波打ち際のストーリー


浜辺でブビィと一緒に遊びながら、俺は時折、辺りを見回してもうすぐ来るであろう人物を探した。
今日は珍しく、デンジが外で遊ぼうと提案してきたのだ。デンジが外で遊ぶと言ってきたことも珍しいのだが、それ以上に、驚愕したことがあった。紹介したい奴がいるから、という理由付きで、デンジは俺を誘ったのだ。
誘われた時の俺は相当間抜けな顔をしていただろう。数秒間をおいて出てきた言葉が「お前、俺以外に友達いたのか?」だった。もちろん、返事の代わりにデンジからは全力のパンチが返ってきた。悪い悪いと謝りながら、俺はその約束を二つ返事で承諾したのだった。
でも、本当に驚いたんだ。デンジが俺以外に友達がいる、ってことに。機械マニアで人と群れることを好まないデンジは、ナギサの同年代の子供の中で浮いていて、俺以外の誰かといることを見たことがなかった。
それを心配した俺が、お前もうちょっと協調性を持って友達作れよ、と言ったこともあったが、機械いじり仲間なら一人いると返され、その時も驚いた。最近はその話も聞かないが、まさか紹介したいというやつがそいつではないだろう。俺が機械に微塵の興味も持っていないことをデンジは知っている。あえて俺に紹介してくる理由はないはずだ。
だとしたら、いったい誰だろう。しかし、よく考えれば俺とデンジもちぐはぐだよなぁ。

「よ、オーバ」

背後から名前を呼ばれた。どうやらデンジが来たようである。隣にいるのはどんな奴だろうか。
ブビィを抱き上げて、期待を込めながら振り向いた。しかし、そこにいたのはデンジ一人だった。いや、正確には確かにもう一人、デンジの背後にいるのだが、恥ずかしいのかなんなのか、隠れるようにデンジの背に身を寄せている。
俺はさらに驚愕した。デンジが紹介したいと言う奴が、明らかに女の子だったから。

「デンジ、お前、紹介したいのって」
「ああ。オレの後ろにいる」
「いつ彼女なんて作ったんだよ!このマセガキ!」
「何言ってんだよ、お前は。そんなんじゃねぇよ。ほら、レイン」

レイン、とデンジは呼んだ。あまり馴染みのない響きの名前だと思った。外国出身の子なのだろうか。そんなことを考えていると、デンジの背後にいた女の子……レインは、恐る恐ると言った様子で顔だけを出した。
真っ白な肌に、浮き上がった二つの青。雨を塗り固めたような瞳の色をした子だと思ったのが、第一印象。
レインはデンジの横に立つと、オドオドした様子で俺を見つめてきた。左手は、ワンピースをぎゅっと握りしめている。大人しそうというか、正直、少し暗い子なのかもしれないと思った。まあ、デンジがデンジだから仕方がないか。俺は自分から自己紹介することにした。

「よ!俺はオーバ!こいつはパートナーのブビィって言うんだ!」
「……」
「ほら、レイン」
「あ、あの……初めまして。レインって、言います」
「レイン!よろしくな!」

ニカッと笑ってみせると、レインは少しだけ表情を和らげ、ペコリと頭を下げた。「頑張ったな」と、デンジがレインの頭を優しく撫でている。
異様な光景だった。あのデンジが、誰かの世話を焼いているなんて。ポケモンに対する以外に、あんな表情をするなんて。
その理由を俺が知ったのは、帰りにレインを二人で送り届けた時だった。レインは灯台の麓にある、孤児院の子供だった。

「あいつ、この前ナギサの海で溺れてて、それ以前の記憶がないんだ」

その話を聞くのは初めてではなかった。一週間ほど前だろうか。大人達がそういう噂話をしているのを聞いたし、ニュースでも小さく取り上げられていたから。まさかそれが、レインだとは思いも知らなかったけれど。

「まだ、オレ以外の前では笑おうとしないんだ。だからさ、オーバも仲良くしてやってくれよ。人を笑わすのはお前の得意分野だろ?」
「いや、良いけどよ、アフロを見ながら言うなアフロを」
「オレの予定では、お前に逢った瞬間、レインが吹き出すはずだったんだけどな」
「だからアフロを見ながら言うなっつーの!つか、珍しいよな」
「何がだよ?」
「デンジがそこまで人の世話を焼くというか、他人に関わるなんて」
「まぁな。レインって名前を付けたのもオレだし、海で溺れてたところを助けたのもオレだし」

お前だったのかよ、という言葉は出てこなかった。デンジが、俺の知らない顔をして笑っていたから。

「なんていうか、捨てられたポケモンの親になった気分?そんな感じだな」

あー、それなら納得。デンジがこんな顔をするのも、ああやって世話を焼くのも。デンジ、ポケモンのことになると人が変わるからな。まるで宝物にでも触れるかのような、そんな優しさを持って、接するから。

次の日も三人で遊ぶ約束をした。例の浜辺に行ってみると、先にいたのはレイン一人。どうやらデンジはまだらしい。俺の足音に気付くと、レインは緊張した様子で立ち上がって、ペコリと頭を下げた。うーん、そんなに固くならなくてもいいんだけどなぁ。

