70.ガラスの靴を履いた君は


〜side DENJI〜

「レントラー、こおりのキバ」

 久々に挑戦者がここまで来たと思ったら、呆気ない。いくら、じめんタイプがこおりタイプの技に弱いといえど、こおりのキバ一撃で戦闘不能とは育て方が足りないんじゃないか?
 サンドパンをモンスターボールに戻し、オレに向かって一礼すると、挑戦者は急ぎ足でバトルフィールドを出て行った。数秒後、またその扉が再び開く。

「あーあ。デンジ、おまえまたリーグへの挑戦者を潰しやがって」
「なんだ、オーバか」
「何だとは何だよ! せっかく遊びに来てやったってのに!」
「別に頼んでない」

 「まったく、何しに来たんだよ。この給料泥棒め」「デンジ、おまえが言うか!?」まあ、確かに。
 その時スマホが音を立てたので、隣で何やら喚いているオーバを軽く流して、それをポケットから取り出した。ディスプレイに表示されるのは、何とも珍しい四文字の名前。メリッサ……?

『ハーイ! デンジ! お久しぶりデース! 今日のポケモンコンテストの生中継、おもしろいものが見れマース! 絶対に見るデース!』

 一方的に話されたかと思うと、こちらが何か返す間もなく通話は切れた。甲高い声が、今でもオレの頭の中で残響としている……耳が痛い。今まで口うるさく喋っていたオーバでさえも、閉口して耳を押さえている。

「ここまで聞こえたぞ。相変わらずメリッサは強烈だな〜」
「おまえには負けるだろ」

 傍らに置いていたモニターのリモコンを手に取り、ピッと電源を入れ替えた。今まで巨大モニターに映し出されていた先ほどのバトルの対戦結果は消えて、テレビと同じ回線に接続される。ピッピッ、とチャンネルを変えていけば、一際派手で賑やかな番組が映し出された。これだ。
 どうやら、ヨスガシティで行われているポケモンコンテストの生中継がちょうど始まったところらしい。司会者の説明から、今日の大会は美しさ部門でポケモンを競い合うものだとわかった。

『参加者とポケモンの入場と共に、ビジュアル審査を始めます! 審査員のみなさま! 会場のみなさま! テレビをご覧のみなさま! 貴方の一票で優勝が決まります! では、コーディネーターとポケモンたちの入場です!』

 軽快なラッパの音と共に、紙吹雪と風船が画面を埋め尽くし、花で飾られた入場門から続々と選手たちが入場してきた。どうせ知らない顔ばかりだろう、と思っていたのだが、今アップにされた子供に見覚えがある。そう、ポニータをつれたあの少年。あの金髪とオレンジの瞳、どこかで見たような……?

「この金髪の子供、どっかで見たような……」
「あ! あれだ! タワータイクーンの息子じゃねぇか? 前に写真を見せてもらったことがあるだろ?」
「なるほど。確かに、写真で見た顔と同じだ」

 続いて目を留めたのは、パチリスをつれた少女だ。正直、最初はパチリスの可愛らしさに心を射抜かれてしまっていたのだが、トレーナーの顔を見てさらに興味が湧いたのだ。

「この女の子も見覚えがあるな……」
「特別審査員の元トップコーディネーター、アヤコさんの娘だろ。顔、そっくり過ぎるし」
「あーあ」

 そして、しばらくして入場してきたのはルクシオを連れた短髪の少年だった。

「お、ルクシオ。やっぱり格好いいよな。これがレントラーになるとさらに……」
「いや、そのトレーナーに反応しろよ! 前にテレビでレインとタッグを組んでた奴じゃないか!?」
「……マジか」
「デンジ、おまえ本当に人の顔を覚えないよな」
「興味ないものを覚えるわけがないだろう。メリッサもこれのどこが面白いんだ」

 くあ、と欠伸を一つ、隠すことなく大口を開けた。涙が滲んだ目をゆるりと開くと、何とも信じがたい光景が飛び込んできて、オレの意識は直ちに覚醒した。「お、なんかめちゃくちゃ可愛い子が出てきたぜ!」と、オーバが言う。……いや、可愛いも何も……。

「……おい」
「なんだよ」
「これ……レイン、だよな?」
「……」

 「ああああ!マジだぁー!」と、大絶叫するオーバをの頭を押さえつけて黙らせると、オレはかじり付くように大画面を見上げた。これがレインなんて、オレでも一瞬、気付かなかったくらいだ。
 レインはおそらく、ずば抜けて美人というわけではない。いや、オレにとっては本当にこれ以上ないくらい可愛いと思うのだが、一般的に言わせれば多くの人が『普通』と答えると思う。
 しかし、今はどうだ? アイスブルーの髪は綺麗に巻かれ、珍しくつけている髪飾りが存在を主張している。白いショートドレスはまるで花嫁衣装のようで、足下の細いヒールのパンプスはレインの華奢な雰囲気をよりいっそう引き出している。特に濃い化粧をしている様子はないが、薄紅色の頬と唇がオレの目を奪った。正直、並のアイドルよりも断然可愛い。
 ……メリッサが言っていたのはこのことか。

「おおおお! レインだよなぁ!? もうヨスガシティまで行ってるんだな! つかコンテストに出てんだな! どのポケモンだ!? シャワーズか!? ランターンか!?」
「いや……ヒンバスだ」
「……へ?」

 オーバが間抜けな声を出すのも無理はない。レインの隣を跳ねながら進むのは、醜く弱いことで有名なヒンバスだったからだ。いや、一般人には存在すらあまり知られていないポケモンだ。いつのまに仲間にしていたんだろうな。

「いやぁ……レインも何でまたヒンバスを」
「確かにヒンバスはヒンバスだけど、結構いい状態だぞ」

 モニター越しでもわかるくらい鱗に艶があるし、健康状態もよさそうだ。ヒンバスであるということ以前に、ポケモンとして最高の状態だ。
 オレは、しまっていたスマホを再び取り出した。

「もちろん、レインに一票だろ?」
「当然!」

 まずは、あいつらが一次審査を突破することを願って。





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