69.絢爛の幕開け


 とうとう、ポケモンコンテスト当日、に、なって、しまっ、た。……しっかりして、私、始まる前から緊張してどうするの。受付を済ませて、控え室に向かう途中も、緊張して煩い心臓をおさえて深く息を吐いた。
 ロビーも受付も、どこもかしこも人でいっぱいだ。全員がライバルなのだと思うと身が引き締まる。どこまで残れるか不安だけど……ううん。頑張ってくれたヒンバスのためにも、私が弱気になってはダメね。頑張らなきゃ。

「控え室は、えっと……ここね」

 控え室は四人ごとに一室与えられている。緊張がピークに達しようとしていたけれど、私以外の三人ともが知り合いで、私は安堵の息を吐いた。

「レインさん」
「レインさん、遅いですよ!」
「なんだ、レインもコンテストに出るんだな!」
「みんな」

 同じ控室になったのはコウキ君、ヒカリちゃん、ジュン君の三人組だ。それぞれ、ルクシオ、パチリス、ポニータにアクセサリーを付けている。
 そういえば、三人が揃っているのは初めてかもしれない。知り合いがいてよかった。緊張が和らぎそうだわ。

「コウキ君。この前はケーシィを貸してくれてありがとう。おかげでこの通り、辿り着けたわ」
「どういたしまして。ヒカリとジュンから聞いたんですけど、レインさんもジムリーダーに条件を出されたんですか?」
「そうなの。いい成績を残せるように頑張らなきゃ」
「なあなあ! コウキってすごいんだぜ! コンテストに何度も出たことがあるし、ヒコザルでかっこよさ部門に優勝したことがあるってさ!」
「ねえ! レインさんにもあれ、見せてあげてよ」

 ヒカリちゃんとジュン君に促されて、コウキ君は照れながらリボンケースを取り出した。その中には確かに、かっこよさ部門で優勝した証である、赤いリボンがはめ込まれていた。

「すごい……! これは強敵ね」
「でも、ヒカリのパチリスはコンディション抜群だし、ジュンのポニータは毛艶がいいし……ぼくも負けてられませんよ。それに今日はいつもに増して緊張して……」
「どうして?」
「特別審査員にあたしのママとジムリーダーのメリッサさんがいて」
「その上、テレビで放送されるんだってよ! 視聴者も投票できる仕組みらしいぜ!」
「て、テレビ……」

 テレビで放送されるなんて聞かなければよかった……ま、また心臓が……。

「レインさん、今日はシャワーズを出してないんですか? シャワーズと出ないんですか?」
「え、ええ。私はこの子と出るの」

 受付で他のモンスターボールは預けてきたけれど、唯一手元に残しておいたモンスターボールから、ヒンバスを呼び出した。その瞬間、ヒカリちゃんとジュン君が固まったような気がした。「ああ」と、コウキ君は緊張した様子のヒンバスを撫でてくれた。

「ヒンバスですか」
「そうなの」
「鱗の艶がいいですね」
「本当? コウキ君に褒めてもらえるとホッとするわ。ポフィンをあげたりブラッシングしたりはしてるけど、正しくできているか自信がなかったから」
「いえ。この状態はすごくポイントが高いと思います」

 私たちの話を聞いてポカンとしていたヒカリちゃんは、ピンクのポケモン図鑑を開いてヒンバスのページを確かめた。

「ヒンバス……醜いポケモンって図鑑には書いてあるけど」
「コンテストはポケモンの種類だけで決まらないんだな」
「この子が大人しそうだからって、油断しないでね? 私たち、たくさん練習してきたもの。ね? ヒンバス」

 ヒンバスは、俯きつつもコクリと頷いた。
 それからは、私もヒカリちゃんたちと同じように、アクセサリーを飾り始めた。受付で言われた今回のテーマは『光るもの』だ。
 私はミミィさんからもらったキラキラしたパウダーをヒンバスの体にまんべんなく塗り込んで、首元に光る石が付いたリボンを一つ付けた。
 あまり派手には飾らないでおこう。ありのままのこの子を見て欲しいから。

「レインさん」

 呼ばれた声にふと顔を上げると、少し離れたところに、ピンクのドレスに身を包んだヒカリちゃんがいた。ほんのりお化粧して、帽子を取った代わりに大きなリボンを付けて、いつもに増して可愛い。
 更衣室から出て、ドレスに合わせた靴に履き替えて、ヒカリちゃんは私の前に歩いてきた。よく見ればコウキ君はタキシードに、ジュン君はお洒落なスーツに身を包んでいる。

「ヒカリちゃん、すごく可愛いわ!」
「えへ。ママが選んでくれたんです。ポケモンたちに負けないようにって」
「コウキ君もジュン君も、すごく大人っぽくなるのね」
「ありがとうございます」
「レインはまだ着替えないのか?」

 それが当然であるように、ジュン君はさらっと言い放った。……しまった。

「私……自分の衣装のことなんて全然考えてなかったわ」
「「え!?」」
「まじか! いや、平気平気! おれみたいに衣装をレンタルすれば完璧!」
「そ、そうね」
「でも、髪型とかは? お化粧とかどうするか考えてます?」
「……全然」
「えー!?」
「お、女の人って大変なんですね……」

 その時、控え室のドアが、勢いよく開いた。自然と、みんなの視線が入り口に集中する。そこには、いつものように紫色のドレスを着た、メリッサさんが立っていた。

「メリッサさん」
「アラ! レイン、着替えはまだですね!」
「はい。それで少し問題が……」
「それはよかったデース!」
「え?」
「レインのドレスアップはワタシがやりマース!」
「……え?」
「いつも控え目なレインを、まるでドールのようにするデース! ワタシ、デンジからレインを紹介されたときから、ずっとウズウズしてました! やっと夢が叶いマース!」
「えぇー!?」

 有無を言わさず、私はメリッサさんから手を引かれて、更衣室に連れ込まれていく。そういえば、メリッサはさんは地味な子や化粧っけがない子を見るとドレスアップさせたくなる癖がある、ってデンジ君が話していたっけ。
 有り難いことなのか何なのかわからないけれど、とにかく、私たちのコンテストはこうして幕を開けたのだ。





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