058.決して奪えないもの


 ギンガ団ビルを近くまで来て見上げたとき、その異様な雰囲気に唾を飲み込んだ。外観は奇妙な塗料と装飾が施されていて、屋上には怪しい電波塔が見える。近くで見れば見るほど不気味だわ。
 正面は怪しまれると思うから、裏口に回って目立たない場所から入ることにした。無理だとはわかっているけど……ギンガ団と出くわしませんように。
 そう念じながら、裏口を開けた。

「「!」」

 コウキ君と二人、体を強ばらせた。一人のギンガ団が、裏口からすぐの倉庫内を見張っていたのだ。
 視線がかち合い、とっさにモンスターボールに手をかける。しかし、ギンガ団はなぜか口の端をつり上げて笑った。

「わたしだよ! わたし!」
「えっ……ハンサムさん!?」
「ハハハ! 驚いたか?」

 よく見ると、カツラ以外の見知った顔は、谷間の発電所で最後に別れた人のものだった。トレードマークのロングコートがないからしっくりこないけど、そこにいるのは間違いなく、ギンガ団に扮したハンサムさんだ。
 安堵している私の隣で、コウキ君は困惑したままだ。どうやら、目の前にいる彼がコトブキシティで出会った国際警察と一致していないらしい。

「レインさん、ギンガ団と知り合いなんですか?」
「違うの。コウキ君、ハンサムさんよ。ほら、コトブキシティで出会った、国際警察の」
「国際警察……! あのハンサムさんですか!? 全然わからなかった……」
「うむ。わたしは国際警察だからね。変装が得意なんだよ」

 そう言って、奇抜なカツラを外せば、記憶の中の彼と完全に一致する顔が現れた。

「きみたちは、なぜここへ?」
「ギンガ団にさらわれたぼくのポケモンを取り返しに来たんです!」
「ふむ……レイン君も、おそらくレイン君の友人のきみも、一人前のトレーナーだろうから止めはしないよ。しかし、気を付けなさい。上の階に行けば行くほど、ギンガ団たちはうじゃうじゃいるからな」

 カツラをかぶり直しながら、ハンサムさんは私たちに忠告した。彼が潜入調査をしているのなら、ギンガ団の悪行とその目的について、何か知っていることがあるかもしれない。私たちは、もう無関係とは言えないところまで踏み込んでいるのだ。

「ハンサムさん。ギンガ団について、何かわかりましたか? 以前、彼がお手伝いをしているナナカマド博士の研究資料が狙われていたんです」
「そうなんです! あの人たち、ポケモンの進化に関わるエネルギーの資料を渡せって!」
「わたしも調べてはいるんだが、ギンガ団が何をしたいか全くわからないのだ。どうも、ボスの目的を下っ端がわかってないというか……具体的な目的を聞かされているのは一部の幹部くらいだろう」

 ハンサムさんは調べたことを私たちに話してくれた。
 なんでもギンガ団は、表向きは新たなエネルギーの開発に努めている企業と見せかけて、実際は膨大なエネルギーや強いポケモンを集めているらしい。その目的は、新宇宙を創り出すとか……新世界を創り出すとか……とにかく、次元が違うと思った。
 宗教に近い空想的な願望を抱き、部下を統率させるカリスマ性を持つギンガ団のボス……いったいどんな人物なのかしら。

「わたしは引き続き潜入捜査を続けるよ。あそこの階段から上へと上がれる。うまくいけば、誰にも出くわさずにポケモンたちが捕らえられている部屋に行けるはずだ」
「はい」
「ありがとうございました!」
「うむ。では、健闘を祈る!」

 コウキ君と二人で、ハンサムさんに教えられた階段を静かに上がる。次々に階を上がっていっても、私たちの間に会話はほとんどなかった。
 新たに知ったギンガ団の野望が、頭の中をぐるぐると回っている。ふと、コウキ君が呟いた。

「新しい世界を創り出すなんて……本当にそんなことができると思ってるのかな」
「というよりも、下っ端がボスの意図をはき違えているのかもしれないわ」
「ギンガ団のボス……今はいませんように」

 不安そうなコウキ君だけど、その意見には私も同感だった。これだけの組織を統率している人物なら、強大な力を持っているはずだもの。なるべく、関わりたくはない。
 それより今は、自分にできる問題を片付けなきゃ。私はそっと目を閉じて神経を集中させ『力』を使った。

(怖いよ……おうちに帰りたい……助けて)

 恐怖や不安。たくさんの悲しい感情が伝わってくる。伝わる距離から考えると、恐らく捕らえられたポケモンたちがいるのは最上階に近い場所だ。
 それから、もう一つわかることがある。とても強いポケモンを持ったトレーナーがその近くにいる、と。

「「!」」

 無意識に階段を上がる速度を速めていた私たちは、警戒心が薄れつつあったのかもしれない。あと少しというところで、通りかかった三人のギンガ団に出会してしまった。今度は、バトルを免れない。

「侵入者だ! 捕まえろ!」
「っ……コウキ君! 先に上に行って!」
「え!? でも!!」
「ここは私が何とかするから! 貴方はポケモンたちを助けてあげて!」
「……はい!」

 カンカンカン、階段を駆け上がっていく音を背中で聞いて、私はギンガ団と対峙した。ニタニタとした彼らの笑い方は、余裕の表れなのかもしれない。
 正直……すごく怖い。でも、引き受けたからには何とかしなきゃ。

「馬鹿なガキだ。上には幹部様がいらっしゃるのに」
「女! おまえもここまでだ!」
「おまえのポケモンたちも奪ってやる!!」

 三つの閃光が同時に煌めいた。表れたのは、ズバット、スカンプー、ニャルマーの三体。鋭い牙が、爪が、眼差しが、突き刺さる気がした。思わず怯み、一歩後ずさる。

「シャワー!」
「ターン!」
「ジー!」

 私が指示をするよりも早く足下のシャワーズが飛び出したのを切欠に、二つのモンスターボールも同時に弾けた。その瞬間、冷気と湿気が部屋中を満たした。オーロラビーム、バブルこうせん、みずでっぽう、と一斉に攻撃を仕掛ける彼らと対峙して、次に怯んだのはギンガ団のほうだった。

(マスター、大丈夫? シャワーズが守るからね)
「シャワーズ」
(レインに怪我をさせたら、わたし絶対に許さない)
「ランターン」
(自分の主に手出しはさせん)
「ジーランス」

そうだわ。私にはこの子たちがいる。それだけで、もう何も怖くない。





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