059.私は貴方を裏切らない


 息を切らして、一段飛ばしに、階段を次々と駆け上がる。さっきのギンガ団たちは何とか倒せたけれど、三人を一気に相手して、結構な時間を使ってしまった。
 上には幹部がいると、ギンガ団が言っていた。谷間の発電所で出会ったマーズさんかプルートさんか、それとも別の誰かか。コウキ君、無事だといいけど……!
 そして、飛び込んできた光景に目を見開いた。その部屋には、一体ずつ檻に入れられたポケモンたちが壁に沿って積み上げられていたのだ。
 その中で、息を切らしているコウキ君とヒコザルがいて、その傍らでは彼のケーシィとコリンクが瀕死寸前になっている。対峙する、紫色の髪の女性は、不敵に笑った。

「お子様に負けるなんて、油断って怖いわね。ギンガ団幹部の一人、このジュピターを倒すなんて、ぼうやも中々じゃない。一般トレーナーにしておくのがもったいないわ」

 紫色の髪の女性幹部――ジュピターさんは、戦闘不能状態のスカタンクをモンスターボールに戻した。ギリギリではあるけれど、コウキ君が勝ったみたい。彼女は私をちらりと見やると、諦めたようにため息を吐いた。

「ポケモン像の調査も終わった。発電所のエネルギーもマーズが集めた。ぼうやの仲間も来たことだし、ここは引いてあげるわ」
「ピィ!」
「ピー!」

 小さいピンク色のポケモンが、ジュピターさんの影から飛び出してきた。コウキ君の元からさらわれていたピィだった。彼はピィを強く抱きしめると、その場を立ち去ろうとするジュピターさんの背中を睨みつけた。

「一つだけ教えてあげるわ。あたしたちのボスは神話を調べ、伝説のポケモンの力でシンオウ地方を支配する。……あなたたち、ギンガ団に逆らうのは止めておきなさい」

 そう言い残して、ジュピターさんは階段の下へと消えていった。その姿を見えなくなるまで追いかけて、彼女が言った言葉の意味を考える。
 神話の中に伝わる伝説ポケモンの力で、シンオウ地方を支配するなんて……エネルギーやポケモン集めは、その下準備だというの?

「……コウキ君、大丈夫?」
「はい! 無事にピィも取り戻せました!」
「ピィー!」
「さっき、幹部のあの人が言ってたんです。「ピィは流れ星に乗って宇宙から来たポケモンだから奪った」って……本当に、意味不明ですよ」

 エネルギー、宇宙、世界、伝説のポケモン、シンオウ地方の神話。
 一見、何の関連もない言葉たちだけど、ギンガ団の中でそれらは確かな繋がりを持ったキーワードみたい。なにが起ころうとしているのか、見当もつかないわ。でも……とてもよくないことであるのは、確かだ。

「ケーシィ、テレポート」

 瞬きする間に、場所が変わった。ケーシィの技であるテレポートによって、私たちはポケモンセンター前まで一気に飛ばされたのだ。もちろん、捕らえられていたポケモンたちも一緒に。
 さらに、ケーシィの念力によって、檻の外からかけられていた鍵が一斉に開いた。

「さあ、みんな。マスターの元にお帰り!」

 自由になったポケモンたちは、一斉に街中に散らばっていった。マスターの腕の中に飛び込んで、思いっきり、甘えて。ポケモンセンターにいた男の子も、ミミロルと無事に再会してぎゅっと抱擁を交わしている。よかった……
 でもそのとき、視界の隅に一匹だけぽつんとその場に佇んだままの子が入ってきた。緑の体のカラナクシ――シンオウの東側に生息している子だわ。 私は賑やかな輪を離れて、その子へと近付いていった。自分の体に影が被さり、カラナクシは不思議そうに私を見上げる。

「貴方のマスターは?」
(……いないよ)
「え?」
(ギンガ団に囲まれたとき、マスターはボクを置いて逃げたんだ! だからもう、あのマスターのところには帰らない!)
「……そうだったの」

 カラナクシはそこまで一気に吐き出すように言うと、私に背を向けてのろのろと進み出した。野生に帰るのか、その後ろ姿がとても寂しそうだった。
 あの子はこれから、マスターに見捨てられたというトラウマを持って、ずっと生きていくのかしら。そんなの……悲しい。

「ねぇ!」
(……なに?)
「私と一緒に行かない?」
(は? 何を言ってんの?)
「えっと……貴方が野生に帰るなら止めないけど、ここはシンオウの西側だから、貴方と同じカラナクシはいないの」
(……)
「だから、もし野生に帰りたいなら、私が東側まで連れていくわ。それまで、一緒に旅しない?」
(……どうしてもって言うんなら、一緒に旅してやっても良いよ)
「ありがとう」
(し、仕方なくだからな! 住んでいたところに着いたらお別れだからな! 人間なんてあてにならないし!)
「大丈夫。必ず連れて行くって約束するわ。よろしくね」
(……ふんっ)

 そっぽを向い、目を合わせてはくれなかったけれど、カラナクシはすんなりとモンスターボールに入ってくれた。
 シンオウの東側のカラナクシたちの生息地まで、一時的な仲間だけれど、少しでもこの子のトラウマをなくしてあげたい。完全には消せないかもしれないけれど、また新しいマスターに出会えるよう、人間に対する憎しみが少しでも薄れてくれたなら。
 大丈夫、私は決して貴方を置いていったりしないから。カラナクシの入ったモンスターボールを抱きしめて、そう誓った。
 そういえば、と顔を上げる。ハクタイシティからギンガ団が消えているわ。
 ジュピターさんの様子からして、ギンガ団が野望を諦めたようには見えなかった。一時的にどこかへと撤退したのかしら……? そうだとしたら、どこへ……

「レインさん、本当にありがとうございました! ぼく一人だったら、きっとみんなを助けられなかったです」
「あっ、コウキ君。ううん。幹部に勝ったのは貴方の実力だもの」
「いいえ……あ! 何かお礼をさせてください!」
「そんな、いいのよ」
「でも!」
「……じゃあ」

 一つだけ、思いついたお願いがある。少しだけ恥ずかしいけど……でも、言わせて欲しい。

「私……実は自転車に乗れないの」
「? はい」
「それからね、洞窟とか暗いところが苦手なの」
「は……い?」
「だから……その……ヨスガシティまで一緒に行ってくれない?」

 いい大人が、恥ずかしいお願いをしてるってわかってるけど。ああもう……顔が熱くなってきたわ。
 ちらりとコウキ君を見上げれば、彼は目を点にしてきょとんとしている。やっぱり、呆れられているわよね……。
 「……ダメ、かしら?」と、おずおずと頼み直すと、コウキ君は困ったように笑って、でもうんと頷いてくれた。



Next……ヨスガシティ



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