057.浅ましい蛮行


 ジム戦を終えた翌朝――というよりお昼過ぎに、私は次の街に旅立つ準備をしていた。昨日のジム戦で神経を使ったらしく、スマートフォンのアラームを止めたまま二度寝してしまっていたのだ。シャワーズはいつも通り早起きだったけど、私や他の二匹の疲れを知っているから今日は起こさないでくれていた。
 でも、お昼を過ぎる時間になっても起きようとしない私に痺れを切らして、いつものように飛び乗られて起こされたというわけで。起きなかったのは申し訳ないけど、進化して体格も大きくなったんだから、イーブイだった頃と同じ起こしかたは……少し考えて欲しいわね。
 髪を櫛で丁寧にとかして、バッグを肩に掛ける。そして、私が使っていた隣のベッドを見た。
 シロナさんはまだこの街に滞在するらしく、少しの荷物は部屋に置いてあるけれど、昨晩は帰ってこなかった。研究資料集めに忙しいのかもしれない。何も言わずに出て行くのは気が引けるけれど……。

「シロナさんへはあとからメッセージを入れておくとして、行きましょうか」
(次の目的地はどこ?)
「ハクタイからは、東に行けば211番道路の先にテンガン山があるわね。ナタネちゃんがいうには、山の中部は秘伝技がないと進めないらしいから……次は南に伸びるサイクリングロードを下って、テンガン山の麓を抜けてからヨスガシティへ、かしら」
(でも、マスター)
(レインって)
「なぁに? シャワーズ、ランターン」
(自転車、乗れないよね?)
(自転車、乗れたっけ?)
「……」

 二匹同士につっこまれ、矢のようにが突き刺さった気がした。……胸のあたりがジンジン痛むわ。
 (主は自転車とやらに乗れないのか?)(そうなの。マスター、運動が苦手なんだよ)(ナギサにいた頃は、デンジの後ろに乗せてもらってたものね)と、ジーランスにまで暴露されてしまった。これ以上何か言われる前に、二匹をモンスターボールに戻した。
 ……恥ずかしながら、実は私、自転車に乗れないのだ。ずば抜けて運動音痴じゃないと思うんだけど……確かに、運動はどちらかといえば苦手だけど……

「と、とりあえずハクタイを一回りして、サイクリングロードに向かいましょう。もしかしたら、自転車じゃなくても通れるかもしれないし」
(補助輪付きを貸してもらえるかもしれないしね)
「もうっ! ランターン!」

 モンスターボールの中で、ランターンはクスクス笑った。昔からこの子にはいろんなところで敵わないのだ。元気付けてくれたり、相談に乗ってくれるときもあるけれど、こんな風にからかわれたりすることも多い。シャワーズを相棒と呼ぶのならば、ランターンは親友という呼び方がぴったりかもしれない。そんな関係が、とても安心できるの。
 ポケモンセンターのロビーに出ると、そこは少しざわついていた。「ギンガ団の連中め」「人のポケモンを奪うなんて!」「ジュンサーさんは対処してくれんのか?」という声が聞こえてくる。
 騒ぎの真ん中には小さな男の子と……え?

「コウキ君?」
「レインさん!?」

 やっぱり、男の子の隣にいるのはコウキ君だわ。彼は、今にも泣き出しそうな男の子の隣に膝を突いたまま、私を見上げた。

「どうしたの?」
「実は、この子のミミロルがギンガ団に盗られたんです! そのとき、助けようとしたぼくのピィも一緒にさらわれて……」
「ギンガ団が!? ……なんて酷い」
「最近、ギンガ団にポケモンを盗られたって人があとを絶たないらしいんでしす。噂では、実験用に使われるらしくて、でもギンガ団は表向きは普通の企業だから、警察もなかなか手を出せずにいて……」
「実験だなんて……」
「だから、ぼく、ギンガ団ビルに行ってピィや他のポケモンたちを取り返してきます!」
「そんな! 危ないわ」
「そりゃ、怖いけど……ぼく以上にピィたちのほうが怖い思いをしているんです! だから!」

 微かに恐怖で震える漆黒の瞳の奥に、それ以上の優しさと正義感が見えた気がする。
 例えば、ヒカリちゃんなら信頼、ジュン君なら愛情のように。コウキ君の強さの秘密は、ポケモンたちに対する優しさが源なのだと感じた。

「わかったわ。もう止めない。でも、私も一緒に行くわ」
「レインさん」
「シャワシャワッ!」
「シャワーズ」
「一人より二人の方が心強いでしょ?」
「……ありがとうございます!」

 「待っててね。必ずきみのパートナーを取り返してくるからね」と、コウキ君が優しく語りかけると、男の子は俯きながら小さく頷いた。
 そして、私たちはポケモンセンターをあとにした。目指すのはハクタイシティ北西にある、ギンガ団のビルへ。





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