71.貴方と私でワルツを


「……通った」

 控え室に設置された、電子掲示板。一次審査の中の上位二十人が表示される仕組みだけれど、私とヒンバスの名前は十九位のところにちゃんとあった。安堵と歓喜、二つの感情が胸の奥から沸き上がってくる。

「やったわ! ヒンバス! 次のダンス審査も頑張りましょうね!」

 嬉しさを我慢できずにヒンバスを思い切り抱きしめると、この子は腕の中でもぞもぞと身じろいだ。
 私たちだけじゃない。ジュン君は十三位にいるし、ヒカリちゃんは十位に、コウキ君は三位で一次審査を通過している。みんな揃って二次審査に進出だ。

「みんな受かってよかったよな!」
「ねっ! 次も頑張らなきゃ!」
「そう、だ、ね」

 ジュン君とヒカリちゃんが意気込む隣で、コウキ君はなぜか目を泳がせている。私はコウキ君の目を覗き込んでみた。

「どうしたの?」
「えっ!? いえ! その! 別に……」
「コウキ、レインさんが綺麗だから直視できないんですよ」
「え?」
「ああああ! ヒカリーッ!」

 コウキ君がヒカリちゃんの口を押さえにかかったところで、タイミングよくアナウンスが流れた。二次審査をすぐに始めるので一時審査通過者はステージ上に集まれ、とのことらしい。
 それを聞いたコウキ君は、しどろもどろになりながら私に話しかけてきた。

「ま、またみんな通過できるといいですね。レインさん」
「ええ。最終審査に進めるのは四人だものね」

 コンテスト参加者の二十人中、たった四人だけが最後の審査でステージ上に立つことができる。五人に一人、決して高くはない倍率だ。油断せずに、ヒンバスが力を出し切ることができるように、頑張ってサポートしなきゃ。
 気合いを入れ直して、私はヒンバスと一緒にステージへ上がった。眩しく熱いスポットライトがジリジリとステージ上に降り注ぐ。

『第二審査はダンス審査です! ルールは簡単! メロディに合わせてモニターにステップが流れてくるので、ポケモンたちにはそれに合わせて一斉にステップを踏んでいただきます! もちろん、ステップが正確なほどポイントが高くなります! 高ポイントの上位四名が最終審査に進むことができます! ではみなさん! 準備をお願いします!』

 一次審査を通過した順番通りに、それぞれ位置につく。ポケモンたちは、赤黄緑青のボタンが並んだコントローラーの上に立ち、トレーナーはポケモンたちの後ろで声をかけることは許されている。
 ヒンバス、頑張って……!
 ステージの左右に設置されている巨大スピーカーから、軽やかなBGMが流れてくる。

(ああああ……大丈夫でしょうか)
「落ち着いて、ヒンバス。音をよく聴けば大丈夫。貴方は耳がすごくいいんだから」

 私が野生のグライガーに襲われたときに、ヒンバスはその長所を余すことなく発揮した。遠くにいた私の声を聞き取り、霧の中でグライガーの羽音を聞き取った。この子は、特に聴力がいいはずなのだ。
 ヒンバスは曲に合わせて、軽やかにピョンピョン跳ねてコントローラーパネルを踏んだ。ピコンピコン、と正しいタイミングで踏むたびにポイントが重ねられていく。周りのポケモンたちも、今の段階では順調みたいだ。
 すりと、曲のテンポが一気に遅くなった。ここから、周りに変化が訪れる。ダンスに自信がなく、目だけで流れるステップを追っていたポケモンたちが、だんだんタイミングを外し始めたみたい。テンポが遅過ぎると、逆に目押しは難しいのかもしれない。でも、テンポを掴んでいるヒンバスはまだ余裕がある。
 そして、テンポは一番速いものに変化した。こうなるともう、訳がわからなくなったポケモンもいるみたい。あまりの速さについていけずに、デタラメにパネルを踏むポケモンたちが多数いる。正確さだけではなく、どれだけ優雅に踏めるかもポイントになるから、それだと逆に減点されてしまうのだ。ヒンバスは若干息を切らしながらも、一生懸命音楽について行こうとしている。
 お願い、もう少し頑張って……!

『さあ、ここで特別ルールです! トレーナーもポケモンと一緒に踊りましょう!』
「え?」

 突然のアナウンスに、会場内にざわめきが起こった。

『正確さはもちろん、どれだけ楽しめているかもポイントです! さあ……どうぞ!』

 突然の展開に戸惑いながらも、トレーナーたちはみんなポケモンの元に走り寄った。同時に、曲のテンポが一番最初に流れていたものへと変わり、トレーナーが踏むべきステップとポケモンが踏むべきステップは別の色で表示されるようになった。
 ぶつかったりしないように、慎重に。でも、そう思っていると、自然と顔が強ばってしまう。これじゃあ、減点の対象だわ……。

「今までヒンバスがいい感じに踊っていたのに……私が足手まといに……」
(でも僕、今のほうが楽しいです)
「え?」
(一人で踊っていたときより、レインさんと一緒に踊っている今が楽しいです)
「ヒンバス……そうね。楽しまなきゃね」

 ステップを踏み外さないようにしながら、ちらりと周りを見てみた。ヒカリちゃんは、パチリスと手を取り合って嬉しそうに跳ねている。ジュン君は、慌てながらも自分なりに元気よくポニータと踊っている。コウキ君は、照れながらもルクシオにリードされて軽やかにステップを踏んでいる。
 みんな、楽しそうに笑顔を浮かべて。楽しみながら全力を尽くせば、きっと結果だって付いてくるわよね。

「私たちも楽しく踊りましょう」

そして曲が終わったときに、私たちの名前は二次審査一位通過として呼ばれたのだ。





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