「よ、レイン」
「こ、こんにちは」
「デンジはまだなんだろ?座って待っていようぜ」
「う、うん」

デンジがいないからか、昨日に増してレインの表情は暗く見えた。
次から次へと質問を投げかけて会話を試みたが、レインから返ってくるのは質問に対する答えのみで、そこで会話のキャッチボールは途切れてしまう。
どうしたものかなぁ、と重い沈黙に耐えながら会話のネタを探した。俺には結構友達が多いと思うけれど、レインみたいな奴は初めてだったから、どう接していいか分からなかった。

「あ、あの、オーバ……くん」

俺の心境を察したのか、レインはどもりながらも口を開いた。

「う、うまく話せなくて、困らせて、ごめん、ね。でもね、私、あの、オーバくんと仲良くなりたい、の。デンジくんの一番のお友達だから、素敵な人だって、分かるの。だから、あの、私、こんなだけど、もっと、お話しできるように頑張るから、あの……」

嫌いにならないで、と、レインは消え入りそうな声で言った。
そうだ。レインはまだ、暗い闇の中にいるんだ。いきなり、光がある方に連れ出そうとしても怯えるだけだ。少しずつ、少しずつ、光を見せてやらないと。
次々とマシンガンのように質問をしてしまった数分前の自分を反省し、それからはゆっくりとした会話を心掛けた。すると、会話は続くようになったし、微かにではあるが、レインが笑ってくれるようになった。
それだけなのにとても嬉しくて、レインの笑った顔がすげぇ可愛く見えて、思わず心臓がドキッと鳴ったりして、ガキが惚れるには十分だった。
でも。

「悪い、遅れた」
「よぉ、デンジ!遅いぞ!」
「デンジくん」

デンジが現れただけで、レインは小さな花のように綺麗に笑った。恋心が生まれた瞬間、砕け散ったことを悟った。
確かに俺はどんな奴とでも仲良くなれるし、レインとも仲良くなれると思う。でも、どうしたってデンジには敵わないんだろうなと言うことが、痛いくらいに良く分かった。

「デンジ」
「なんだよ」
「やっぱり、レインを光の中に連れ出せるのはお前だけだよ」

何言ってんだこのアフロは、とでも言うような目でデンジは俺を見た。今はそれでいいんだ。レインのことを目の離せない小さなポケモンとばかり思っているデンジの考えが変わるのも、デンジのことを主人のように慕うレインの気持ちが変わるのも、時間の問題なのだろう。







「長かった……あれから何年だ?軽く十二、三年は経ったぞ?」
「何の話だよ」
「いや、俺達が初めて三人で遊んだ時のことを思い出していたんだ」
「ああ……そんなときもあったな」
「ふふふ。デンジ君。俺はあの時からお前らがこうなることを予測していたんだぜ」
「嘘つくなよ」
「いやマジで」
「はいはい」

まるで信用していないデンジは、さっきからちらちらと時計ばかりを気にしている。
真っ白なスーツに身を包んだデンジは見慣れないが、悔しいくらい良く似合っていると思う。きっと、真っ白なドレスに身を包んだレインと二人並んだら、それはそれは絵になることだろう。

「そろそろレインの準備が出来たんじゃないか?」
「ああ……そうだな」
「ははっ!なに柄にもなく緊張してんだよ!」
「うぜぇし緊張してねぇし頭を叩くなセットが乱れる」
「髪のセットが乱れたところで色男に変わりはないから気にすんな!」
「それもそうだな」
「うわ、うぜぇ」
「それより、おまえスピーチでミスするなよ。あと、余計なこと喋ったらその場でお前のアフロ刈るからな」
「心配すんなって。新郎新婦、両サイドから友人代表スピーチの依頼があったんだから、うまくやるって!まったく、デンジもレインも俺のことが大好きなんだから仕方ないなぁ」
「うぜぇ」

と言いつつ照れくさそうに口を尖らせているあたり、昔と変わらないなと思う。
きっと、俺達三人の関係も、何も変わらないのだろう。デンジとレインが結婚しても、たまに三人、もしかしたら俺の未来の嫁さんも一緒に集まって、笑い合うのだろう。

「ほらほら、行ってこいよ。お前の愛しい花嫁が待ちくたびれるだろ」
「だから、うぜぇ」
「ははっ。なあ、デンジ」
「なんだよ」
「幸せにしてやれよ」
「当然だろ」
「あと」
「ん?」
「お前も幸せになれよ」
「……レインが幸せならオレも幸せだよ」
「ひゅー。デンジ君かっこいー!」
「うっぜ!」
「はははっ!」
「……なぁ、オーバ」
「ん?」

デンジは俺の方を見なかったが「ありがとうな」という言葉を、俺は聞き逃さなかった。
ぽんと背中を押してデンジを送り出した後、俺も自分の役割を果たすために控室を出る。ナギサの海が見えるこの教会で永遠の愛を誓う幼馴染に贈る祝福の言葉を、何度も何度も頭の中で繰り返しながら。

「幸せになれよ、二人とも」





20120123


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