デンジの哲学


「可愛いは正義だからだ」

と、真顔でよくわからないことを言ってのけるのは、俺の幼なじみでありシンオウ地方最強のジムリーダーであるデンジだ。
こいつの、奇想天外というか、電波な発言や行動に、普通の人間ならば首を捻るところだが、長年一緒にいて、俺はすっかり慣れてしまったということが悲しい事実。
俺は遠い目をしながら、事の発端を思い返す。

「おまえって意外と、見かけによらず可愛いものが好きだよな」

そう、確か俺のこの何気ない呟きがきっかけだったんだ。
例えば、デンジのパートナーであり切り札でもあるエレキブル。今や主人より身長が高くなったあいつも、初めてデンジの手持ちになったあの頃は、ぬいぐるみサイズの人懐っこいやつだった。今だって、外見こそ多少強面だが、中身は昔と変わらず案外可愛いところがある。
例えば、俺のブースターとも仲の良いサンダース。カントー地方から着たこいつは、進化前はペットとしても人気のある、イーブイだった。イーブイを可愛くないと答える人間を、俺は今までに見た事がない。デンジのイーブイはエレキブルとは対照的に、性格が主人に似てしまい、多少冷めているというかクールというか。しかしデンジ曰く、ツンの中にあるデレが超絶に良いらしい。俺にはわからん。
例えば、異国の百獣の王を思わせる外見をしたレントラー。黒いたてがみ、鋭い牙と爪、それから眼差し。格好良い出で立ちで人気のポケモンだが、進化前はそれはそれは可愛いコリンクだった。確かこいつは、デンジが初めて自分の手で、つまりはモンスターボールを使って捕まえたポケモンだ。デンジの溺愛ぶりは異常で、口元は弛むわ目はニヤケるわで、普段のデンジからは想像つかない表情をしていた。
例えば、卵から育てたと言っていたライチュウ。ライチュウになってからも勿論だが、進化前のピチューとピカチュウ時代の可愛さときたら、もはや言葉に出来ない。愛くるしい外見と、それに伴って人懐っこく甘えたな性格をしているデンジのライチュウは、俺から見ても相当可愛い。ライチュウ自身、自分が可愛い事を知っているもんで、それをバトル時に武器として使ってくる事もあり、その時はライチュウの戦略に見事に溺れるのだ……オスなのにな、一応。
エレキブル、サンダース、レントラー、ライチュウ、こいつらがデンジの主戦力、というかジムの公式戦に登録しているポケモン達。他にも、ランターンというこれまた可愛らしいポケモンや、サブでエテボースとオクタンも持っている。サブの2匹もきっと、なにかデンジなりにぐっと来るものがあったんだろうな。
何が言いたいかって、デンジの手持ちは過去形や現在進行形で可愛いものが多いなという事。それで思わず呟いたのが、先ほどの俺の台詞というわけだ。それでもって、返ってきたのが冒頭の台詞である。
可愛い、確かにみんな可愛い。可愛いものが好きという気持ちも分かる。俺自身、炎タイプじゃないにも関わらずサブで育てているミミロップも、実は可愛さに惹かれたからゲットしたんだからな。
だが、デンジさん。可愛いはわかるが、正義の意味が分からないんだが。デンジの電波は今に始まった事じゃないが、毎回スルーするのも疲れるもんだぜ?

「見ろよ、オーバ」

ああ、どうやら今回はスルーする事すら許されないらしい。とりあえず言われるがままに、デンジの視線の先に俺も視線を合わせると、そこには見知った二人がいた。
一人は、ナギサジムで最年少のトレーナー、ピカチュウの着ぐるみをかぶったチマリという女の子。もう一人は、俺のもう一人の幼なじみである、レインだ。
二人は手を繋いで波打ち際を歩き、ときおり押し寄せる波に声を上げてはしゃいでいる。そんな二人を、砂浜に座って砂浜に座って眺めているのが、俺とデンジな訳だ。二人から視線を逸らさず、デンジはなおも俺に話しかける。

「オーバ、チマリの事をどう思う?」
「どうって……えらいなぁと思うぜ?小さいなりに、一人前のトレーナーだしな。だからか若干生意気な反面、ああやってガキっぽい姿や行動をしてんのが、まあ可愛いというか」
「そう、チマリは可愛い。というか、子供は可愛い」

