可愛い子には敵わない


ピチュー、ピカチュウ、ライチュウ。この三匹と言えば、全国的に名が知られているアイドル的ポケモンである。特別に強いポケモンではないが、その愛らしさで人々の心を鷲掴んだ電気タイプのポケモンだ。
電気タイプ使いは必ずと言っていいほど手持ちに入れており、オレも例外なくライチュウを切り札の一匹としているのだが、ゲットしたのはずいぶん遅い方だった。

十歳になり、オレが初めて手に入れたポケモンはエレキッドだった。当時のナギサジムリーダーから譲り受けた、かなり思い入れのあるやつだ。
最初は一緒に遊ぶだけだったが、次第にバトル練習もするようになり、初めてのジム戦にはこいつを軸に挑んだ。エレキッドの十万ボルトでジムリーダーを倒し、バッジを手にしたときの嬉しさといったら、今思い出しても感慨深いものがある。
初心を忘れないようにと言う意味も込めて、このときからオレは電気タイプを極めると心に決めた。

ニ匹目のポケモンは、カントーから来たイーブイだ。カントーから六匹来たイーブイは、素質あるトレーナー六人に渡されて、シンオウ地方での進化の可能性を試された。
ちなみにその六人というのが、オレ、オーバ、ナタネ、スズナ、ゴヨウ、バクだ。バクなんて当時六つほどだったが、オーバの弟だからという理由で、当時ナギサジムリーダーに推薦されたのだ。
どう進化させるか悩んでいたオレは、初のジム戦後、迷いなくサンダースに進化させた。
余談だが、シンオウ地方で新たな進化を遂げたのはナタネとスズナのイーブイで、それぞれリーフィアとグレイシアに進化した。

三匹目のポケモンはコリンクだ。初のジム戦を終了してナギサに帰る途中、草むらでゲットした。
実は色々とややこしいことがあったのだが、オレが初めてモンスターボールを使って捕まえた特別なポケモンであることに変わりはない。
現在、最終形態にまで立派に進化したこいつは、オレに全忠誠を捧げてくれている。その期待に応えるトレーナーでありたい、と思う。

そして、四匹目にゲットしたポケモンがピチューだ。電気使いを志す身として猛烈にピカチュウが欲しかったオレは、当時のジムリーダーに頼み込み、ピカチュウが野生にいるカントーのジムリーダーから卵を送ってもらった。
眠るときも、遊ぶときも、バトルの練習をするときも、常に卵を傍に置いた。その結果、生まれたピチューの可愛さは異常なもので、今までのポケモンの比ではないくらいに溺愛した。
我が儘を言われようが、悪戯をされようが、可愛さに免じて何でも許し、徹底的に甘やかしたのだ。
しかし、一度だけこのピチューに堪忍袋の緒が切れたことがあった。







オレは幼い頃から機械いじりが大好きで、同い年の子供と外で遊ぶよりも家にこもって時計を解体するようなガキだった。
そんなオレがせっせと作ったゼンマイ仕掛けの電気人形に、ピチューは膨大な電気を流して破壊したのだ。今だったら一日あれば完成出来るような玩具でも、当時のオレにとっては数日かけてやっと完成させることが出来た玩具だった。
頭の中で、何かがプツリと切れたような音がした。いくら何でも悪戯が過ぎる、と感情のままに怒鳴り散らすと、ピチューは泣きながらオレの部屋を飛び出した。
一緒にいたレインが顔を青ざめている隣で、たまには怒ることも必要だと鼻を鳴らす。すると、レインは玩具の残骸の周りに残るピチューの気を『力』で探り「ワザとじゃないんだって。ピチューは、うまく電気をためられなくて、苦しくて、ボルテッカーを出しちゃったみたいなの」と、言った。
その瞬間、オレは後悔の念に苛まれた。ピチューはまだベイビィポケモンで、頬にある電気袋の発育が乏しい。うまく電気をためておくことが難しく、驚いたり笑ったりするとすぐに電気を放ってしまうのだ。そんなことも忘れて、あんな風に怒鳴り散らしてしまうなど、電気使いとして失格だ。
唇を歯で噛みながら、オレは家を飛び出してレインと共にピチューを探した。レインの『力』で探ってもらえれば、浜辺でいじけているピチューの姿をすぐに発見出来た。
「ピチュー」と声をかけて近寄ろうとしたが、ピチューは怯えてオレが進む度に後ずさった。素直に言葉を紡げないオレの代わりに、レインが進み出て仲裁に入ってくれた。
レインは屈んで、ピチューとなるべく視線を合わせて、優しい眼差しとゆっくりした口調で語りかけた。その話をじっくり聞いたピチューは、レイン越しにオレをじっと見てきた。
頭を下げて「ごめんな」と素直に謝れば、ピチューは嬉しそうにオレへと飛びついてきた。
小さな体を抱き止めた瞬間、その体から光が溢れた。ピカチュウへの進化、だった。
ピチューは、トレーナーを最大限に信頼したときに、ピカチュウへと進化する。それはつまり、オレとこいつの溝は完璧に埋まったということ。嬉しくて、愛おしくて、半分泣きながらピカチュウを抱きしめたんだ。
この一件以来、オレはこいつを叱ったことがない。







