恋に落ちる音3(デンジ視点)


 待ち合わせして、話題の映画を見て、カフェで休憩して、ウィンドウショッピングして、飯食って、ドライブして。デートコースなんて自分で考えたことがなかったから、在り来たりなことしかできなかった気がするが、それでもレインは終始楽しそうだったからよしとしよう。
 「ドライブデートならこれを貸してやろう」と、オーバに借りた……もとい、押し付けられたCDが車内のBGMだ。あいつの趣味なので当てにしていなかったが、艶やかな声の女性歌手が歌う、雰囲気のある曲が多く入ったCDだった。あいつこんな曲も聞くんだな、と驚いたが、今回はそのチョイスに感謝しようと思う。

「デンジ君。ありがとう。今日はすっごく楽しかった」
「ああ、オレも。でも、もう一ヶ所だけ連れていきたいところがあるんだ」
「どこに?」
「デートの締めといえば、夜景だろ?」

 我ながら本当に在り来たりなデートプランだと思う。でも、その在り来たりなことすらも、レインと恋人になってからは初めてのことだから、全部レインと経験したかったのだ。
 ナギサシティの郊外まで車を走らせて、古く狭い山道を登っていく。すれ違う車は一台もいなかった。まあ、こんな場所を知っているやつなんてそういないだろうな。

「着いたぞ」
「ここは……展望台? こんな場所がナギサにあったのね」
「ああ。見ての通り、道が古くて整備されてないから、こんなところまで来る奴のほうが珍しいだろうな」
「ふふっ。そうね。……わぁ! 星が綺麗……!」

 海に面した崖の上。手すりに身を預け、レインは夜空を見上げた。ナギサシティの夜の明かりにも邪魔されないこの場所からは、星がよく見えるのだ。

「素敵な夜景ね……」
「驚くのはまだ早いぞ」
「え?」
「もうそろそろだと思うんだけどな……」
「?」
「……ほら。始まった」

 オレが指差したのは、星空ではなく海面だ。レインの視線が不思議そうに、オレの指先を追いかける。

「……わぁ!」

 暗い海面にポゥ、ポウッと、次々に浮かび上がる赤い光。それは人間の鼓動と同じリズムで、ゆっくり、ゆっくり、消えては点き、点いては消える。

「すごい……! まるで赤いお星様が海で瞬いているみたい。あれって、もしかしてポケモン?」
「正解。ヒトデマンの群れだよ。ヒトデマンは星がよく見える夜に、海底から浮かび上がってコアを赤く点滅させるらしい」
「そうなのね……! デンジ君はこんなに素敵に見える場所を知っていたのね」
「いや、それがたまたま見付けたんだ。少し前にライチュウと喧嘩したとき、怒って脱走したライチュウを追いかけてここまで来たんだよ。あのときは大変だったけど、今日役に立てたな」
「ふふっ。そうだったのね。デンジ君はこれを見せてくれるためにここまで連れてきてくれたのね。……ありがとう」

 満点の星空。ヒトデマンたちが作り出す海の星。穏やかな波の音。柔らかく頬を撫でる海風。そして、目の前で微笑む恋人。デートの締めのシチュエーションとしては、完璧ではないだろうか。
 オレが心の中で自画自賛していると。

「デンジ君。私……」

 レインは手すりをギュッと握り、伏し目がちに呟いた。何かを言いかけて、でもそれ以上が喉から出てこないような、少し切なげな表情だ。
 その右手に、オレの左手を重ねた。ゆっくりでいいから、話してみて欲しい。その気持ちが伝わったのか、レインは静かに口を開いた。

「デンジ君に好きって言われたときの私は、デンジ君のことを愛していて、世界で一番大切だと思ってた。でも、デンジ君に恋をしてるかは……正直、わからなかったの」
「……ん。まあ、そうだな。十年以上ずっと一緒にいた、そこにいるのが当たり前だった奴を、いきなり異性として意識しろっていうほうが難しいだろうな」

 オレが怒ったと思ったのだろうか。レインは必死に首を振った。

「でも、今日ちゃんとわかったの。……私、恋してる。デンジ君、貴方に……恋してる」
「うん。知ってる」
「え?」
「そんなこと、とっくにわかってる」
「ええっ!? だって、私自身にもわからなかったのに」
「レイン鈍すぎ。おまえ、さっきオレのことを話してた自分がどんな顔をしてたか、自覚あるか?」

 蕩けるような、夢見るような、熱に浮かされたような、そんな甘ったるい表情を、レイン自身見たことがないのだろう。想いを伝えたあのあと、オレがキスしたときも同じような表情をしていた。……それに。

「それに、その髪と化粧も、今日がデートだから頑張ってくれたんだろ?」
「う、うん。少しでも、可愛くなれたらいいな……って」
「ほら。誰かのために可愛くなりたいなんて、それが恋以外のなんだって言うんだよ」

 笑いながら、控えめにデコピンしてやる。レインは額を両手で押さえながら、嬉しそうに、恥ずかしそうに、笑った。
 その両手を掴んで、引き寄せ、身を屈めて、薄く色付いた唇に触れるだけのキスをした。このくらいにしておかないと、キスだけじゃ我慢できなくなりそうだと思ったからだ。理性が働いた自分を褒めてやりたい。
 軽いキスだけで耳の先まで真っ赤にしてしまったレインを、腕の中に閉じ込めた。すると、控えめに、オレの背中にも腕を回された。そのことに少しだけ驚いていると、レインは顔を上げて笑った。

「デンジ君。ありがとう。誰かに恋をするなんて、こんな素敵な気持ちを教えてくれて、本当にありがとう」

 息が、詰まる。不覚にも、思わず泣いてしまいそうになって、レインの顔を胸に押し付けた。愛しい、愛おしくてたまらない。それ以上の言葉が今は見付からない。
 恋することを教えてくれてありがとう、なんて、なかなかの殺し文句だ。オレが今まで大事に育てていた想いは、きっとこの日のためにあったのだ。
 よかった。レインを好きになって、本当によかった。
 満点の星空と、海面の星空の狭間で、オレたちはもう一度キスをした。これからきっと、飽きるくらいたくさんのキスをするけれど、今夜キスしたときに抱いた気持ちは、きっと、ずっと忘れない。



2019.7.11


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