おいおい、まさかロリコンに走ったんじゃないだろうなこの電波野郎は。と、そんな俺の心配は、デンジの次の言葉により、杞憂に終わった。

「レインが可愛いのは言うまでもないな。いや、あえて語るとすると、まずは目に入る外見なんだが、あれは異常だ。ぱっちりした目と、小さな唇と、白い肌と、高くも低くもない絶妙な身長。世界中の可愛さを持って生まれたとしか思えないな。素顔が分からないほどに化粧で顔を塗りたくった女より断然良い、むしろ比べるのが間違ってるがな。まぁレインなら化粧しても可愛いんだろうけど。細すぎるのがちょっとあれなんだが、逆にこう男として守ってやらなきゃってなるよな。そして、性格がこれまた可愛いんだよな。大人しくて控えめで優しくて気が利いて、女神か何かか?それから暗いところが苦手なとこなんか、もうヤバいぞ。オレが停電させる度に涙目になって、こう縋ってくるのがめちゃくちゃいい。いや、レインが怖がる姿は可愛いけどやっぱ可哀想だからすぐ直すんだけどよ、やっぱ涙目のあの顔が可愛くてまた電気を落とすんだけどな」

俺の耳は、三行目辺りからの言葉を聞き取る事を放棄した。いくつか聞こえてきた問題発言は、残念な事に俺の耳に否応なしに入ってきてしまったが。どんだけドSなんだこいつは。
なにはともあれ、そうでした。デンジはなんだかんだでレインにベタ惚れなのでした。わかった、わかってるから。とりあえず、そのマシンガンのように次から次へ言葉を発射する口を閉じろ。

「それからだな……」
「ちょーっとストップ!よーく分かった!チマリもレインも可愛い。だから何が言いたいんだ?」
「なんだよ。アフロのくせに俺の言葉を遮りやがって」
「毎回アフロネタを持ってくんな!」

ああ、ほらまた、話が脱線しそうになるだろーが。
不足そうに機嫌を曲げてしまったデンジだったが、聞こえてきた楽しげな悲鳴に目を細めた。ちょうど油断したところに波が来てしまったらしく、二人とも足下がびしょびしょになってしまったみたいだ。「冷たーい」と言いながらも、楽しそうな二人の表情に、俺の頬も自然と弛む。

「見ろ、あんなにも二人は可愛い」
「まあ、そうだな」
「なにかこう、心が穏やかになるだろ」

ああ、それは確かに。胸の中に生まれる、ふわりとあたたかい、微笑ましくて優しい気持ち。
ああ……これで、正義の意味が、何となく分かった気がした。

「もっとこうあたたかい気持ちになる人間が増えれば、争いや犯罪なんてなくなると思うんだがな」
「いや、街を大停電に陥れるおまえも限りなく犯罪者に近いぞ」
「オレはジムリーダーだから良いんだよ」
「どんなジャイアニズムだよ!つか、手持ちを可愛いのばっかで揃えたのは、明らかにおまえの好みじゃねーの?」
「まあ、半分以上がそうだけどな」
「そうなのかよ!」
「デンジくーん!オーバくーん!」

レインに名を呼ばれた時のデンジの反応といったら、それは見物だった。やる気なさそうにしていた目をパチリと開けて、立ち上がる。
波打ち際からここまでは、若干距離がある。だからか、レインは口に手を添えて、広いこの場所で声を張り上げた。

「チマリちゃんが一緒に遊びましょうってー!」
「……だってよ。俺はここにいるから、おまえ行ってこいよ」
「珍しいな。おまえが一番はしゃぎそうなのに。明日はアフロでも降ってくるか?」
「だからアフロをネタにするな!そして俺の傍で砂を払うな!こっちに砂が来る!」

俺の抗議はスルーして、デンジは靴をその場に脱ぎ捨てて、波打ち際に歩いて行った。
デンジに肩車をせがむチマリと、なんだかんだで肩車をしてやるデンジと、それを頬笑ましく見守るレイン。親子に見えなくはない事も、ない。なんてデンジに言えば、またニヤニヤして気持ち悪い顔をするんだろうから、言わない事にした。





──END─


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