レインリリーの夜1(オーバ視点)


「あーっ! くそ! 負けた!」

 戦闘不能となったブーバーンをボールに戻した俺は、バトルフィールドに大の字になって寝転んだ。燃え尽きた。清々しいくらい綺麗に負けた。
 最近、デンジとバトルすると負けることのほうが多いのは、気のせいではないだろう。ポケモンリーグに挑戦者が来ないからって怠けてばかりいられないな。今度、しょうぶところにでも行ってバクと手合わせでもするとしよう。
 バトルフィールドの反対側から歩いてきたデンジを、寝転んだまま見上げる。いつもは半分ほどしか開いていない目が、通常サイズまで開かれている。息も上がっているようで、肩が忙しなく上下に動いている。どうやら、俺はデンジを楽しませることができたらしい。

「お疲れ」
「おお。てか、おまえなんか強くなったか?」
「さあ」
「さあ、ってなぁ。ま、この前レインと戦って、やる気は完全に戻ったみたいだな」
「まあな」

 片手をデンジに向けて伸ばしてみる。すると、心底不快そうな顔をされて「自分で立てよ」とバッサリ切り捨てられたので、重い体をノロノロと動かした。わかってはいたが、俺への扱いは何も変わらないらしい。
 ちょうどジムを閉める時間となったので、俺たちはそのままポケモンセンターに向かった。明日は休日だ。ポケモンたちにゆっくり休んでもらうために、モンスターボールをボケモンセンターに預けてそのままそこを出た。
 夜風を浴びながら肩を並べて歩く。肩の位置が若干、俺よりデンジのほうが高い。昔は同じくらいの身長だったのにな、とぼんやり思う。

「一週間終わったなぁ」
「ようやく休みか」
「おまえは年中休みみたいなもんだろ」
「おまえもな」

 まあ、そこはお互い様である。仕事がない、つまり挑戦者が来ない状態で出勤してもただ暇を持て余すだけだ。
 そんなとき、俺だったらふらりとナギサに戻ってきたり、デンジだったらジムの改造をしたりする。もちろん、バトルの研究をしたりジムトレーナーの指導をしたりもする。
 だから、ナギサを訪れた俺はデンジにバトルを申し込んだというわけだ。実力者同士戦うということは、それだけで訓練になる。いわば、これも仕事のうちである。と、そういうことにしておく。

「なあ、このまま飲みに行かね?」
「パス。つか、この前も飲んだろ」
「なんだよ、ノリ悪ぃなぁ。また家に引きこもってジムの設計でもするんだろー?」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「今日はレインがいるんだ」

 そう言ったデンジの横顔は、普段は中々見ることができないような柔らかいものだった。顔がいいよなぁこいつ、と、男であり腐れ縁の俺から見てもそう思ってしまうくらいだから、デンジのファンの女の子が見たら卒倒してしまいそうだな。きっと、レインはいつもこういうデンジの顔を見てるのだろうけれど。
 なるほど、だから今日のデンジはテンションが高かったのか。通りで負けるわけだ。

「そういや、おまえらがちゃんと付き合って、ちょうど一ヶ月くらいじゃないか?」
「……ああ。レインとバトルした日からだから、そうだな。また、近々バトルを申し込むって言ってるけど」
「ふんふん」
「今日はレインがオレの家に来て晩飯を作ってくれてるんだ。オムライスを作るんだと」
「オムライス! いいなぁ、レインが作るオムライスって卵がふわふわトロトロで美味いんだよな!」
「やらんからな。全部残さず俺が食う。見に来てもいいけど、食うなよ。俺の彼女が作ったものだからな」
「いや、おまえらがようやくくっついたのを知ってるのに、わざわざ邪魔しに行かねぇよ」
「レインのエプロン姿も見せん」
「はいはい。やー、しかしデンジ君」

 肩を組みわざとらしく声をかければ、デンジの細い金の眉の間に数本の皺が寄った。止めろ止めろ、イケメンが台無しだぞデンジ君。

「そっかそっか。レインが温かい料理作っておまえの帰りを待ってんのか。新婚みたいだなぁ」
「なんだよ、急に」
「別に? いやー、うんうん。今日はポケモンたちも預けてきたし、思う存分イチャイチャすればいいさ」
「……できたら、いいんだけどな」
「は?」

 茶化すつもりで言ったのだが、予想外の返しに俺は目を丸くした。なんだそりゃ。デンジとレインが幼馴染から恋人になったあの日も、現場を目撃した俺たちの前ですでにイチャイチャしてたじゃないか。

「レイン、泊まるんだろ?」
「さぁな。帰るんじゃねぇか? あいつ、家に親いるし」
「え、帰すの?」
「帰るって言うなら、帰すさ」
「……おまえ、デンジだよな? 彼女ができるたびにその日のうちにお持ち帰りするようなデンジだよな?」
「違う。家に上げてくれないと帰らないとか言うし、その通りにしたらしたで彼女にしてくれってうるさいから仕方なく……」
「そっちのほうが質悪ぃよ」

 どちらにせよ、デンジは今までどちらかというと手の早い男だったはずだ。しかし、さっきの会話から察するに、レインは今まで恋人としてデンジの家に泊まったことがないようだ。意外だった。
 何度でも言うが、あのデンジだ。趣味の改造のために街一つを数日間停電させるような、自分の本能に従う男である。二人はとっくに、そういう関係になっているとばかり思っていた。
 そんな俺の考えが顔に出ていたらしく、デンジはさらに眉を顰めた。

「今までの女とは違うんだよ。レインだぞ? レイン。簡単に手を出せるわけないだろ」
「……マジで出してないのか」
「キスしかしてない」
「マジか」
「キスするにしても、顔を真っ赤にして息もうまくできないような相手に、それ以上できるわけないだろ。そんなところが可愛いし、もっといろいろ教えてやりたくなるんだけどな」
「さり気なく惚気んな。まあ……そうだな。レイン、今まで誰とも付き合ったことがないからな。まっさらだもんな。おまえが目を光らせてたせいで」
「まあな」
「ドヤ顔を止めろ」
「とにかく、オレはレインの気持ちを最優先するって決めたんだ。あいつが慣れるまでいくらでも待つさ」
「おまえ、変わったなぁ。本当にレインが大切なんだな。うんうん。いいことだ。ただ、それが実行できりゃいいけどな」
「? どういう意味だよ」
「やりたいって思いっきり出てるんだよ、顔に」
「なん……だと……?」

 本人はひた隠しにしているつもりだったらしいが、バレバレである。この話題になってからのデンジは、何というか、わかりやすく目がギラギラしているというか。隣に俺がいるのに変な妄想すんなよ、頼むから。
 しかし、普段からこんな調子だとすると、レインも何かを察しているんじゃないだろうか。というか。

「意外といけるかもしれないぜ? レインだって子供じゃないんだし、ある程度の知識はあるだろ」
「それはそうだが……」
「まあ、本人同士のことだから俺はとやかく言わないが、二人とも俺にとっちゃ大事な幼馴染なんだ。幸せになるように祈ってるぜ」
「オーバ……」
「さ、じゃあちょい急ぐか! レインが待ってんだろ?」
「ああ。あ、でもその前にコンビニに寄る」
「ん? 何か買うのか?」
「ああ。まあ、備えあれば憂いなしということで、一応」
「……」

 やる気満々じゃないか、こいつ。


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