62.自分の強さに気付いて


(あー! ジーランスがボクの辛いポフィンを食べた!)
(ああ、すまない。自分のだと思っていた)
(かーえーせー!)
(マスター。シャワーズ、川で遊んでくるね)
(レイン、おかわり)
「はいはい。カラナクシもジーランスも、まだポフィンはあるから喧嘩しないで? シャワーズ、遠くまで行っちゃダメよ! おかわりは……はい、ランターン、甘い味ね」

 あの釣り竿は、予想通り一度使ったら折れてしまった。何もすることがなくなった私はみんなを呼び出して、川原で休憩をとることにした。シャワーズとカラナクシは大きめの岩場の上に陣取り、水中の方が体への負担の少ないジーランスとランターンは浅瀬で半身浴を楽しんでいる。
 新しく仲間となったヒンバスはまだその場に馴染めずに、私の隣で俯き気味にいた。仲間になりたてだからということもあるけれど、この子の性格がみんなの中に溶け込むことを戸惑っているのかもしれない。
 シャワーズは私に似て基本は誰にでも変わりない態度で接するし、ランターンは好き嫌いがはっきりしているけど基本は友好的。ジーランスはマイペースで我が道を行くタイプだから話すときは話すしそうじゃないときは無言だし、カラナクシは少し言葉がきつくて誰にでも突っかかるみたいだから誤解されやすいし……。
 改めて考えると、ポケモンも人間みたいにいろんな性格があって面白い。そう思いながら、私はヒンバスにポフィンが入ったバスケットを差し出した。

「ヒンバスは何の味が好き?」
(……わからないです)
「いろいろ食べてみていいのよ。ほら、ポフィンはたくさんあるから」
(……)

 ヒンバスはバスケットの中を覗き込んで、クンクンと匂いを嗅いでいる。人間の私からすると、ポフィンは出来上がったときの色以外で、どんな味かを判別することはできない。でも、シャワーズ曰く味はもちろん、種類ごとに匂いも違うらしい。
 匂いは私も試してみて、でも全部同じような香りだった。味は……いつかオーバ君が試しに食べていたのを見たことがあるけれど、口に含んだ直後、洗面所に直行した彼を見て私は試すのを止めた。
 そんなことを思い出していると、ヒンバスは青い色をしたポフィンを口に含んでいた。

(……これがいいです)
「あら。渋い味が好きなの?」
(はい……美味しい、です)
「よかった。たくさん食べてね。渋い味は誰も食べないからヒンバスのものよ」

(渋い味が好きなのか? ヘンなの!)(ひっ、すすすすすみません)(なんで謝ってるんだよ)(カラナクシ、目を離してるとまたジーランスが)(あー! ジーランスがまたボクのポフィンを!)(……美味い)
 良かった、少しずつだけどみんなの中に入れたみたい。
 私はバスケットを置いて立ち上がった。サイクリングロードが通る北の方角、そこに迷いの洞窟がある。コウキ君、一人で大丈夫かしら。
 ……少しだけなら、とその場をこっそり離れた。
 頭上に架かるサイクリングロードで影になっている道を辿る。時折、頭上を自転車が駆け下りていく音が聞こえた。
 しばらく行くと、遠くにぽつんと洞窟が……あ! 二つの人影が出てきたわ。

「コウキ君! よかった、隣は迷子の女の子……」

 そのとき、道の脇にある近くの草むらが揺れた気がした。私がその方向に視界を向けたとき、黒い影は私の目の前に飛び込んできた。

「きゃあ!」

 飛び出してきたのは、野生のグライガーだった。何とかぶつからずに済んだけど、避けた拍子によろけて、視界がグワンと反転する。両手で体を支えて起きあがろうとしたら、右足がずきんと痛んだ。痛みに耐えきれず力を入れることができない。捻ったのかも……!

「グラーッ!」
「っ!」

 グライガーの尻尾の先にある鋭い針に、とてつもない恐怖を覚えた。ぎゅっ、と反射的に目を閉じる。

(レインさん!)

 頭上を勢いよく風がかすめた直後、私のすぐ後ろでバチンという音がした。振り向いたら、ヒンバスが地面に叩きつけられていた。
 グライガーは私でなく、ポケモンであるヒンバスに狙いを変えたらしい。いったん宙へと上昇して、また狙いを定めようと上空から鋭い眼光を飛ばしている。

「ヒンバス!」
(レインさんの悲鳴が聞こえたから……でも僕、レインさんを守れません……)
「ううん。貴方は気付いていないだけ。貴方だって戦えるの」

 全ての『力』を、ヒンバスへと集中させた。ポケモンはまれに、本来レベルアップで覚えない技を親から受け継いでいることがある。ヒンバスも例外ではなかった。この子の中に眠る技を、私の『力』が、引き出す。

「ヒンバス! しろいきり!」
「!」

 ヒンバスの口から、しろいきりが出て、視界を白に染め上げた。技を出したヒンバス自身でも、どうやって出したのかわからないというように、驚き目を見開いている。その間にも霧が立ちこめて、周辺の気温を一気に下げた。
 しろいきりは味方のステータスを下げさせない効果があるけど、それと同時に目眩ましとしても使える技。もちろん、こちらからも相手が見えないけど……この子なら。

「ヒンバス、ここまで遠くにいる私の声が聞こえた貴方ならわかるはずよ。グライガーの羽音が」

 はっ、とヒンバスが目を見開いた気配が伝わってきた。私とヒンバスの間にも霧が立ちこめていて、あの子の様子はわからない。でも、きっとヒンバスはグライガーの位置を掴んでいる、だから私も。
 最大限まで集中して、『力』でヒンバスの中を探って、ある強力な技を見付け出した。

「りゅうのいぶき!」

 熱を持った紅蓮の風が、白い霧を晴らした。乾いた目を一度ぐっと閉じて、ゆっくりと開く。グライガーはこちらに背を向けて、草むらへと逃げ帰って行くところだった。呆然としているヒンバスに手を伸ばすと、一瞬だけ震えて私のことを見上げた。
 タッタッタッ。足音のした方向に目を向ければ、コウキ君と隣にはピンクの髪をした女の子――おそらくミルちゃん、が駆けてきているところだった。

「レインさん! 大丈夫ですか!?」
「お姉さん……足、真っ赤。痛そう……」
「足は少し痛いけど、他は何ともないわ。この子が助けてくれたから」
「……」
「貴方のおかげよ、ヒンバス。ありがとう」

 ぎゅっと抱きしめて、頬を寄せる。ヒンバスは少しだけ身じろいで、照れたように小さく鳴いた。
 少しずつ、一緒に、強くなっていこうね。貴方が自分を好きになってくれるように、私も頑張るからね。
 その後、コウキ君の肩を借りてみんなのところに戻ったとき、ランターンを筆頭にしてみんなから怒られたのはいうまでもない。





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