76.神話の語り部


 コンテストがあったから、ヨスガシティにはずいぶん長いこと滞在していた。でも、シンオウ地方東部を代表するほど広いこの街には、まだ行ってないところがあるのだ。
 コンテスト会場はもちろん、触れ合い広場も料理教室も行った。ポケモン大好きクラブ本部には、ポフィンのお裾分けに料理教室の人と一緒に訪れた。
 あと、他に行っていない有名な場所といえば、大聖堂だ。ヨスガシティを出発する日、私たちはそこに立ち寄ってみることに決めた。

「すごく大きい。それに、なんて神秘的な建物……」

 陶器のように滑らかで、白を主調としたその外観に、思わず息を飲んだ。コンコン、階段を上がれば大理石で作られたそれが、ブーツとぶつかって音を立てる。ギイッ。ゆっくりと、大きくてずっしりとした扉を引きながら開いた。
 大聖堂の中も、外観と同じく神聖な造りをしていて、荘重な雰囲気を醸し出しながらも、訪れた人を優しく包み込むような慈悲をも持ち合わせているみたいだった。ステンドグラスから射し込む光が、虹色の影を落とす。シャワーズはこの場の空気を察知して、大人しく私の後ろをついてくる。
 両脇に設置された長椅子の間に挟まれた絨毯を進んで、私は神前に立った。静かな空間の中で耳を澄ませると、いろんな人たちの話し声が聞こえてくる。
 「心を視ることはできない。だから不安になる。だが、視ることができないものを縛り付けるなんて誰にでき来ない」
 「親父がいて俺がいて息子がいる、それが人生なんだ。そして、自然があってポケモンがいて俺がいる。それが世界なんだ」
 「人は寂しいのが当たり前。だから人に優しくできるの。だから素敵な明日を望むの。ただ、寂しいこと苦しいことは時間と世界が癒してくれる。そんなこともあるわね」
 「世界中の人が口にしてそれでも語り尽くせない言葉。それが『愛』と『幸せ』」
 「いろんなポケモンいろんな人、みんな違うの当たり前。強いポケモンとか弱いポケモンとか決め付けず、みんなのいいところを探せばきっと素敵なこといっぱいね」
 「物質と精神。どちらが勝ちすぎても、どちらが負けすぎても、よくないの。大事なのは釣り合い。バランスがとれていることなの」
 「物を作ると心が疲れる。心が癒されると物を作りたくなる……不思議なことよのう」
 みんな、それぞれ想いを抱きながら、この場にいるのだと感じた。

「あれは……?」

 ステンドグラスを見上げた。テンガン山らしき絵の頂上に、不思議な生き物が描かれている……あれはポケモン?

「……っ!?」

 な、に、『力』、が。脳裏に、不思議な文字が、浮かんで、並んで、言葉に、なる。

「……そうぞう……ポケモン」

 宇宙、生まれる前、その者、一人、呼吸する。宇宙、生まれしとき、その欠片、プレートとする。生まれてくるポケモン、プレートの力、分け与えられる。
プレート、握りし者、様々に変化し、力ふるう。プレートに与えた力、倒した巨人たちの力。その者、時間、空間の二匹、分身として世に放つ。
 その者、時間、空間を繋ぐ、三匹のポケモンをも生み出す。
 二匹に物、三匹に心、祈り、生ませ、世界形作る。
 混沌のうねりより誕生し、千本の腕により、宇宙と全ての世界を生み出した。
 そのポケモンの名を……

「ア、ルセ、ウ、ス」

 そう呟いた途端、脳裏に浮かんでいた不思議な文字の羅列が弾け飛び、我に返った。
 シンジ湖で『力』が発動したときのような、途方もない脱力感に襲われて、膝をつく。自分が発した声のはずなのに、まるで自分の声じゃないように聞こえて、全身に鳥肌が立った。
 シャワーズが不安そうに、鳴いた。その首筋をぎゅっと抱きしめた。
 アルセウス……というのかしら、このポケモンは。文字が、自然と頭に浮かんできて、繋がって。確信はないけれど、このポケモンのことなんだって……わからない。
 首を振って、ゆっくり立ち上がった。そのとき、長椅子の一番隅に俯いているおじいさんが視界に入った。雫が重力に従って落ちている。私はおじいさんの前にそっとしゃがんだ。

「あの、大丈夫ですか? 具合でも悪いんですか?」
「……大切にしていたビッパに先立たれてねぇ、ここで冥福を祈っていたんだ」
「それは……お気の毒に」
「泣いても祈っても、大切な者を失った悲しみは簡単になくならない。そんなとき、人は持ちきれない悲しみをロストタワーに置いてくる……」
「ロストタワー?」
「ああ……きみも209番道路のロストタワーに行けばわかるさ」

 おじいさんに言われた言葉を考えながら、私は大聖堂を後にした。
 次はこのままズイタウンに行く予定だった。ズイタウンには行くには209番道路を通らなくちゃいけないから……ロストタワーも途中にあるのかしら。

「……行ってみましょうか。ロストタワーに」

 失われた何かが、その塔に眠っている。そんな気がするの。



Next……ズイタウン


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