に収まらない男が俺の間近にいた。
それがデンジ。俺の幼なじみの一人である。

「ライチュウ。少し太ったんじゃない?」
「ライラーイ」
「ふふっ。そうね。今はご飯が美味しい季節だものね」
「ラーイチュ」
「……」

自分の恋人であるレインと自分の手持ちであるライチュウがイチャイチャラブラブと戯れる様子を、デンジは相手を目で殺しかねない視線で見つめていた。
ソファーに座るレインの隣にライチュウが陣取り、反対側のソファーに俺とデンジが腰掛けているのだが、はっきり言って居たたまれない気持ちでいっぱいだ。コンビニでも行ってくると言って抜け出したい。
というより、そもそもここは俺の家なのに、何故俺がこんなに居心地の悪い思いをしなければならないのか分からない。
嗚呼。新しいテレビを買ったからみんなでDVD鑑賞でもしようぜ!なんて言うんじゃなかった。今やそのDVDはただのBGMと化している。
デンジも、いくらようやくレインと恋人になれたからとはいえ、ポケモンと戯れるくらい許してやれよ。ライチュウもライチュウで、長年の恋が実ったマスターの心情を察してやれよ。
つまりは、どっちもどっちという事である。

「チッ」。この男舌打ちしたぞおい。
向こう側には聞こえない程度の声量で話しかける。
「おまえなぁ、相手はポケモンだぜ?そう不機嫌になるなよ」「知らないようだから教えてやるよ。昔は人とポケモンが結婚していたんだ」「昔の話だろ。別にレインが俺とイチャイチャしてる訳じゃあるまいし」「相手がおまえだったらコンクリートに縛り付けてナギサ湾に沈めている。もちろんおまえ単品で」「ひっでぇ……」「そうでなくてもあのライチュウ、確信犯だ」
確かに、ライチュウはこれ見よがしにレインの太股に頬を押しつけては、良いだろうと言わんばかりの視線をデンジに送っている。このライチュウ、可愛い顔をしてかなりのドSと見た。さすがはデンジの手持ちである……じゃなくて。
そろそろ俺は限界だ。この状況から離脱させていただく。

「そっ、そーいや飲み物出してなかったな!ちょっと用意してくるわ!」
「私も手伝うわ」
「いーっていーって!お客さんは座ってなって!」
「でも……あ、そうそう。私クッキー作ってきたの。だから、それを出すお皿を貸してもらって良い?」
「ああ。いいぜ」

なんだかんだでレインも俺と一緒にキッチンへついてきてクッキーを皿に盛りつけ、飲み物の用意まで手伝ってくれた。
全く、良く出来た彼女である。デンジには勿体ないとつくづく思う。優しくて、気だてが良くて、まるで海のように全てを包んでくれるような子だ。それでいて芯の強いところがあり、自分の意志を貫く強さがある子なのだ。本当に、勿体ない。
反面、もうこれ以上の恋人を作る事が出来ないであろうデンジに、絶対に手放すなよと強く念を押したくなる。俺に言われなくても、デンジはレインを手放す気なんて更々ないだろうけどな。

さて。飲み物の準備もクッキーの準備も出来た。いざ、再び戦場へと赴く時である。
深呼吸を一つして精神を落ち着かせ、リビングへと通じる扉を開いた直後、猛烈に扉を閉めたくなる衝動に駆られた。何故かというと、向かい合ったデンジとライチュウが視線というガンを飛ばしあっていたからである。ライチュウに至っては頬袋の静電気をバチバチ鳴らすというオプション付きだ。
一触即発とはまさにこのような状態を指すのだろうと、現実逃避した脳の片隅で思う。このまま人間対ポケモンという世にも珍しいバトルが勃発されるのではないかと思った時、「お待たせ」とレインが中央のテーブルに皿やらカップやらを起き始めた。
少しだけ場の空気が和み、俺もほっと胸を撫で下ろしたのだが。