ジムリーダーになると決意し、戦力アップのためにライチュウに進化させてからも、こいつは愛らしさを失わない。相変わらず我が儘で、悪戯好きで、自分の容姿を武器にする小悪魔な面もあるが、人なつっこく甘えたがりの可愛いやつだ。
……オス、だけどな。
オレに対してはもちろん懐いてくれているが、過去の事件で仲裁してくれたレインには、オレの次に懐いている。レインが家やジムに遊びに来たら真っ先にボールから飛び出して、オレよりも先に駆け寄っていくのだ。
今も、そう。

「ふふっ。ライチュウったら、くすぐったいわ」
「ライラーイ」
「……」

ソファーに座るオレとレインの間に陣取っているライチュウは、レインにいちゃいちゃと頬ずりしている。レインに好意を寄せるオレとしては、相手がポケモンとはいえ非常に面白くない光景だ。もし、相手が人間だったら再起不能にしているところ。
ちなみに、ベッドの上ではオレのサンダースとレインのイーブイが仲良く寄り添って眠っている。なんだ、この状況。寂しいのはオレだけか。

「ラーイ、チュ」
「!」
「あ゙」
「チャア」

あろうことか、ライチュウはレインの唇にキスしやがった。ポケモンということを最大限に利用した、甘え技だ。
しかもこのライチュウ、オレのことをちら見してニコッと笑ったのである。こいつ……確信犯か!
オレは無言でライチュウをモンスターボールに戻した。オレの不機嫌オーラが全開になったことを悟ってか、レインが少しびくついている。

「あ、あの。ごめんなさい。デンジ君が一番可愛がってるライチュウと、キス、しちゃって」
「……そっちに怒ってるんじゃない」
「え?っ、きゃ」

少し力を入れて腕を引けば、レインの体は簡単にオレの腕の中へ。こんなに至近距離にいて触れ合っているのに、相変わらず顔を赤らめてもくれない。意識されていない、か……レインにとって、オレは本当に幼なじみなんだろうな。

「デンジ君?あの」
「レインがオレにキスしてくれたら機嫌直してやるよ」
「え?」

少しだけ体を離し、レインを見つめてみる。
どうしてオレがそんなことを言うのか、戸惑っているようだった。いいさ、期待はしてなかったから。
冗談だと言おうとした、そのとき、頬に柔らかい熱を感じた。オレの頬に、レインが、キス、したんだ。

「これで、いいの?」
「……」
「あの、デンジ君?」
「……ああもう!」
「えっ?」
「おまえは……っ!」

嗚呼、たぶん、オレ、真っ赤だ。たかが頬にキスくらいで、情けない。
この顔を見られたくなくて、レインの体を胸に再度押しつけて、むちゃくちゃにかき抱いた。
チラリとライチュウのモンスターボールを見やる。モンスターボール越しに目があったライチュウは、やれやれというように笑っている?全く、今も昔も、こいつには色んな意味で敵いそうにない。
おまえみたいに、命を懸けてボルテッカー出来る勇気はまだオレにはない。だから、もうしばらくは、恋の仲裁役をよろしく頼むよ。
レインに見られないようにこっそりウィンクすると、ボールの中のライチュウも「任せとけ」というようにウィンクを返した。





──END──
2010.6.4


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