72.蛹が蝶に羽化した日
『さあ、今回のポケモンコンテスト美しさ部門！ いよいよ最終審査を迎えました！ 厳しい審査を突破し、ここまで辿り着いたポケモンとコーディネーターたちの紹介です！』
最初にステージに駆け上がっていったのは、ジュンさんとポニータ。
『フタバタウンのジュン！ そして、パートナーはオレンジの炎のたてがみが美しいポニータ！』
そして、ヒカリさんとパチリス。
『同じくフタバタウンのヒカリ！ パートナーは煌めく電気を放つパチリス！』
続いては、コウキさんとルクシオ。
『かっこよさ部門で優勝経験を持つ、マサゴタウンのコウキ！ パートナーは漆黒の毛並みを持つルクシオ！』
「さあ、私たちも行きましょう」
レインさんの言葉を合図に、僕たちもステージに上がった。
『ナギサシティのレイン！ パートナーはなんと、珍しいみずポケモンのヒンバス！』
その瞬間、会場内の一部がどよめいた。レインさんや他の参加者は気付いていないかもしれないけど、僕の耳には確かに聞こえた。「どうしてあんな子が？」「ヒンバスがこんなところまで、しかも美しさ部門で勝ち上がるなんて」「トレーナーが不正してるんじゃない？」
僕だけが悪口を叩かれるのならいいんだ、慣れているから。でも、レインさんまで悪く言われてしまうなんて。
ガタガタと体が震える。そうしている間に、最終審査は始まってしまった。
最終審査は三つの技を続けて出して、技の美しさを競う。一番手のポニータは『ほのおのうず』を使って輪を作り『かえんぐるま』で体に炎を纏って輪をくぐり、空中でしっぽを一回転して『ひのこ』を辺りに降らせる。蛍火がステージ中に降り注いで、歓声が上がった。
こんなの、どうやったって勝てるわけがない。むしろ、世界一醜いと言われている僕が他のポケモンと同じ舞台に立つこと自体、烏滸がましかったんだ、
（……っ）
「ヒンバス、落ち着いて」
（や、やっぱり、僕には無理です）
「そんなことないわ。やってみないとわからないじゃない」
（いいえ！ 僕はレインさんに相応しくありません！ 僕なんかレインさんの仲間にならなきゃよかったんです！）
二番手はパチリスだ。『でんこうせっか』と『スピードスター』を同時に発動させて、瞬く間に星を飛ばす。それを『ほうでん』で撃ち落として、たくさんの星屑を作ってみせた。その美しさに、会場から感嘆の息が漏れる。
僕の頭上からは微かに悲しみを含んだ声が降ってきた。
「……そんな悲しいことを言わないで」
（……）
「貴方は、私が生まれて初めて自分の手でゲットしたポケモンなの。貴方が仲間になってくれたとき、私がどれだけ嬉しかったかわかる？」
（……レインさん）
「優勝できなくたっていいわ。でも、自分のことをそんな風に言わないで。貴方は私の、大切な仲間なんだから」
三番手のルクシオが前に進み出る。『じゅうでん』で体中に電気をまとい、高らかで美しい『なきごえ』を上げたあと、コウキさんが投げた輝く岩を『かみなりのキバ』で噛み砕いた。
次は……僕の番だ。僕は……っ。
（……たい）
「ヒンバス？」
（僕は……レインさんに相応しいポケモンになりたい！）
ドクン！ 心臓が強く鼓動を打った、気がした。あれ……？ なに、なんだか、体中、が、熱い……！
体中からエネルギーが満ち溢れてくる。どこから出ているのかわからない光で、もう目を開けていられない。
瞼越しに光がおさまったのを感じて、恐る恐る目を開けたら、レインさんが驚いたように僕を見上げていた。……え？ 見上げて？
「ヒンバス……いえ、ミロカロス」
『なんと！ 演技直前に、最も醜いと言われるヒンバスが、最も美しいと言われるミロカロスに進化しました！』
会場が爆発したのかと思った。それくらい、審査員席の人も観客席の人たちも声を上げていた。
モニターに映っているのが……僕？ 信じられない。僕自身、進化できるなんて知らなかった。しかも、こんな姿に……。
「ミロカロス」
レインさんの声にハッとする。そういえば、レインさんは進化した僕の技を知らないんじゃ……という考えは杞憂に終わった。
レインさんが、そっと目を閉じる。あのときと同じ、僕の中に秘められた技を探っているみたいだった。
「『みずあそび』で辺りに水を散らして、そして『たつまき』」
ステージ上にシャワーのように水を降らせ、その水をいくつもの小さな竜巻で巻き上げる。新しい技でも、戸惑わずに使うことができた。
「これが最後よ。『リフレッシュ』」
体中の毒素を抜くための淡いグリーンの光を発すれば、会場中が大歓声に包まれた。この歓声、全部が僕の演技に向けられたものなんて、信じられない。
でも、僕の隣でレインさんがとても嬉しそうに笑うから、ああ、これは本当なんだという実感が少しずつ沸いてきて、僕も自然と笑顔になったんだ。