「レイン」

デンジは自分の隣をポンポンと叩き、そこに座るようレインに促した。
レインはぱあっと顔を輝かせて、俺が座っていた場所にちょこんと腰掛ける。もしもレインにガーディのような尻尾がついていたら、千切レインばかりにブンブンと振って喜びを表現していただろう。
デンジがレインにぞっこんであるように、レインもまたデンジにベタ惚れなのだ。なんだかんだで、似合いの二人だと俺は思う。
デンジの機嫌も元に戻り、また平和にDVD鑑賞が出来る。そう思って、俺はレインが座っていたライチュウの隣に腰掛けたのだが。

「ラーイ……」

今度はライチュウの機嫌が急降下したものだから最早、俺はどうすれば良いのか分からない。
愛らしいふわもこのぬいぐるみのようなライチュウから、ヘルガーのような唸り声が発せられた事も信じがたい事実である。
ライチュウは頬袋にため込んでいる電気をバチバチと鳴らしながらデンジを睨みつけ、今にもボルテッカーを食らわしそうな状態だ。
標的となっているデンジは「オーバのくせに良いテレビだよな。生意気な」「デンジ君はこの前自分で改造してたじゃない」「まぁな……しかしこの主人公のピカチュウ可愛いな」と、レインと共に意識を液晶へ向けているようである。
これは不味い。非常に不味い。

「そーだライチュウ!俺この前、新発売の味のポフィン買ってたんだよ!一つやるから選びに来い!」
「ラーイ……」

ライチュウを担ぎ上げて、強制的にキッチンに連れて行く。耳元でバチバチ音を立てる静電気に恐怖を覚えながらも、俺はなるべくゆっくり廊下を歩いた。
キッチンに入り、ライチュウを椅子の上に下ろし、床下収納を開いてポフィンを探しながら、俺はライチュウに話しかけた。

「なあ、ライチュウ。おまえがレインに懐いているのは分かるぜ?でもなぁ、付き合いたてほやほやの二人の間に割って入るような……」

俺が顔を上げた時、ライチュウは意外な表情をしていた。長い耳と尻尾を垂れて、しょんぼり落ち込んでいたのだ。
俺にはレインのようにポケモンの気持ちを正確に理解出来ない。でももしかしたら、ライチュウはレインとの戯れを邪魔された事だけでなく、デンジの、自分を構う時間が減った事にも怒っていたのではないだろうか。
ライチュウは昔から甘やかされて育てられ、少々我が儘になってしまったところがある。誰に対しても人懐っこく、それでいて寂しがり屋だ。
好きな二人が恋人になってくれて嬉しい反面、二人が自分に構う時間も減り、寂しかったのではなかろうか。

「ライチュウ!ほら、これでも食って元気出せ!」
「ラーイ……」
「二人が付き合いだしたからって、あいつらがおまえを好きな気持ちは変わらないんだぜ?今はボルテッカーで邪魔したくなるくらいラブラブかもしれないけど、これから喧嘩の一つや二つあるさ。そういう時、ライチュウが仲裁してくれたら二人はすぐ仲直りするぞ?そんな役所おまえじゃないと出来ないんだから、そんな顔するなって!」
「……」
「なっ?」
「……ラーイチュ!」
「そうそう!おまえには笑顔が一番だぜ!」

頭をぐしぐしと撫でてやれば、ライチュウは嬉しそうに目を細めて「チャア」と鳴いた。可愛い奴め。デンジに愛想尽かしたらいつでも俺のところに来て良いからな。
さてと、これでようやく平和にDVD鑑賞が出来る訳だ。心が軽くなった俺はライチュウと共に軽い足取りでリビングへと戻った、のだが。
俺は半分ほど開けた扉をそっと閉めた。
いや、閉めるだろう。そこで二人があっついキスをしていたのだから、閉めるだろう。というより、デンジがレインの唇に貪りついていたと言うほうが正しい表現か。
幼なじみ二人の口付けを見せつけられた俺の心中を察していただきたい。何とも複雑な思いである。
砂糖菓子のように甘ったるい空気は収まる事がなく、数分後、痺れを切らしたライチュウが扉に向かってボルテッカーを繰り出し、今日は厄日だと実感する俺だった。





──END──
2009.9.26


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