77.強さの標


 ここはヨスガシティから東へと伸びる道――209番道路。雑木林と草むらの間を縫うように流れる小川が、旅人たちの目に映る風景を豊かにしてくれている。
 そんな小川の傍で、シャワーズとハヤシガメが対峙する。シャワーズのトレーナーはもちろん私。そして、ハヤシガメのトレーナーはジュン君だ。

「シャワーズ、みずでっぽう!」
「やったな! でも、みずタイプの技なんか痛くも痒くもないぜ! こっちもすごいの見せてやる! はっぱカッターだ!」
「みずでっぽうで撃ち落として!」

 私たちが209番道路を進んでいると、後ろから勢いよく走ってきたジュン君から「レインー!」と呼び止められ、バトルを挑まれたのがことの始まり。ヨスガシティからもズイタウンからも中途半端なこの場所で、ポケモンの体力が減るのは不安だったから一対一ということを条件として、バトルを始めたのだ。
 ナエトルから進化したハヤシガメは、以前フタバタウンで戦ったときとは比べものにならないくらい、強い。でも、この子だってイーブイからシャワーズに進化したし、経験だって積んできた。成長したのはお互い様。みずタイプとくさタイプ、相性の問題も越えてみせる。

「シャワーズ、全力でオーロラビーム!」

 氷点下の冷気を帯びた光線が、ハヤシガメ相手に炸裂した。対ナタネちゃんのときと同じように、くさタイプのポケモンにこおりタイプの技は効果抜群だ。ハヤシガメはよろめいて、倒れた。
 赤い光線がハヤシガメを包み込む。ジュン君はハヤシガメを戻したモンスターボールをベルトに付け直しながら、嘆いた。

「うわー! やっぱり、あれは無理だな」
「あれ?」
「なーなー、レイン。こないだの話、覚えてるか?」
「こないだ……?」
「ハクタイシティで言ってたやつだよ」

 ハクタイでシティジュン君と会ったのは……あのポケモン像の前……あ、そういえばアカギさんにぶつかったときに。

「自分の技は全部当てる、相手の技は全部避ける?」
「それだ! いい考えだと思ってたけど、全然うまく行かないんだよな」
「そうね。戦う相手だって、ジュン君と同じように全力で挑んでくるもの。ポケモンたちを地道に鍛えて、一緒に強くならなきゃ」
「だな。よーし! じゃあ、おれは次の町! ズイタウンに行くぜ! レイン! 次に会ったときのおれの成長に驚けー!」

 「次に負けたら罰金だからなー!」と叫びながら、ジュン君は全力疾走していった。彼は移動の全部を走っているのかしら。走り去る背中を見送るのにも慣れてしまった。
 おいで、とシャワーズを呼ぶ。褒めてと言わんばかりに尻尾を振りながらすり寄ってきたシャワーズの背中をひと撫でしてあげる。

「お疲れさま。ありがとう」
「シャワッ!」
「私たちはのんびり行きましょうか。こんなに素敵な景色だもの」

 旅をしなければ知らなかったことがたくさんある。擦れる草の音、運ばれてくるお花の匂い、風が頬を撫でる感触、すれ違う人と交わす小さな挨拶。
 些細なことだけど、旅をこんなにも楽しませてくれる。歩いてばかりだと疲れるけれど、それ以上に、次はどんな景色に出会えるのかわくわくできる。
 道を進みながら、流れる水の音を聞いてそわそわしていたシャワーズだったけれど、とうとう我慢できず勢いよく小川に飛び込んだ。小川を覗き込んでみると、ここを住処としているトサキントたちにシャワーズが話しかけているみたいだった。
 お喋りを終えて満足したのか、水面に上昇してきたシャワーズはそのまま陸地に飛び出して、勢いよく体を震わせた。

「きゃっ! シャワーズったら、冷た……あ」

 顔を上げてみて、いつの間にかそこにあった大きな建物に気が付いた。塔だ。その入り口から、ひんやりと冷気が漂い出ているような気がする。
 ヨスガシティの大聖堂で会った人が言っていた、おそらく、ここがロストタワー。魂を失った体が置き去りにされた、不思議な塔。
 陽が沈み始めてるし、今日はこのままズイタウンに向かうつもりだった。それなのに、私の足は自然とロストタワーの入り口に向かっていた。





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