78.失われた塔


「……少し、薄暗い、わね」

 薄暗い、というよりも……ロストタワーの中は靄が立ちこめていて、視界がいい状態とは言えなかった。
 ぼんやりした視界に浮き出るように、今は魂を失ったポケモンの体が埋葬されているお墓が並んでいる。その間を静かに通り抜け、私たちは二階へと続く階段を上った。
 二階は一階よりも靄が濃く、さらに多くの墓標があった。お墓参りに来た人も多いみたいで、いろんな方向からお線香の香りが漂ってくる。

(マスター。シャワーズ、なんだか悲しいよ……)
「……そうね」

 命ある者には必ず訪れる、避けようもない死。死を恐れずに、肯定できるような幸せな人生を送れていたら、きっと、安らかに逝くことが出来るのでしょう。
 『力』が、発動する。形なき者たちの姿が見える、聞こえる。
 視線の先には、墓標の前で泣き崩れている男の子と、透けた体で宙に浮くミミロップという、異様な光景が飛び込んできた。あのミミロップは恐らく――霊、だ。

「たくさん、一緒に生きてくれてありがとう」
(わたし、あなたのポケモンでいられて幸せだったよ)
「またいつか会おうね。僕、それまで君のこと忘れないよ」
(わたしもずっと忘れない……ありがとう)

 ミミロップは、宙に溶け込むように、消えてしまった。これが成仏、という現象かしら。
 霊が見えるのは昔からだった。私には霊感があるものとばかり思っていたけれど、見えるのはポケモンの霊ばかりだと、あるときに気付いた。これも『力』の一つかもしれない。私の『力』は現状、ポケモンに対してのみ働くから。
 気が付けば、私たちは三階まで上がっていた。二階とは比べものにならないくらい、一気に靄が濃くなった。数メートル先も見えるか危うい。きりばらいでも使えるポケモンがいれば別でしょうけど、私の手持ちにひこうタイプのポケモンはいない。

(マスター、もう戻ろう)
「そうね。誰もきりばらいを使えないし、視界が不安定で危な……」

 そのとき、脳をハンマーで力一杯叩かれたような衝動が走った。頭、全体が、割れるように、痛、い。
 あまりの痛みに立っていられなくなった私は、ガクリと地に膝を突いて、頭を抱え込んでしまった。

「いた……っ」
(マスター?)
「……や、っ」
(マスター!)

 頭を叩き割るような、強い思念。これは、ポケモンたちの、負の、感情?

(人間ダ! 醜イ生キ物! 人間!)
(俺ハギンガ団ニ殺サレタ)
(自分勝手ナ生キ物! ポケモンヲ使イ、破壊ヲ繰リ返ス生キ物!)
(憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいニクイニクイニクイ……!)

 嗚呼、さっきのミミロップのように、幸せに過ごせたポケモンばかりじゃないんだわ。人間に対する憎しみ、恨みを持って死んでしまった、ポケモンの怨念が伝わってくる。
――私の名前を、呼ぶ、シャワーズの、声が、だんだん、遠くなっていく。痛みと、ポケモンたちの哀しい感情に耐えきれず、目尻に冷たいものが伝う感触がしたと同時に、私は意識を手放した。





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