68.渇いた砂漠に一滴の水を


〜side HINBASU〜

 コンテストまで、残すところあと三日まで迫った。僕たちは今、ポケモンセンターの裏を借りて技の練習をしている。みんなが代わる代わる僕の相手をしてくれていて、今の相手はカラナクシだ。
 僕はレインさんの『力』で見付けられた、しろいきりを辺りにまき散らした。でも、前方から水が波紋を描くように飛んできて、しろいきりを破った。カラナクシのみずのはどうだ。顔面からそれを受けた僕は、衝撃に耐えきれずに勢いに流されてコロリと転がった。

(ヒンバス、もう終わりー!? まったく、弱いなぁ!)
(カラナクシ、お前はもう少し言葉を選べ)
(いたっ! 小突くなよジーランス!)
(……)

 のっそりと起きあがりながら、我ながら情けなくなった。ジーランスは庇ってくれたけど、カラナクシの言葉は正しいと思う。
 コンテストにバトルはないってレインさんは言ってたけど、僕は技のバリエーションが少ない。イコール、それだけ弱いんだ。それは体力的な面でもあるし、精神的な面でもある。こんな僕で、本当に大丈夫だろうか。

(レインとシャワーズが帰ってきたよ)

 ランターンの言葉に顔を上げる。シャワーズを隣に連れたレインさんが、ニコニコしながらここに現れた。その手には、いつもポフィンを入れているバスケットが提げられている。

「みんな、お疲れ様。ポフィンを持ってきたから休憩しましょう。作りたてで美味しいわよ」
(マスターとね、ポフィン作りの教室に行ってきたの。いつもよりもっと美味しいよ)

 レインさんは、みんなの好みの味をそれぞれに配りだした。シャワーズは緑色の苦い味、ランターンはピンク色の甘い味、ジーランスとカラナクシは赤色の辛い味だ。カラナクシは本当は何味も食べるらしいけど、その中でも一番辛い味を好んでいるから、よくジーランスと取り合いになる。

「カラナクシ、美味しい?」
(ん……まぁ、不味くはないかな!)
「ふふっ。ありがとう。はい、ヒンバスも」
(ありがとうございます)

 そして僕は、いつものように青色の渋い味。いつか、一口これを食べたランターンには顔をしかめられたけど、この味が一番美味しい……と僕は思う。
 レインさんは、優しい目で僕を見つめてくれた。

「今日はもう日が暮れるから、技の練習はこれで終わりにして、部屋でどんなアクセサリーをつけるか考えましょう。あ、あとブラッシングもしなきゃね」
(……それ、なんですけど)
「なぁに?」
(ダンスや技は練習できても、ビジュアルばっかりはどうにもならないと思うんです。こんなくすんだ色の鱗だし……)
「でも、ブラッシングを始めてら鱗の艶がよくなったわ。本当よ」
(……)
「ヒンバス。貴方は貴方が思っている以上に素敵なんだから、もっと自信を持って。ね?」

 そう言って、笑って、レインさんは僕に酷く優しく触れた。
 レインさんは嘘をつかない。彼女の言葉は、その全てが心からの言葉なんだ。
 初めて、醜い僕を受け入れてくれた、とても優しくて、可憐な人。まだ、出会って数日しかたっていないけど、彼女の言葉なら信じられる。
 枯れた心に、雨のように潤った言葉たちがすっと入ってきて、彼女の優しさに触れて。僕はいつも、どうしようもなく泣きたい気持ちになるんだ。





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