煌めくほどの強さを放て


バチッ!と、不吉な音を立てた瞬間に、訪れる暗闇。あーあ、またか。と、モンスターボール内にいるポケモン達は溜息をついた。視線の先にいるのは我らがマスター、デンジである。彼は「あー、やっぱり落ちたか」と、まるで天気の話をしているように暢気だ。
挑戦者が来なくて暇だからと、彼がジムの改造をし出すのはいつものこと。ついでに言うと、改造での電気の使いすぎで街を停電に陥れるのも、いつものことである。
いくらマスターが大好きなポケモン達でも、こればかりは何とか直していただきたいと頭を抱えているのだ。

「また停電したー!」という、ナギサの住民達の絶叫が聞こえてくる。輝き痺れさせるスターとは見た目ばかりの停電王子をジムリーダーとしている住民達が、停電における代表的な被害者ではないのだろうか。
しかし、デンジのことを本当に疎んでいる者はほんの僅かなのだ。スターと言われるほどの顔立ちの良さと、それに伴うポケモンの実力と知識は、目を見張るものがある。
野生のポケモンが街に進入したら誰が街を守るのかというと、それは決まってデンジだった。彼以上のバトルの腕前とポケモンの知識を持つ者は、この街にいないのだ。
さらに、灯台の修理なども主にデンジが行っている。機械イジリが好きな彼は、頼めば冷蔵庫やテレビなどの修理だってしてくれるのだ。
と言うわけで、デンジとナギサ住民の関係は、数パーセントの殺意と残り大部分を占める信頼とで保たれている。

「おーい、誰か照らしてくれ。手元が見えん」

まだ改造を続ける気かい!と、モンスターボール内でポケモン達は一斉につっこんだ。キング・オブ・マイペース。それがデンジ。改造中は回りが見えない。そう、いくら外が慌ただしい状態になっていても。
とはいっても、最近は住民達も学習して、一家に一匹は電気タイプのポケモンを手持ちに入れて、自家発電を行うようになってきた。それを知っているから、デンジも遠慮がなくなってきたのかもしれない。

「おーい、誰か出てこい」

しーん、と反応がない。遠くでは「真っ暗ー!」「チマリちゃん、大人しくしててー」と、ジム内でも騒ぐ声が聞こえる。
デンジの手持ちはみんなフラッシュを使える、使えるのだが。今使うべきではないだろう、とポケモン達は聞こえないフリをした。デンジとは一番付き合いの長いエレキブルでも、この命令はどうかと思っているに違いない。
しかし、いかなる時も彼の命令には従順に従うポケモンが、一匹だけいるのだ。
弾ける閃光、放たれる電光、鋭い眼光。星を思わせる長いしっぽの先が、周囲を照らした。

「お、レントラー。やっぱりおまえが出てきてくれたか」

デンジは満足そうに笑い、レントラーの頭を撫でた。レントラーはぐるる、と嬉しそうに喉を鳴らして目を細め、しっぽをデンジの手元に近付けた。「ありがとな」と、彼はまたジムの改造に戻るのだ。
レントラーがこうもデンジに従順なのには、理由があるのだ。それは数年前、デンジがまだ子供で、レントラーがコリンクだった頃に遡る。







当時野生だったコリンクはその日、運悪く足を挫いてしまっていた。おかげで歩くのも遅く、ましてや他のポケモンと戦えるわけでもなく、本当に散々だったのだ。
そこをちょうど通りかかったのが、イーブイを連れたデンジで、電気タイプのコリンクを見た彼は目の色を変えた。
人間に飼われて、他人の力で強くなるなんて冗談じゃない。ずっと野生いでいるつもりだったコリンクはマズいと思ったが、何せあいては将来ジムリーダーになるほどの実力を秘めたトレーナーだ。
砂かけでの目眩ましから始まり、電光石火に続いて噛みつくと、数分とかからず体力を減らされたコリンクは抵抗する元気もなくモンスターボールに収まった。「よし、コリンクゲット!」とデンジはすぐにコリンクをボールから出してみたのだが、彼ははっと目を見開くとポケモンセンターへと走った。
コリンクにはいまいち自分の状況が理解出来なかった。ズキズキと痛む足は包帯を巻かれて固定され、回復装置の中で快適に過ごすこと約三日。
コリンクをポケモンセンターに迎えにきたデンジは、彼をボールから出したままそっと地面におろして頭を撫でた。「もう足は治ったか?」との問いに一鳴きすれば、彼は「野生のままでいたいなら、強くなれよ」と笑って、コリンクに背を向けた。
そのとき、何故か無性に泣きたくなって、その後ろ姿にすがりつきたくなったのだ。
力の限りその背中にタックルをすると、デンジは数歩よろけたあと、コリンクを見下ろしてにっと笑った。「オレと一緒に強くなるか?」その言葉に素直に頷いて、今度はコリンク自らボールの中に入ったのだった。







人間との関わりを断って生きようとしていた自分に、光を与えてたくさんの世界を見せてくれた存在。それ以来、共に強さへの道を追い求め、最終形態にまで進化を遂げたレントラーは、デンジを唯一のマスターとして慕っている。
そう、他のポケモンから見るとそれはどうだろうと思うような命令でも、それがマスターの命ならばとレントラーは喜んで従うのだ。

「ちょっとこの回線に電気を流してみてくれ」
「がるる」
「サンキュ。光らねーな。ってことは、この回線は……」

そのとき、レントラーの瞳が煌めいた。眼光ポケモン、レントラー。その瞳が金に輝くとき、それはありとあらゆるものを透視する力を宿していると言われる。
レントラーはこの部屋の入り口を見つめたまま、低く唸った。

「どうした?レントラー。なにか」
「デーンージー……!」

ガガガッ、ともはや自動ではないドアが無理矢理こじ開けられ、狭く開いたそこから体を滑り込ませて部屋に入ってきたのはアフロ……もとい、オーバだった。彼はいわゆる温厚という部類に入り、デンジから理不尽な仕打ちを受けようとも本気で怒ることはないのだが、今回は違った。

「デンジてめぇ!このタイミングで停電させやがって!俺の三時間をどうしてくれる!?」
「はぁ?なんの話だ?」
「ゲームだよ!最後のダンジョンをようやくクリアし!苦労の末にラスボスを倒し!感動のエンディング!ってときに画面が真っ暗になった俺の気持ちが分かるか!?」
「こまめにセーブしときゃよかった話だろ」
「てめぇ他人事みてーに言いやがって!」
「あー、うるせーな。レントラー“放電”」
「がるっ!」
「な!?ちょっと待て!おまっ!俺今手持ちがいな……ぎゃああぁぁ!!!」

ご愁傷様、とモンスターボール内のデンジのポケモン達は合掌した。爆発したように真っ黒になってしまったアフロ……もとい、オーバはプスプスと煙を上げたまま目を回す。その傍らでは「よくやった」と最愛のマスターに撫でられているレントラーが、満足そうに喉を鳴らしていた。





──END──

2009.7.28


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